マスターピース

高橋文樹

小説

8,463文字

平凡を自称する男が近所にできたばかりの床屋を訪れる。好奇心から始まった床屋通いが、いつしか深刻な映画監督マリオ・マチャードの話になるという非対称会話小説。

私は平凡な男だったと思う。都心まで電車で四十五分の住宅街に住み、家族は妻と子供が年子で二人、上の子は五歳。会社勤めだ。歳は三十七歳、趣味の釣りは月に一度海釣りに行ければ御の字という程度。もし自己紹介をする機会があって、何か気の利いたことを言わねばならないとしたら、学生の頃誰でも知っている映画のエキストラに出たことがあると言う。そう、私はその程度には平凡な男だった。

私には結婚してから身に付いた習慣があった。散髪は妻にしてもらう――実につましい習慣である。会社勤めをしてからは、制限の色々とある中で自己主張をしたいという若気も薄れていき、子供が生まれたばかりの経済的に不安定な時期を経て、妻に頼むようになった。妻はちょっとした縫い物や紙細工などを喜んで作るたちで、散髪もそれと似たような種類の娯楽として捉えたらしく、あれこれと工夫しながら喜んでいるようだった。髪を切るという行為には秘め事めいた部分があって、それは他でもない、刃物を頭の辺りで振り回されすことを許し許されるという関係のことなのだが、私達夫婦はそうした関係を結ぶことで、お互いの繋がりを強めていたように思う。

ある日、妻が少し離れた床屋に行ってみるよう勧めてきた。夫婦の間にぴしっとヒビが入ったように思ったが、どうも店主がブラジル人だというのが勧める理由らしかった。店を居抜きで借りたのか、何かの縁で店を継いだのかしらないが、ともかく看板は「カットサロンムラタ」のままで、ブラジル人が白衣を着て店番をしているらしい。傑作でしょ、と妻は頬を緩ませていった。いまにも吹き出しそうな表情を眺めていると、陽気なブラジル人がひなびた床屋で店番をしている姿が、私の脳裏にも浮かんでくるようだった。

その次の日曜日、自転車にまたがってカットサロンムラタへと向かった。携帯電話に送信しておいた地図情報によると、住宅街の真ん中、公園のすぐ脇にあるようだった。私の胸は高鳴った。チャンスがあれば写真を撮ってくるように、と妻に言われていたので、携帯電話の充電を確かめた。たとえ三時間待ちだったとしても、撮影は確実にできそうだった。

店の前、サインポールの脇に自転車を止めた。店舗の正面は全面ガラスだったため、もう店主の姿は見えてしまった。たしかに、ブラジル人だった。頭は坊主で、太い眉の下にくりっとした目があって、背が大きく、サッカーの国際試合でブラジルチームにこんなコーチがいたような気がした。人当たりは良さそうで、歳は四十代から五十代に見えた。客は一人で、ごく普通に談笑しながら散髪していた。

店に入ってまず私を驚かせたのは、店主の日本語が異様に上手いことだった。「いらっしゃいませ」という挨拶から、客と話している会話の内容まで、イントネーションは正しかった。私は携帯を取り出すと「とりあえず日本語上手い」というメッセージを妻に送った。妻はおそらく待ち構えていたのだろう、「えー、それは残念」と返事をしてきた。夫婦のコミュニケーションをやめてまで来たのだから、もっとブラジル人の床屋として面白い要素を発見して持ち帰らねばならないという復讐にも似た使命感があった。

前の客が散髪を終え、私の番になった。どんな言葉をかけられるだろうと緊張していた私を迎えたのは、店主の「はじめましてマリオです。弟はルイージでーす」という言葉だった。私は唇をへらっと歪めながら、スーパーマリオの、と答えた。店主は「嘘でーす。弟はいません」とおどけた。

「ルイージはイタリア人の名前です。ブラシルではルイス。サッカー選手にいるでしょ」

その後、ひとしきりサッカーの話題で盛り上がった後――といっても私は日本代表の試合しか見ない平均的なサッカー好きなのだが――ついに髪型を聞かれた。結局のところ、このまま短く、と答えた。マリオは鏡の向こうで肩をすくめた。

「どれぐらい短くしたらいいかわからないから、お任せということでいい?」

私は少しだけ不安を覚えつつも、仮に変な髪型になったとしたら、それはそれでいい笑いぐさになるだろうと納得した。それほど髪型についてうるさく言われる職種でもなかったし、いざとなったら丸坊主にしてしまえばよい。同僚には禿隠しを含めて、坊主頭が三人ほどいた。そういう意味で保険は利く。

マリオは櫛で髪を掬い上げると、小気味よいリズムで鋏を鳴らした。髪の毛がカットクロスの上をさらさらと滑り落ちていった。カリスマ美容師がするように格好良くはしてくれないだろうが、理容師が持つ安定した技術の確かさは持っているようだった。私は幾つかのことを訪ねた。いつ日本に来たのか、床屋の技術はどうやって身につけたのか、などなど。マリオは特に隠す風でもなく、目を手元に落として髪を切りながら答えた。

日本に来たのは九年前。浜松の飲食店で働いていたが、日本人女性と結婚した。子供はいない。五年ほど前、専門職を身につけようと、理容専門学校に入った。千円カットの店を転々としていたが、妻の実家近くに引っ越した後、縁あってこの店をかなり安く使わせてもらえることになった。どうして店名を変えないのか、という私の質問に対して、マリオは笑いながらこう答えた。

「だって、その方が面白いでしょ? ムラタさんだと思ったらブラシル人がいるんだよ」

ね、と微笑まれると、看破された私としては、頷かざるをえなかった。マリオの言い方には見透かした上での嫌みったらしさというものがまるでなかった。ささやかな悪戯いたずらを一緒に作り上げる共犯関係のような心地よさがあった。散髪の時間は四十分ほどで、会話をしているとあっという間に過ぎた。顔に熱いタオルをかぶせられた状態でも会話は続いた。生まれつきの日本人とでも、初対面でこれほど気安い人間とは会ったことがなかった。

また来るという約束をして店を出た。自転車を漕ぎ出すと、刈り出されたうなじを風が撫でていった。

それからというもの、私は月に一度ほどカットサロンムラタに通うようになった。妻はもう私の髪を切ることはなく、その腕を息子二人のためだけに振るうことになった。その代わり、私が床屋から帰ってくると必ず、今日のマリオはどうだったのか、と訪ねた。私がマリオの話をするたびに妻は笑ったり感心したりした。息子達も幼いながら、マリオに感心しているようで、いつか大人になったらマリオに髪を切ってもらう、と決意しているらしかった。

半年ほど経った頃、私とマリオは映画の話をしていた。最初はブラジルだと映画館で人が踊り出すのかとか、ハリウッド映画はブラジルでどのように受け止められているのかとか、ブラジル映画というジャンルは主にどういうものであるとか、そういった話題だった。

「マリオ・マチャードという監督がいます」と、マリオは髭剃り用の泡を立てながら言った。「知ってますか? 南米の映画好きの間では有名な人です」

私は知らないと答えた。フランス映画やイギリス映画なら見たことはあるが、ブラジル映画はほとんど知らなかった。

「その人、キューバ人でハバナ大学出ました。その後、ブラシルに来て、そのときはブラシルは西部劇がブームだったので、シナリオを沢山書いてました。放送作家さんです」

マリオはカチャカチャと泡を立てながら、話を続けた。ふざけたようなそぶりはなく、マリオ・マチャードについて真剣に語ることに没頭していた。かなり長い時間、床屋という本来の仕事を忘れて話し続けていた。その話を総合すると、こうなる。

南米キューバにとある映画監督がいた。名前はマリオ・マチャード、一九五〇年代の生まれ。マリオはハバナ大学文学部に在学中、映画のシナリオ執筆を手がけ、その主要なキャリアを西部劇のシナリオから始めた。何本ものシナリオを書き、高名とまではいかずとも、それなりにシナリオライターとして名前が売れた一九八◯年代、自らの映画を撮る決意をする。

マリオが書いた脚本は、西部劇に登場する脇役達――主人公にあっさりと殺されるその他大勢の悪役――の周辺にスポットライトを当てたものだった。設定のようなものは特に語られず、一人の男の死と、彼に関係する人々の悲しみをただ淡々と描き続ける内容だ。もちろん予算はつかず、マリオは私財を投げ打つこととなった。低予算というハードルを克服するため、撮影機材は安物で、カメオ出演でスターが二人ほど出てくれたが、主要キャストに有名人はいなかった。ただし、これが効を奏したのか、手ぶれの激しいカメラと大部分をインタビューで構成するというドキュメンタリー風の手法は、その映画をひどくリアルに見せた。酒場で働く妻が夫の死について語りながら子供を抱き寄せるシーン、そして、彼の幼なじみが粗末な墓石の前で跪いて共産主義について語るシーンは、感動的というよりも、深刻さを感じるほどリアルだったらしい。

そのユーモラスな構想自体とは裏腹に深刻すぎたこの映画は、スポンサーや一般聴衆達に不真面目あるいはつまらないユーモアだと捉えられた。マリオの監督作品はこれが最後になった。彼はその後、西部劇のシナリオを四本書いた後に映画業界を去った。だが、映画の興行的な失敗それ自体は、彼の監督としての映画史的な評価に対する大きなダメージとはならなかった。その壮大な失敗を最高傑作マスターピースだと褒める批評家もいた。ほとんどの映画監督は一つの批評も貰えずに消えていくのだ。

マリオはその後、ヨーロッパに渡って“Vague”というファッション誌の編集者として働いた。二年後、雑誌の廃刊に併せてフランス外人部隊に所属。最高齢の新兵としてアヴィニョンの工兵連隊に所属し、五年の任期を終えた。フランス国籍を取得し、フランスに滞在。カソリック系団体の慈善活動に参加し、カンボジアで反ポルポト活動家の亡命支援をする。二〇〇〇年、コートジボワールにてマラリアで客死するまで、およそ深刻な仕事に携わり続けた。仕事は多岐に渡り、どれもそれまでの彼のキャリアにないものばかりだった。彼は死んだ時四十四歳だった。それにしても、何もかもが深刻すぎた。彼の映画“Expiación”の深刻さが彼自身を捉え、裁いたようだった。“Expiación”は「贖罪」を意味する。

この救い難い人物の逸話について話し終える頃、床屋のマリオの表情からいつもの笑顔が消え失せていた。泡立ちすぎるほど泡立ったシェービングカップから、抑えがたい感情のようにして泡が零れていった。私はふと思った。このマリオ・マチャードという映画監督は、この床屋のマリオではないか、と。「友達の話なんだけど」と前置きをしつつ、自分の恋愛相談をする回りくどい女性に二人ほど会ったことがある。彼もまた、自分の過去を形を変えて訪ね、その評価を聞きたがっているのではないか。訪ねることは簡単だった。そして、私はためらった。仮に床屋のマリオが映画監督のマリオだったとして、それをどうしたらよいというのか。私には縁のない話だった。

マリオ・マチャードの逸話を聞いたことで私と床屋のマリオの関係が変わる、ということはなかった。一度名字を訪ねてみたが、マリオ・シウバというのが彼の名前で、そもそもマリオ・マチャードという設定が現実を改変したものならばそんなカマかけは意味がない。私は床屋のマリオに会うためだけにカットサロンムラタに通い続けた。

ある日、スタイリングチェアに座って、いつもの通りに、と言いかけた私は思いよどみ、口をつぐんだ。

「またお任せでいいですか?」

鏡越しにマリオが訪ねた。私は少し考え込んでからマリオに向かって、一番得意な髪型はなにか、と訪ねた。マリオは少し考え込んでから、「クルーカットです」と答えた。クルーカットって角刈りでしょう、と訪ね返すと、マリオは大袈裟に肩をすくめた。

「角刈りはてっぺんと横がカチッとなります。クルーカットは丸くなります。海兵隊マリーンの髪型です」

聞くところに寄ると、マリオは日本の理容専門学校でクルーカットを死ぬほど練習したそうだ。彼の刈ったクルーカットのマネキンだけで一個師団が作れるほどだという。鋏だけで短く刈り込む技術は理容師の腕の見せ所だ。それならば是非、ということで、クルーカットを注文することにした。

マリオはいつもの通り櫛で髪を掬い上げると、鋏で丁寧に髪を切っていった。一度に切るのではなく、少しずつ、お別れを言うように。バリカンを使うつもりはないらしかった。やがて私の髪がほとんど坊主頭に近づいてくると、私の側頭部に手を添え、丁寧に鋏を動かしながら這わせていく。鏡越しに見るその所作は美しかった。五十歳を超えたマリオは私よりだいぶ年上で、美しさとは無縁の存在だったはずだ。それどころか、そもそも笑いの対称としてこの店を選んだはずだった。それがどうだ、マリオは私の中から髪型を彫琢するように鋏を動かしていた。どうということのないクルーカットを作り出す彼の仕草が私を驚くほど感動させていた。髭を剃り、最後の仕上げに鋏を動かすと、マリオは毛掃きで私の肩周りを軽く払った。

「どうですか、このクルーカット、なかなかいいでしょう。明日から海兵隊マリーンに入れますよ」

鏡の中に映る私は新兵のように思い詰めた顔をしていた。これまで頭の上に髪の毛をあんなにたくさん蓄えていたことが馬鹿馬鹿しくなるほどすっきりとしている。マリオが後頭部に広げた合わせ鏡に映るうなじはほっそりと白く、これから鍛えなければならない気がした。これって最高傑作なんじゃないの、とマリオに訪ねると、マリオは合わせ鏡をパタンと閉じ、笑顔を浮かべた。

「どうでしょう、髪型は何度も何度も同じのを作るから、最高傑作マスターピースなんてものはあるんでしょうか」

マリオの言うことはもっともだった。理容師は客の要望にあわせて髪型を整えていく仕事だ。それが最高かどうかという答えはいつも客達の心の中にしかないし、それを当てられたからといってすなわち最高傑作という風にはならないだろう。客によって審美眼は異なるし、髪型に求めるものも異なる。仮に最高の髪型というものがなんらかの基準で存在するせよ、これまで妻に髪を切ってもらっていた私のような人間が最高のクルーカット誕生の瞬間に立ち会える可能性は、いかにも少ないように思えた。それでも、私は、なにか、新しいことを始めたい気分になっていた。

私は携帯電話を取り出すと、これで写真を撮ろう、と提案した。私はこれからずっとクルーカットを注文する。死ぬまで。そして、散髪を終えるたびに写真を撮る。そしていつか、その写真を見比べて、どのクルーカットが最高傑作だったかを決める。私の提案をマリオは深刻な面持ちで聞いていた。「それはいいアイデアですね」ぐらいの反応は得られるかと思ったが、まるで失敗すれば命でも取られかねない脅迫をされているといった面持ちだった。やっぱりやめておこうか、と私が言うと、マリオは笑顔を取り繕い、「やりましょう」と携帯電話を受け取った。鏡に向かい、私とマリオは写真に収まった。私は、髪の毛をよけるカットクロスを身につけたまま、新兵のような髪型で。マリオは、先ほどまで脅迫されていた緊張をかすかに残したぎこちない笑顔で。あまりよい写真ではなかった。だが、最初なのでこんなものだろう、という気もした。これから撮っていくうちにこなれていくだろう。私は二週間に一度は来ると告げ、店を後にした。家で迎えた妻は私の髪型を見て笑い転げた。

それから二年の間、私はカットサロンムラタを訪れなかった。一つの事故から事情が色々と変わってしまったのだ。

家から少し離れた国道沿いに化学プラント設備を持った企業があったのだが、私がクルーカットにした三日後、そのプラントが火災を起こして爆発した。上の息子はその衝撃ではがれ落ちたビル外壁の下敷きになり、亡くなった。即死だった。私と妻は暗く苦しい時間を過ごした。もう別の場所にいってしまいたいような気分だったが、仕事のこともあり、半年ほどはそこに住んだ。床屋に行くという考えがそもそも浮かばず、髪は妻に切ってもらっていた。マリオのことはすっぽりと頭から抜け落ちていた。

この地を去ることになったのは妻が精神的に追いつめられたからだった。医師にはPTSDと診断された。息子が死んだことが日常に影を落とした。ほんのささいなこと、例えば、息子と同じくらいの子供を見ただけで妻は胸が苦しくなり、過呼吸を起こした。また、私が妻ほど悲しんでいるように見えないということで、私を責めることもあった。すべてがあの事故の前とは変わってしまった。色彩に溢れた映画がモノクロ映画に変わってしまったようなものだ。それから私は転職し、都心により近いマンションへと引っ越した。家は売りに出し、ローンは組み替えた。以前住んでいたところよりも手狭だったが、それはそれで気安さを感じた。上の息子の不在を家の狭さが埋めてくれるような気がしたから。

カットサロンムラタを訪れる気になったのは、写真を見つけたからだった。携帯電話の買い替え時期になり、私はパソコンでこれまでに撮っておいた画像をバックアップしていた。当然ながら、中には上の息子の写真もあり、まだ家族が幸せだった頃の情景を眺めつつ、もっと写真を撮っておけば良かった、などと泣きながら缶ビールを煽った。そして、感傷に満ちたひどく長いデータ整理を続ける過程で、私はマリオと一緒に撮った写真を見つけたのだ。写真の中で、私は深刻そうな面持ちで前を向いていた。後ろにはマリオが立ち、これまた緊張した面持ちで携帯電話のカメラレンズを正面に構えていた。なにかを始めたいという気持ちが私の中にふつふつと沸き上がった。

次の日曜日、私は電車を乗り継いでカットサロンムラタを訪れた。私を見たマリオは一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻すと、二年前のように私をスタイリングチェアに導いた。

「またお任せ?」

「いや、続きをやりましょう。最高のクルーカットで」

私は答えた。マリオは少し考え込んだようだが、やがてにこやかに頷き、霧吹きで髪を濡らし始めた。

「ずいぶん久しぶりですね。どうしていましたか?」

「二年前に、川光工業の事故あったでしょう。あれで息子が死んじゃったんですよ。それで引っ越して仕事変えて、まあ、色々あったんです」

マリオは手を止め、「どこですか? どのあたり?」と尋ねた。

「四五号線の交差点の、公園の向かいあたり。あそこでね、ビルの外壁が落ちて来たじゃないですか。そこで下敷きになって」

マリオは「ああっ」と呻くと鋏と櫛をワゴンに叩き付けて、顔を覆った。

「私、知らなかったよ。そんなことがあったなんて。私も巻き込まれた。ほら」

マリオは手を差し出した。マリオの右手はかすかに震えていた。小指を曲げると痙攣が始まるようだった。

「私も外壁につぶされたよ。それで後遺症が残った。でも、あなたの息子さんに比べたら……」

彼はそこまで言うと、胸の前で十字を切って祈った。私は息子がそんな風に祈られるとは思っていなかった。おそらくポルトガル語だろう、祈りの言葉が聞こえた。ひとしきり祈りを終えると、マリオは鋏を取り、散髪を再開した。

言葉少なに幾つかの会話をしているうちにクルーカットは完成した。マリオは合わせ鏡を後ろに広げて感想を待っていた。私は前方の鏡に映るマリオの顔を見つめ、ふと尋ねた。

「前に言っていた映画監督のマリオ・マチャードって、あなたのことでしょ」

マリオは不思議そうな表情で「違いますよ」と答えた。

「でも」と、私は続けた。「似たような人生を歩んだでしょう。マリオ・マチャードみたいな深刻な人生を。そうじゃなきゃ……」

言っている最中に私をいい知れようのない悲しみが襲った。なぜそんなに悲しくなったのかはわからない。ただ私は鏡に映っている自分が顔を歪めて涙を流しているのを眺めた。ほどなくして、マリオは「マリオ・マチャードだけじゃなくて、人生はそもそも深刻なんです」と言った。私の涙が止まるまで、私達は鏡の中に映る自分達を眺め続けた。時計だけがコチコチと時を刻んでいた。

それから、私達は写真を撮った。「どうですか、最高マスター傑作ピースですか?」と、マリオは笑いながら尋ねた。

「どうだろう、まだわからないですね。もっと何回もやってみないと」

マリオは肩をすくめた。それから握手をした。固い握手だった。マリオの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

店を出ると、短くなった頭を風が撫でていった。平凡な人生の深刻さが、その日だけは私を優しく撫でているようだった。帰ったら妻に写真を見せ、見比べて貰おう――そんなことを思った。

2014年11月19日公開

© 2014 高橋文樹

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