さてプロフィール登録後、しばらくしてアプリPを開いてみるとイイネがたくさん来ていた。「40代でも女性は引く手あまた」マッチングアプリ師匠の助言は正しかったのだ。コケシはイイネページを開き、直感でアリとナシに分けていく。アリは右へスワイプ、ナシは左へ。最初なので審査は甘めに、どうしても嫌だと思う男性以外は大体アリにし、あとはアプリが勝手に推してくる男性の写真(登録したばかりの男性をピックアップして勝手にお薦めしてくる)から良さそうな人にイイネをしておく。いよいよ活動が始まった。そんなこんなしている内に数人とマッチングし、初めてのメッセージがやって来た。Pではお互いマッチング成立して初めてメッセージのやり取りが出来るのだ。初めてのメッセージは50代男性から。プロフィール写真はモノクロで、少し眉を寄せたような渋い表情を作っている。昔で言うところの岩城滉一を目指しているチョイ悪オヤジという風貌。モノクロなのは肌の老化を隠すためだろうか。チョイ悪からの初メッセージには、なんと書いてあるのだろう。
「マッチングありがとうございます。顔が分からないのでタイプがどうか分かりませんが、よろしくお願いします」のっけからコケシの顔がくもった。「顔が分からない、てなんや」確かにコケシのプロフィール写真は身バレ防止のために目を閉じている。一方、相手のプロフィール写真は顔がしっかり写っている。自分がかっこよく見えるであろう表情を作っているし「チョイ悪でかっこいいですね」と言われるために撮影し実際「チョイ悪でかっこいいですね」と言われているのだろう。そのノリを相手にも求めるのだろうか。コケシの写真はチョイ悪からしたら物足りないかもしれないが、大体の雰囲気はつかめるはずだ。初手からdisられた感じがして嫌な気持ちになったコケシだったが、率直に聞いてみることにする。
「はじめまして。顔が分からない? 目を閉じているから分かりにくいという意味ですか」
ほどなくして返事が来た。
「そうです」
なんとなく失礼な奴という気がした。だが、Pでは顔出しが当たり前で自分がマイノリティなのかもしれない。気を取り直してコケシはやさしく返信した。
「分かりました。では顔が分かる写真を撮って、送りますね。しばらくお待ちくださいね(音符マーク)」
「ありがとうございます!!」
よく分からないがチョイ悪は喜んでいるようだ。顔をしっかり確認することがそんなに重要なのだろうか。なんとなく気が乗らなかったが、いい写真が撮れれば他の男にも要求されたときに使えるかもしれない。そう思ってコケシはスマホで自撮りを試みたが、いい写真が撮れない。窓の近くで自然光を取り入れてシワを飛ばしたりと努力はしてみるが、チョイ悪にやらされているという気分がどうにも抜けないのである。何度撮り直してもどれもこれも失敗作という気がして嫌になってきた。「なんでこんな面倒なことをしなあかんのや」見ず知らずのチョイ悪のために自分の生命点数を消耗したような気がする。彼氏でもなく会ったことすらない男のために、なぜ努力しなければいけないのか。そもそも、初手から自分の要求を通そうとする男はどうなんだろうか。気持ちをほぐすコミュニケーションがあってのち「もっと顔が見たいなあ」なら可愛げもあるが、1通目から「タイプがどうか分かりませんが」などと自分の不機嫌をこれ見よがしに見せつけ、こちらに気を遣わせる男。コケシは決断した。チョイ悪は切ろう。
「写真送るって言ったんですが、送っても気に入られない気がするので(笑)やめておきますね。ごめんなさーい」
一応、お断り連絡はするコケシ。ワンチャン「負担をかけてしまったね、ごめんごめん」の一言があればチョイ悪が復活する可能性もあったが、返信はなかった。一件落着。コケシの初回メッセージは不発に終わった。
いやいや、活動はまだ始まったばかり。コケシは時々アプリPを開いては右スワイプ、左スワイプの作業をせっせと続けた。しかし数日後には早くもうんざりし始めていた。「男の自撮り、キツイわ」知らない男の顔面、首から上の自撮りを見続けていると嫌になってくるのである。男が欲しくて始めたはずなのに、男が嫌いになってくる。気が付くとコケシは、顔写真は全てナシ・スワイプしてしまっており、顔は見せずに食べ物、海、空などの無害な写真をアイコンにしている者ばかりアリ・スワイプしていた。「あかん、これはあかん。海とマッチングしててもあかん」コケシが彼氏を作ることは叶わないのだろうか。
つづく
"マッチングアプリ日誌7"へのコメント 0件