縄文小説参考文献『二千七百の夏と冬』レビュー

縄文小説集(第6話)

高橋文樹

評論

3,736文字

本稿は破滅派主催の縄文小説ワークショップの参考文献レビューである。萩原浩著『二千七百の夏と冬』を取り上げる。

『二千七百の夏と冬』は直木賞作家萩原浩による長編小説である。縄文時代後期を舞台としており、なおかつ最近の作家によって書かれた作品であるため、参考文献としてふさわしいだろう。

『二千七百の夏と冬』梗概

2011年、東日本大震災の爪痕が残る関東のあるダム工事現場で、縄文人の骨が発見された。発掘が進むにつれ、その人骨は少年であり、その手の先にはもう一体、少女の人骨が埋まっていることが判明する。しかも、それは弥生人のものであった。

物語は2011年の女性新聞記者・佐藤香椰と、縄文時代の少年ウルクの物語が交錯する対位法の形式で進む。

ウルクはピナイというムラの少年である。ウルクはある日、山の中で金色に輝くクマを見つける。弟が病気になったことをきっかけに、病薬である熊のを求めて禁じられた南の森に入る。そこでウルクはのっぺりとしたキツネのような顔の少女カヒィを助ける。遭難したと思しきカヒィのことをウルクは好ましく思うが、一晩を明かすと火おこし道具を盗んで消えてしまう。その後、森をさまよっていたウルクは金色のクマ(当時まだ本州にいたヒグマであることが香椰と考古学教授松野のパートで明かされる)と対峙することになるが、額に傷を負わせることが精一杯で、なんとかピナイまで逃げかえる。

家に帰ると、弟はすでに死んでいた。落胆するウルクだったが、悲劇はそれだけでは収まらず、金色のクマがウルクを追ってピナイのすぐそばまで来ていたことが、命からがら逃げ帰ってきた村人の証言で判明する。ピナイに災いをもたらしたことで、追放を命じられるウルク。村に戻る条件として出されたのは、けっして腐らず、ムラ全体を飢えさせることのない神の実コーミーを持ち帰ることだった。

ウルクは村を出て、コーミーを探す旅に出る。南の森の向こう側にはトリカブトが咲き誇り、そこには海渡りの人々がいるという噂だった。それに、亡くなった父はどうやら金色のクマに殺されたということもわかっていた。敵討ちとピナイでの許しのために、ウルクは南の森を目指す。

森に入るやいなや、ウルクは村一番の狩人シグルイの死体を見つける。シグルイは、ウルクの話を聞いて、尊敬していたウルクの父の仇を討つために森に入ったところを返り討ちにあったのだ。シグルイでさえ敵わないクマに勝てるはずはないと逃げはじめたウルクだったが、人肉の味を覚えたクマは、ウルクを執拗に追いかけ始めるのだった。追い詰められたウルクは、ついに腹をくくり、クマと戦って勝利する。しかし、深手を負ったウルクは、南の森を抜ける岸壁を超える前に力尽きてしまう。

目覚めたウルクを覗き込んでいたのは、カヒィと同じくキツネのような顔をした人々だった。そこでウルクは「毛人」と呼ばれ、奴隷のような扱いを受けるが、ほどなくしてそこがカヒィの住むクニという場所だと知る。ウルクはカヒィと再会を果たし、彼女との交流を経て次第にひかれるようになる。

やがて心身ともに結ばれたウルクとカヒィだったが、カヒィが身ごもったことでウルクは窮地に立たされる。クニの王はどうやらピナイを滅ぼし、その東にある広大な平野を田に変えようとしているのだった。ウルクはカヒィを連れて国を逃げる。道中、追跡してきた王を殺し、あと少しというところでウルクの背に深々と矢が突き刺さる。富士山の見える丘を登りながら、ウルクは力尽きようとする。そのとき地震が起こり、そばに寄り添ったカヒィとウルクは、その手を握り合ったまま、ともに深い土の中で息絶える。

縄文時代を描く際の工夫

本作には縄文時代を描くという困難を解決するための工夫が幾つか見られた。

表現上の工夫

表現上の工夫としては、まず、名前である。

登場人物の名前はおおきくわけて縄文人、弥生人がいるのだが、縄文人の名前はウルク、シグルイなどといったようにアイヌ系の名前を参考にしていると思われる。弥生系は現代の日本語から類推される名前が多い。

また、その他の名詞にも工夫が見られた。以下、種類別に列挙する。私が読みながらメモしたものなので、網羅しているわけではないが、ほぼ完璧なリストである。アジやムジナ、シャチなどはそのままだったので掲載していない。

動物
イー
カー 鹿
クムゥ
ホホカミィ
ホオシロ ホオジロ鮫
ヒトモドキ
ススキ すずき
タヒ
キイロメ 金目鯛
トビイオ トビウオ
羽這え
アワヌビ アワビ
トコフシ とこぶし
ミミナガ
カゥワウソ カワウソ
チライ なまず
クロラジ
キッネ
魔蟲 マムシ
鼻曲り
夜鳴き鳥 フクロウ
ヤマカァー カモシカ
植物
ヤム
ピエ ひえ
ハジカミ 山椒
タチパナ
酢食わせ シークワーサー
イチヒ イチョウ
コーミー
トクタミ ドクダミ
ブシ トリカブト(参考
ウモ 里芋
突地 つくし
クソフキ ふき
その他
チィンチィ チンチン
オチュコチョ セックス
コロパックル コロボックル
黒裂け石 黒曜石

その他、特徴的な表現としては、ルビがある。手元に残っている限りを列挙しておく。

  • 生肉と焼き肝ぜいたく
  • 鳥頭バカ
  • 鳥の巣に卵たぶん
  • 夏の羽這えげんき
  • 縞背中ちびすけ
  • 巣に卵戻すすまない
  • 鼻曲がりの卵の数数え切れないほど
  • 一矢で二頭すごいな

このような工夫をしようとした努力は驚嘆すべきものであるが、物語の最後、逃げようとするウルクの前に立ちはだかりつつ、見逃してくれた戦士が「「巣に卵戻す」と言ったりするのは、若干拍子抜けするので、なんというか、難しいものである。

また、海渡りの民とウルクがであったとき、その会話のほとんどはわからないのだが、この「言葉のわからなさ」を表現するために、アスタリスクを使って伏字をしていた。

「*******ケビト******」

上の表現は、ウルクが「海渡りの人間はウルクをバカにしており、ケビトと呼んでいる」ということがわかった時点での表現である。これらの工夫に関して批判をすることは可能だが、一つのやり方ではある。

しかし、やはり連載作品だったということもあり、物語の冒頭は独創的な単語が多いのだが、後半になるにつれ徐々に減っていくように思えた。疲れたのだろうか。

構造上の工夫

作品の構造は対位法のようになっており、2011年の現代と縄文時代が交互に描かれる。といっても、その割合は1:9ぐらいで、圧倒的に縄文時代の方が多い。現代パートは明らかに補足資料としての役割を担っており、新聞記者と考古学教授の対話に明確である。

もちろん、現代パートにも物語がないわけではなく、香椰が忘れらずにいる死んだ恋人の出自が在日朝鮮人であることが、縄文人ウルクと弥生人カヒィの恋に重なる。東日本大震災や原発事故への言及が散見される部分は、私ならなくてもよいとは思うが、書いたのは私ではないので後は作者の裁量だろう。ラストが地震によって生き埋めになるというオチなので、整合性が取れていないというわけでもない。『小説推理』への連載だったことを考えると、こうした時事ネタを入れておくというのもまた、現代のエンターテイメントとしての作法の一つだ。

全体的な感想

縄文時代を描くという難しい課題に対して、作者の力量を感じる作品だった。読みづらいということはなく、一線のエンタメ作家として活躍する作者の面目躍如といったところだろう。

作品の主題とは別に、物語をパート別にわけると、次のようになる。

  1. 縄文時代の日常と習俗を描く
  2. 金色のクムゥ(ヒグマ)との戦い
  3. カヒィとの民族を超えた恋

これら3つはそれほど整合性が取れているわけではなく、連載小説らしい散漫さを感じた。日常生活パートはやや長過ぎるきらいがある。金色のクムゥとの戦いがフィーチャーされるにつれ、臆病者と罵られていた父が実は勇敢な狩人だったこと、父を殺したのがオスのヒグマだったらしいこと、それらの事実を教えてくれたのがムラの狂人だったこと、などなど、これまで積み重ねてきた伏線が収束して面白くなってくる。特に私は『熊嵐』が好きなので、「人の肉の味を覚えた熊が追っかけてくる」というスリリングな設定にワクワクした。

カヒィとの悲恋については、ラブロマンスとして面白く読めた。たまたま行き着いたクニがカヒィのクニだったという展開は、登場から再会まで間が開きすぎていたこともあって、ご都合主義のそしりを免れないだろうが、物語にはお約束が必要だと受け入れる読者の方が多いだろう。月一回のオチュコチョ(セックス)を三回したら妊娠したというのもまた、物語的必然として許容範囲である。

 

 

以上、さすが実力のある作家だけあって、なかなかおもしろく読めた。参考文献リストを見ても数十冊は挙がっているので、縄文小説ワークショップでももう少しペースアップをする必要があるだろう。

2015年11月25日公開

作品集『縄文小説集』第6話 (全12話)

© 2015 高橋文樹

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