マッチングアプリ日誌2

おしゃれなコケシ

エセー

2,496文字

コケシが45歳でマッチングアプリ彼氏を作るまでの記録
―アプリ登録以前―

メッセージを送ってきたカメコは趣味で撮影をしているアマチュアカメラマンで、界隈で有名なダンサーを撮影してはInstagramに載せている、それなりに実績のある男である。「イケてるカメコは大体ヤリチン」思わず下品なラップ調が飛び出した。コケシは回転寿司屋で「ヤリイカゲソ」を見るたびに「やり逃げ」という単語を思い出すのだ。このカメコがヤリチンがどうか実態は知らないが、女の扱いがうまいことは確かだった。アマチュアカメラマンが人気のある被写体を撮影するためには、撮影技術の高さだけでなく、撮影内外で女に安心感を与えリラックスさせる技術が必要だ。そういう点で、カメコは初対面でも自然に下の名前をちゃん付けしてくるコミュニケーション能力を持ち合わせていた。また、気のある素振りを見せて良い気分にさせるのもうまかった。コケシはそんな時、カメコとセックスしてもいいという気持ちになっていたのだ。しかしカメコは手を出してはこなかった。というか、決定的に二人きりになるのは絶妙に避けるのである。ちょっかいは出すが手は出さない。これがカメコのやり口だと悟ったとき、コケシは冷え冷えとした気持ちになり自分の視界からカメコを追い出したのだった。そのカメコがエサに釣られて2、3年ぶりにメッセージを送ってきた。一体何と書いてあるのだろうか。

「投稿読んだよ! GWで大阪帰ってきてるんやけど、会いたかったわ」
予想を裏切らない男である。「会いたかったわ」とくらあ。コケシは思わずべらんめえ調になった。住んだこともない江戸の下町言葉になるほどにカメコはカメコであった。「会いたかったわ」とはつまり、会えないのである。会えないけれども、会いたかった気持ちだけ伝えている。そんなもん必要ではない。会いたいなら時間を作って会う。会えないなら連絡はしない。それでいいのだ。会えないけれど自分のことは気にしていて欲しい、そんなメッセージはイベント出演告知をツイートしている地下アイドルに「残念、その日は仕事で行けないんだ(涙の絵文字)」とクソリプするファンと同じである。つまり今、コケシはカメコにクソリプされているのだ。コケシは笑いたいような、怒りたいような感情を抑えて一応かわいく返信した。
「え~、全然時間ないの?」
ほどなくカメコから返事が来た。
「そうなんだよ(泣き顔の絵文字)〇日の深夜0時からしか空いてない(笑)」
さすがにさすがのカメコである。このメッセージにコケシが返信するなら「残念、また会おうね」が正解だろう。この正解パターンAだとカメコにとってコケシは『久しぶりに連絡をしたので、その内お茶出来るくらい良好な関係の女キープ1』となる。ではパターンB「深夜でもいいから会いたい(ハートマーク)」だとどうなるか。『セックスしてもいいと深夜にノコノコやってくるほど自分に好意を持っている女キープ1』となる。カメコは深夜に会ってセックスしたりは絶対にしないのである。しないけれども満足感のグレードは上げたいのだ。チンコを使うことすらせず満足感だけを集めようとする男、それがカメコ。コケシは頭が痛くなってきた。「なんで私がお前の充足感の駒にされなあかんねん」もう二度とカメコのメッセージに返信するまい。コケシはそう思ってカメコをミュートした。さよならカメコ。

オブラートに包んだカメコのオラオラぶりに、いったんはやる気をなくしたコケシだったが、なんとか2件目のメッセージを読んだ。2件目は投稿にコメントしていた屋台アート男だった。「また君かいな」メッセージ内容は、ワイン合コンという民間サービスの紹介。確かにお酒の力を借りるのは良さそうだ。心理的な距離が近くなるし、バーなどの半オープンな場所ならばナンパもされやすい。しかし悲しいかな、コケシは下戸であった。古典的な技「酔っちゃった」も使えないほどにアルコール分解酵素がないのである。アルコールが入れば体内血液にまわったあと、下から出る。若い頃は無理をして上から出たこともある。今は自分の体質を分かっているので飲酒をしない。「残念ながら下戸なのです」親切心に対する礼儀で返信をする。

最後のメッセージにコケシは望みを託した。3件目は映画の上映会で知り合った、50代とおぼしき公務員の男性からだった。
「お久しぶりです。投稿読みました。マッチングアプリについてご進言いたします」
なんとマッチングアプリの実地調査報告がやってきた。これはありがたい。コケシは身を乗り出した。
「〇ク〇クメールとハ〇〇ーメールはやめておいた方がいいです。男女ともにロクな人間がいません」
ふむふむ、ロクな目に遭わなかったのだなと推測する。
「〇ithと〇airsは男性側の身分詐称がしにくいシステムなので、おすすめです」
この人、色々やってんなとコケシは思う。
「〇inderは男性が無料で使えるので、女性はいいねがたくさん来て大変だと聞きました」
この人って子持ち既婚者じゃなかったか。
「男性が有料のアプリの方が、ある程度のレベルに絞られるのでおすすめです」
あんなに普通の真面目そうな男性に、何があったのだろうか。
「40代でも女性は選り取り見取りだと思いますよ。検討を祈ります」
ご家庭はどうされたのですか。なぜあなたはそんなにマッチングアプリを試す必要があったのですか。そう聞きたい気がしたが、それを聞いてしまうと恋愛を求める中年男性の深淵をのぞくことになりそうでコケシはやめておいた。
「とっても役立つ情報をありがとうございます! プロフィール写真って、顔が分かるものにした方がいいんでしょうか」
コケシは情報収集に徹することにした。顔写真は個人情報が特定されそうだからこわい。かと言って顔が分からなければ男性側も選びようがないだろう。どんな写真を載せたらいいのか分からなかったのだ。
「見せすぎないのが殿方の気を引くポイントです。自撮りのアップショットは厳禁ですよ。今ならマスク姿で良いかと」
なるほど、これは有益な情報を頂いた。コケシは思った。もうマッチングアプリやるしかない。

つづく

 

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2022年7月12日公開

© 2022 おしゃれなコケシ

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ドキュメンタリー 私小説

"マッチングアプリ日誌2"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2022-07-12 23:33

    日本文学の伝統。私小説的なエセーの基本は「主人公は常識人だと動いているが、読み手からすると、馬鹿であり、更に絡んでくる登場人物が上をいくホームラン急の馬鹿」が主流で、そこが面白い。
    マッチング・アプリをモチーフにしながらも、古典的な文藝感覚を持つ旗手のセンスが素晴らしい。
    なお、異性としても多分、嫌悪感を得られる事を意識して書いており実際、僕は、この作者を卑下して愉快に拝見しているので、 策謀を一読者として期待する部分が有る。

    • 投稿者 | 2022-07-14 09:30

      え、待って待って、まだ登録もしてない段階ですでに卑下されちゃってますね。これから男と出会ってあれこれあるのに、すでに。コケシちゃんは自分を馬鹿と気付いてない馬鹿なのかもしれないですね。やばいです。

      梅崎春生「カロや」カロ三代まで読みました。面白い、けど猫好きは絶対読んではいけない作品集! 梅崎の弁『私小説の形式を借りたフィクション』とはまさに。コケシちゃんは暴走してもいいのだなと頼もしいお守りが出来ました。

      著者
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