マッチングアプリ日誌1

おしゃれなコケシ

エセー

1,929文字

コケシが45歳でマッチングアプリ彼氏を作るまでの記録
―アプリ登録以前―

44歳のコケシは、1年半前に離婚した。晴れて自分で自分の世帯主となったコケシは、誰に隠すことなく彼氏を作っていい身分になったのである。だがコケシには彼氏がいなかった。長く結婚生活を送るうちに、彼氏の作り方を忘れてしまったのだ。「昔は気づいたら彼氏できてたもんやけどな」コケシはどちらかと言えば男が絶えないタイプの女であった。だがしかし長らく「奥さん」の身分を隠れ蓑にして生きている内に、異性を獲得する本能的な狩猟の腕がすっかりにぶってしまったようだ。「せや、マッチングアプリしたらええやん」コケシは思い付いた。最近の20代は気軽にマッチングして気軽に会っているという。マッチングする男女が出てくる小説も読んだことがある。探したわけでなく、たまたま読んだ本に出てくるのだから一般化されている証拠ではないか。それでも1970年代生まれのコケシには出会い系サイトのイメージがつきまとい、マッチングアプリ登録にはハードルがあった。

そこでコケシは、あえてFacebookに書き込んでみることにした。オープンにすることで後ろめたさを無きものとしようと考えたのである。『実は1年半前に離婚しまして(テヘペロの絵文字)、そろそろ彼氏ぽい人を作ってもいいのかな~と思ったんですが、作り方を忘れてしまいました(笑) なので44歳、初めてのマッチングアプリに挑戦してみようと思います! なんだか人と会いたい気分なので、合コンとかもあったら誘ってください(音符マーク)』Facebook友達限定で公開した記事の最後の一文は、言うまでもなく釣りである。コケシは合コンなぞ行きたくないが、人と会いたい気分イコール個人的に誘ってもいいですよの暗号を入れたのだ。直接的表現「ご飯誘ってくださーい」を用いると、行きたくない相手から誘われたときに断りにくい。合コンという印籠があれば、行きたくない相手から誘われれば「合コンのつもりだったので、二人はちょっとゴメンナサイ」と断れる。逆に行きたい相手なら「行きましょ」と乗れる。これらのことをコケシは息をするように計算し、即座にFacebookに投稿した。まだ獲物は見つかっていない。ひと晩寝かせて魚を待つ。

はえなわ漁業さながらの手管を見せたコケシが果たしてエサに食いついた魚はいるのだろうかと次の日にページを見ると、コメントは2件、メッセージ3件であった。まずコメントから返信することにする。1件目は、コケシの趣味であるダンスサークルで何度か会ったことのある女性から「合コン、ありますよ! お友達を誘って来てください」というものであった。コケシは愕然とした。しまった! 合コンとは、数を合わせるものだった。自分だけノコノコ行っていいものではなかった。コケシは久しぶり過ぎて、合コンのやり方も忘れていたのである。「私と同じように彼氏を作ろうと張り切っている同年代の女友達など、おらん」コケシは思った。40代は忙しいのである。家庭か仕事かなんらか必死でやっているのが40代なのだ。コケシのように今から彼氏を作り浴衣姿を見てもらったり会えなくてごめんねと言われたりセックスしたりして楽しもうとするのは、人生の余剰部分なのであって「あんた、いい歳していい加減にしときや」と薄笑いであきれられる部類の行為だ。「いやいや、彼氏探すより、合コンに来てくれる友達探す方が難しいですわ」という趣旨の返信を、失礼のない婉曲表現でしておく。

2件目は、出会った場所も顔もあまり覚えていない男からのコメントだった。「合コン、というか人との集まりよくやってます(笑) 良かったらセッティングしますよ」そう言えば、この男は以前からコケシの投稿にコメントを付けていた。何かアートっぽい活動をしているらしい。人の集まる場所に屋台を出すというアート活動なのだがフードトラックなどの飲食というわけではなく、何かの現代美術っぽい屋台なのだ。屋台活動自体がアート、というコンセプトがコケシには理解ができない。ましてや、コケシが今求めているのはアート活動で人脈を広げたい男との交流ではなく、脳内物質ドーパミンをドバドバに増やしてお互い陶酔感に浸りまくる異性間恋愛なのだ。おそらくアート男はコケシに会いたいのだろう。しかしアート男がコケシの対象に入るかというと「ナシ、やな」コケシはまたもや婉曲かつ適当な断りの返信をする。

次にメッセージに移る。今のところ不漁だが、コメントはオープンな場であるのであまり露骨なことは書きにくいのだろう。メッセージの方が期待が持てる、と気を取り直す。1件目はダンスサークルで知り合ったカメコ(カメラ小僧)の男だった。コケシは嫌な予感がした。

つづく

 

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2022年7月11日公開

© 2022 おしゃれなコケシ

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"マッチングアプリ日誌1"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2022-07-11 19:35

    文章の飄々とした羅列と、梅崎春生の作品の様な所謂、当人は如実な問題で有るが、読み手には隣三軒の出来事で描くユーモア・センスが甚だ、面白かった。

    • 投稿者 | 2022-07-11 23:05

      梅崎春生……早速、読んでみます。ありがとうございます!

      著者
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