入子の十五年

高橋文樹

小説

6,473文字

いつも変なことばかり言っている姉の光とインコに関する十五年の物語。言葉なんて、そんなものさ。破滅派十号に掲載された傑作掌編。

姉の光が言った。私達は教会に住んでいるのよ、と。僕は答えた。いや、教会には住んでいない、と。例を挙げるとすれば、そもそもはこんな会話なんだ。

僕たちが住んでいたのは両親(おもに父)がそれなりに腹をくくって購入を決意した、まだあと二十年以上もローンが残っている家であり、僕は中学生ながら、そのことに感心していた。よくもまあ、完済までに数十年もかかるような買い物をしたものだ。それも、僕たちのようなどうということのない家族のために。もし僕がおじさんで、僕たちのような家族がいたとして、彼らのために何十年もかけて家を買いたいかというと、ちょっとわからない。そこまでしなくてはいけない必然性が見えない。にもかかわらず、家を買った父のことを思うと、とてもじゃないが教会に住んでいるなどとは言えないような気がした。事実誤認も甚だしい。

僕たちの住んでいるのは普通の家で、と言いかけたところで、光が遮った。

「いい? 川が流れてるとするじゃない。で、A岸とB岸があったとして、A岸に住んでいる人は自分達がそこに住んでいることになんの疑問も抱かないわけ。でもさ、ほんとの川沿いに住んでる人がいたとするじゃない。そうするとだよ、その人って自分がA岸の住人だって思うことはないと思うんだよね。あれ、私どっちだっけ、みたいなさ。私ほんとうにA岸なの、みたいな。境界に住むっていうのは、そういうことなんだよ」

光はそう言うと、入子に向き直り、「私達は境界に住んでいる」と繰り返した。境界に住んでいる、だからなんだというのだ。マジでなんなんだ。僕は鳥かごに向かって話しかけ続ける姉の気違い染みた姿を眺めながら、なんとういか、よく父さんはこんな家族のために何十年もかかる買い物をしたよな、と思った。

ほどなくして、入子は「私達は境界に住んでいる」と鸚鵡返しに言った。光は、おーっ、と歓声を上げ、拍手をした。その見慣れた一連の流れを見え終えた僕は、まだ少し話したそうにしている光に会話を促した。光が軍人でスパイだったら、彼女の部隊はあっという間に全滅しただろう。十五分ぐらい話したところで、この出来事のすべてが判明した。なんということはない、光が道を一本挟んだ団地の二号棟に住む男に恋をしたというだけのことだった。境界というのは結局のところ、父さんが何十年もかけて入手することになるこの家の向かいを通る片側一車線の道を意味していた。

 

入子がうちに来たのは僕が小学三年生か四年生の頃で、僕自身、記憶が曖昧なのだが、駅前にあった花の種屋の奥にあるペットコーナーで光が母にねだったからだった。実際のところ、それがなんの店だったのかはわからないが、花の種ばかりを売っている店がほんとうにあり、その奥にペットコーナーがあって、鳥や昆虫や熱帯魚を売っていたのだ。いま考えると、苗のようなものも売っていた気がするので、ガーデニングや家庭菜園をサポートする店だったのかもしれないが、よくわからない。いまはもう、そういう目的のわからない店を見ることがなくなってしまったから。少なくとも、僕にとってはそんな土の匂いが漂う店の奥で、光がなかば喚き散らす調子でセキセイインコを欲しがったということだけが明瞭な記憶だ。

光はちょうどその頃、中学校に入ったばかりで、英語にハマっていた。ハマっていたといっても、ECC英会話教室が近くの団地にあったので、塾代わりに通っていたというだけの話なのだが、幾つかの英単語を僕に自慢するぐらいが精々で、光が「Appleって知ってる? 林檎のことなんだよ!」と自慢して、「じゃあ、柿は?」と僕が訪ね返すと黙り込んでしまうとか、そういう微笑ましい話だ。僕自身、「ただ単に母親が好きだったから他のお菓子と違って無制限に食べることができ、かつ秋から冬を通して常備されていたオヤツ」として身近な柿を挙げただけで、それがまさか英語の知識を誇る姉を黙らせる重要なものだとは思いもよらなかったのだが、「身の回りにあるありふれたものが自分よりも強大な者を打ち倒す武器になるということがありえる」という知識を得たのはこれが最初であり、僕の人生を決定づける出来事ではあった。ちなみに、柿は英語でpersimmonというらしい。話が逸れた。ともかく、自分が新しく知った言葉をその一時間後には弟に自慢するような年齢にあった光にとって、インコという動物をすぐさま前置詞のinに絡めたのはそんなに不思議なことではないと思う。父も母も入子インコという名前のついたインコという同語反復的な存在が面白かったようで、特に反対はしなかった。

どんな種類であれ、動物というのは可愛いものだ。入子はすぐに我が家のアイドルになった。水や餌は日に三度は新品に変えられた。鳥の餌をふーふーと吹いて籾殻を飛ばすのは本当に楽しかった。

さて、脱線ばかりで申し訳ない。とにかく、入子は家族として受け入れられ、その飼い主の序列一位、つまり毎日世話をする役目は光になった。もっとも、ほしがった本人なのだから当然でもあるし、光自身も中学生になってから出窓付きの自室を手に入れた誇らしさがあったのだろう。彼女はどぎついピンクのクロスを出窓に敷き、その上にケージを置いて、入子を大事に育てた。

その責任感に関心しつつも、困ったというか、僕をはじめとする家族みんなが戸惑ったのは、光が入子に覚えさせる言葉だった。光が発明した諺というかアフォリズムというか、「どんな人にも帰る場所はあり、それが我が家である」とか「どんなに書き込まれた紙でも必ず余白は見つかる」とか、なんとなくそれっぽいが何を言っているのだからわからない言葉ばかりだった。とはいえ、実害があるわけでもない。時折つぶやかれるそれっぽい言葉を聞いて、僕ら家族が反応に困るだけだった。「人は努力をせざるを得ない時もあれば、努力をしないこともできる」としゃがれ声で呟く入子を見たときは、こんなにどうでもいいことをつぶやくインコは滅多にいないんじゃないか、と思ったのをよく覚えている。

 

話を戻そう。入子に「私達は境界に住んでいる」という言葉を覚えさせた頃、光は恋をしていて、もう高校生だった。恋愛に興味を持つだけだった中学生時代とは違い、明確に誰かと付き合いたいと思うような年頃だった。となると、インコ相手に無意味な警句を覚えさせるあの情熱も薄れてしまい、少しずつ具体的なことを覚えさせるようになる。ようするに、入子が「カツジ君、好き。超好き」などと言うようになったのである。長く入子を見てきた僕には、神聖なものがなくなってしまったような寂しさもあるにはあったが、そもそもそれが普通のインコらしさなのであって、なにも警句を言う必要はなかった。どうせインコなのだし。

ところが、それによってまずいことが起きた。光はそのカツジ君への熱をあっという間に冷まし(あの境界線うんぬんはなんだったのだ)、全然別のカイト君と付き合い始めたのだが、そのカイト君が部屋に遊びに来ているときに限って、入子が「カツジ君、好き。超好き」と言ってしまったのだ。カイト君からすると、「カツジって誰よ」となる。少しヤンチャだったカイト君は、必死に浮気を否定する光を信じきれず、入子を問いただそうとした。問いただすといってもインコなので、カツジが誰かということは答えられないのだが。結果として、ケージから入子が出てしまい、開いていた窓から外へ逃げて行ってしまうことになった。僕は家にいなかったので、部活動を終えて帰宅したときに母から教えてもらった。

僕達は家族総出でインコを探し回った。一ヶ月ぐらいは空いている時間のすべてを入子捜索に使ったと思う。だが、見つからなかった。家族全員がもう諦めようとなった頃、父が「どんな人にも帰る場所はあり、それが我が家である」という入子の言葉を引用した。ちょっとだけ「おおっ」となった。光は結局カイト君とは別れた。

以上が僕達家族と入子の間にあった四年間の歴史だ。もう少し詳しく話せば色々あるのだけれど、いまはこれで十分だと思う。

 

僕達が入子と再会したのは、うちを出て行ってから三年後、君も知っている通り、テレビのワイドショーがきっかけだった。僕達は入子がカラスかなにかに食べられてしまったのではないかと思っていたが、そうではなく、うちから車で一時間ぐらい離れた駅のホームに住み着いて、鳩達と一緒に暮らしていた。

入子が注目されたのは、そのホームで起きた英雄的な救出劇のおかげだった。快速停車駅であるそのホームは、金曜日の夜なんかにかなりの混雑を見せる。ある夜、酔っ払いがホームに落ちた。それを大学生が助け上げたというのがまず新聞で小さく報じられたのだが、女性週刊誌が詳しく取材したところ(たぶんニュースに乏しい時期だったんじゃないかな)、その大学生は酔っ払いがホームに転落した瞬間、天の声を聞いたらしい——「迷ったときはより迷いの少ない方へいけ」——これは光が入子に覚えさせたどうでもいい警句の一つだった。だってそんなの、どっちがいいかわからないから迷うんじゃないのか? でも、大学生にとっては違ったらしい。その言葉に勇気を得て、線路に飛び込み、酔っ払いを救ったのだ。

この報道のあと、ほんとうかどうかは知らないが、入子の声を聞いて救われたという体験談が幾つか集まった。「仕事をやめようと思っていたが思いとどまった」とか、「十年来の友人と再会できた」とか、そんなところだ。たしかに、そのとき彼らが聞いた入子の言葉というのを調べてみると、たしかにまあ人に影響を与えるように取れなくもないけれど、基本的には「だからなんなの?」という内容だった。ともかく、そのネタが幾つか集まると、雑誌やネットニュースに取り上げられ、ついにはテレビが独自取材をするようになった。そこではじめて僕達家族が入子の姿を目にする機会が訪れたというわけだ。

僕は光に連れられ、入子に会いに駅へ足を運んだ。入子はホームの天井にあるパイプに止まっていた。何度か呼びかけたが、反応はなかった。それはそうだろう。うちにいたのと同じぐらい長い時間をこの駅で過ごしたのだ。もう忘れてしまっていても無理はなかった。

「入子は自分の人生を手に入れたんだと思う」と光は言っていた。僕は「逃したのはお前だろ」と思ったんだけど、たしかにそうかもしれなかった。少なくとも、うちにいた頃の入子は僕たちだけのアイドルだった。それがいまや、駅のアイドルだ。僕達家族はみんなでワイドショーの録画を何度も再生しながら話し合った。我が家に戻ってきたところで、入子は幸せだろうか? 答えは決まっていた。というよりも、もうすでに何年かをかけて入子がいなくなった悲しみを埋める作業を終えていたので、入子が戻って来るという喜びを受け入れる場所が心の中になかったのだ。

ただし、一つだけ取り決めをしようということになった。一週間に一度、月に一度でもいいから、特に普段利用するわけでもない駅へ通い、入子に会うこと。これだけがかつて入子と家族だった僕達にできる陣中見舞いのようなものだった。

ところが、これが事態をエスカレートさせることになる。人生というのは、ほんとうに不思議なものだ。

入子訪問をするのは主に光で、他の家族が行く時も別々に行っていた。もう光は大学生になっていたし、僕も高校の部活があった。母も僕の中学卒業に合わせて仕事を再開しており、ようするに忙しかったのだ。そうすると、家族がお互いに何をしているのかはよく知らない。たとえば僕は、駅に着くと入子がいないかどうか、ホームの上を眺めながら、一番線から四番線まで全部歩いた。入子がいるのは一番線の階段付近が多く、それはたぶん日当たりがいいからだった。僕は入子を見つけると、軽く手を振り、「おーい」と挨拶をした。入子がこちらを見るときもあれば、見ないときもあった。ホームを歩き回って会えなかったときは、そういう日もあるだろう、ということで帰るようにしていた。父や母も同じようなものだったと思う。

しかし、光は違った。彼女は駅で入子を見つけると、大声で話しかけた。駅で。大声で。そうすると入子が降りてきて、光の肩に止まり、差し出した指にちょんちょんと移動して喋るそうだ。僕は「信じられんねえ」と叫んだ。入子が降りてくることではなく、駅で大声で叫ぶことが、だ。しかしそれも光によると「なんで? あんたの愛が足んないんじゃん」ということだった。光は入子に会えなかったことはそれまで一度もなかったらしい。

案の定というか、その光の姿がテレビに収められることになった。僕の予想だけれど、赤坂や新橋といったテレビ局に近い駅へ乗り入れる路線だったから、テレビ業界関係者が出勤中に目にしていたのだと思う。たしかに、そう企てるのもわからなくはない。僕も長い間電車に乗っているけれども、駅で大声で叫んでいる若い女の人というのをあまり見たことがない。酔っ払いの薄汚れたおじさんがマーマーと意味不明なことを喚いているのはよく見るけれど。

放映されたのはお笑い芸人が司会を務める深夜番組で、特定の街を二十四時間歩き回り、面白そうな人を見つけてインタビューをするものだった。ただ、放送時間のほとんどが光に割かれていたから、事前に目星をつけていたのだと思う。光がホームの屋根に向かって「暑い日もあれば寒い日もあり、だからこそ衣類を調節する」などと叫んでいるのを公共の電波で見たときは死にたくなった。僕は日本国民全員に向かって「姉は黙っていれば美人だし、優しいところもあるし、国立大学にだって通っている賢い人なんです、ただちょっと当たり前のことを大声で言うだけなんです」と弁解して回りたかったほどだ。実際に、その放送は少しエグみのあるものとなった。たまに、テレビに出ちゃいけない人が出ているときによぎる、あの感じだ。

僕はこの放送によって光を取り巻く環境が変わってしまうのではないか、と心配したのだけれど、家族はそうではなかったらしい。母は「おもしろいわねえ」というぐらいで、光の仲のいい友人など、わざわざうちに来て「いつか光はテレビに出ると思ってた!」と大はしゃぎして帰って行った。僕はテレビに出ると生活が一変するぐらい色々なものに追い回されると思っていたのだが、そうでもなかったらしい。ただ、光と入子のやりとりはその駅の名物になった。

その後は君も知っての通り。七年に及ぶ駅での交流の末、入子は十五年間の天寿を全うした。朝、駅員がホームを見回りしていたところ、硬くなったまま横たわっている入子を見つけたそうだ。駅員は次に光が来る時までその亡骸を取っておいてくれた。最後の言葉は「懐かしいものの懐かしさは時間とともに増える」とのことだった。

入子は自宅の庭に土葬された。冬の日曜で、霜が降りていたので、ハンカチを五枚ほど使って包んであげた。埋め終わった後、父は「どんな人にも帰る場所はあり、それが我が家である」と入子の言葉を引用した。僕は少し「おおっ」と思った。光は頷きながら泣いていた。

 

 

以上で君が知りたがった、入子の生涯は終わりだ。はっきり言って、本にする内容じゃないと思う。君が想定しているような、人生の秘訣のようなものは何もない。入子は長生きのセキセイインコで、光は当たり前のことを大声で言う僕の姉だ。そういう生き物が十五年間一緒に生きたというだけの話だ。

だから、『インコが伝えた名言集』なんていう本を出すのはやめておいた方がいい。君がどうしてもそうするというのなら止めないけれど。光は当たり前のことを言っているだけなんだ。言葉自体には大した意味なんてないんだ。ただ、それを受け止める側の状況が異なっていただけだ。言葉なんてそんなものだよ。

2015年12月29日公開

© 2015 高橋文樹

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