マッチングアプリ日誌9

おしゃれなコケシ

エセー

2,889文字

コケシが45歳でマッチングアプリ彼氏を作るまでの記録
―掲示板で軽くバトる―

映画を初日に見に行ったことに対するリプライとして「えらい!」とはどのような立場からの発言なのだろうか。オタサーの姫となってしまった投稿者の女性は何も悪くない。彼女は特撮が好きで映画を初日に見に行き、報告しただけだ。そうすることで同じ特撮好きの彼氏ができるかもしれないし、マッチングアプリ内活動として何も間違っていない。しかし好きでやっている行動に対して「僕と同じです」や「それでこそ同士」ではなく「えらい!」とは随分、上からの物言いではないのか。特撮の知識はあくまで自分の方が豊富であるという前提で、えらいねと褒める態度。「わてかて初日に見に行っとるわ」そう、コケシも「映画シ〇・ウルトラマン」を公開初日に見に行ったのである、一人で。コケシは特撮好きでもなければオタクでもなく、どうせ見に行くなら他人の感想が目に入る前にさっさと見てしまおうと初日に行った、ただそれだけだ。「私も公開初日に一人で見に行きました。44歳女性」と投稿しても「えらい!」のリプライは付くのだろうか。「えらい!」は教師が生徒に、親が幼い子どもに使う、上下関係が成り立つ場合に発動される言葉だ。 上下関係のヨシヨシ性を内包している言葉だからこそ、対等な友人関係でも「がんばったよ、褒めてー」「えらい!」が効力を持つのである。相手が若い女性だから「えらい!」と言ってもいいと思っているのであって、コケシのような妖怪サブカルババアには決して言わないだろう。どうして性別や年齢や外見で、自分より知識が浅いと勝手に判断してしまうのだろうか。だがマッチングアプリ内でアンコンシャス・バイアスを指摘したところで1mmも理解されないだろうと分かっているので、コケシはこの件を心の笹舟に乗せて流した。ただ、当たり障りない感想が並ぶぬるま湯のような空間に、小石を投じたい気持ちは抑えられなかった。映画の感想を書く場なのだから、映画の感想なら書いていいのではないか。

 

(目を閉じた自撮りのコケシアイコン)
最後の敵ゼットンを倒した仕組みがよく分からなかったです……。
人間の英知を結集しても倒せない程の圧倒的な力で地球が潰されようとするとき、人間には絶望以外に何が出来るのかという話なのだと思うのですが、人間の弱さをウルトラマンに愛してもらって助かるというラストはありなのでしょうか?

 

コケシは、映画を見て納得できなかった点を素直に書き込みした。仲良くやっている仲間内に冷水を投入する行為だという自覚はあったが、ガチのオタクが想像を超える答えをくれるかもしれないという一縷の望みもあった。コケシの疑問が氷解するようなリプライをくれる男がいたら……「恋の扉も解錠や!」
しかしコケシの投稿に付いたリプライは以下のようなものであった。

 

(自撮りのアイコンC)
「地球が潰されようとするとき、人間に何が出来るのかという話ではありません。
ウルトラマンには人間の弱さを愛する義務はありません」

 

コケシは驚愕した。「オウム返し否定形やん」コケシの書いたことを引用し、それを否定するだけの文章。違うと思うなら否定するのは構わないが、自分の考えを示すべきではないか。相手の言ったことを「そうではありません」と言うだけのコミュニケーションとは。しかも、ウルトラマンの義務などと言ってもいないことまで曲解されている。コケシはひたすらに恐ろしくなった。自分の愛するものを少しでもけなす奴は許せないタイプのオタクか、はたまた、ぬるま湯コミュニティを守り抜く管理人なのか。画面から負の感情がにじみ出てくるようで怖く、そっ閉じしようかと思いながらも、こんな奴には屈したくないという反抗心がコケシにはあった。短く返信を書く。

 

(目を閉じた自撮りのコケシアイコン)
男Cさんの意見も聞いてみたいですね~。

 

あくまで異性間の出会いが目的のマッチングアプリなので、煽って喧嘩するのは得策ではない。顔も年齢も在住地も表示しているから恨まれたくない。だがお前の意見をちゃんと書けや、ということだけは伝えた。そしてコケシは二度と「映画シ〇・ウルトラマン」コミュニティを開くことはなかった。男Cが調子に乗って自分の解釈を延々と書いていると面白いな、と思いながら。

なんだか失礼な目にあった気がしたが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、外界に出れば色んな人間と出会うものだと自分を納得させながら、コケシは活動を続けた。しばらく活動してみたところ、アプリを始める前に想定していたよりは皆、紳士的に振舞っているように思えた。例えばメッセージで罵倒してきたり、痴漢的な写真を送りつけてきたりする輩がいるかもしれないと危惧していたのだが、そういった目に遭うことはなかった。Pには通報機能があり、何回かペナルティを受けると退会処分になったりするようで、それが功を奏しているのかもしれなかった。

そんなこんなで活動していると、コケシの元に「メッセージ付きのイイネ」が届いた。通常は、お互いイイネし合ってマッチングするとメッセージのやり取りが出来るようになるのだが、金さえ払えばマッチングする前にメッセージを送ることができる。つまり「メッセージ付きのイイネ」は金を払ってでも自分のメッセージを見てもらいたい!という強い意志の表れだ。ちなみに、男性はメッセージのやり取りにすら月額会員料を払わなければいけない。コケシに来た「メッセージ付きのイイネ」の内容はこういったものであった。

 

はじめまして!出張で大阪に来ているのですが、一人で晩飯を食べるのがどうしてもつまらなくて。お時間あったら一緒にいかがでしょうか。突然ですみません。

 

コケシはこのメッセージに好感を持った。コケシはプロフィールに「ご飯友達が欲しいです」と書いているし、ご飯を一緒に食べてくれる女性を探してメッセージしているのなら、スマートなアプリの使い方だと思った。美味しいものを誰かと一緒に食べたいと思う男ならば、コケシが行ったことのないようなお店に連れて行ってくれるかもしれない。下心がゼロではないとしても構わない。下心ならコケシもある。ご飯の先があるかないかは未知数なのだ。プロフィールを見ると九州在住だった。出張で来た時だけ、年に何回か会う関係性というのもいいかもしれない……。コケシは妄想を膨らませたが、あいにく今日すぐ会うというわけにはいかなかったので、次につながるような返信をした。

 

メッセージありがとうございます。残念ながら今日は無理なのですが、機会があれば次回よろしくお願いします!

 

無視せずにすぐに返信したことで、「次回行けるかもしれない女リスト」に入るはずだ。いつか会うかもしれないし、会わないかもしれない。タイミング次第の男がいると思うだけでなんとなく人生の楽しみが増えたような気がして、コケシは楽しい気分になった。ただ、それは出張男から次のメッセージが来るまでの短い間だった……。

つづく

 

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2022年8月15日公開

© 2022 おしゃれなコケシ

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