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独り言

腥田をにゆり

衝動で書いたのであります。そんな感じのエッセイです。

タグ: #エッセイ #純文学

エセー

1,526文字

独り言

腥田をにゆり

私事ですが、小説は技巧なんてどうでもいいのであります。益々技巧、教養の深さはどうでもいいと感じたので、近頃は自動書記というアンドレ・ブルトンの方法論を採用し始めたが(カフカも同じ方法論なのではないかと推察します)、やはりそれでもどこか限界を感じたのであります。ただし、こんなことするまでに現代文學の安直さと闘いたく、まだ摸索の途中であるのであまり焦っていませんが、————個人的に、小説を書くために小説を書くという思考停止をし始めたら負けた気がするのであります。

習作を書き始めたら、すごい不気味に感じたのは連想するために連想するという一件なのでありますが、やはり一作一作をしっかりコミットすることは大切であって、「習作しよう」という観念に囚われすぎるのはよくないのではないでしょうか。横光利一の連想速度に憧れますが、しかし着地点が視えないというか、かれこれを責任持って制作していかないといけないと、ジェミニに相談した所、じゃ、同時代ゲームみたいな複雑な構造に挑戦すれば良いのではと聞かれて、んー。それこそ構造のために構造を書くのではないでしょうか。やはり、志賀直哉と谷崎潤一郎は偉大だとしみじみ感じて、内なる衝動を維持し続け、恐らくこの二人は常に作業的に書いてないのであります。だからこそ、美意識あるいは人格そのものが純粋に現れているのであります。小説を書くというのは衝動、この一点のみだとやっと気づいたのであります。純文學も、衝動で書いたから純文學なんだろうに、しかし、現状ではそういう衝動の受け皿がないのではないでしょうか。田山花袋の蒲団なり、三島由紀夫の金閣寺なり、芥川龍之介の地獄変なり、————全て方向性は違ったが、衝動は文學性を産むのは間違いないでしょう。ドストエフスキーの地下室の手記も間違いなく彼でしかなしえない衝動であります。ただ、一点留意すべきなのが、ここで話した衝動は思うままに書くという精神論ではなく、太宰治でさえ人間失格を書く時もきっと冷静に筆を動かしたのでしょう。書き手だったらわかる筈ですが、書いてる時に、この先は何かが出てきそうな、そんな予感こそが文學の核心ではないでしょうか、なんとなくですが、自分は今後、作品を作る時、衝動はあるかどうかで方向性を決めていきたいと思っているのであります。制御されたつまらない作品よりも、書きたいものの濃度を蒸留の反復によって、純度を極限まで高める方が確実によい訳でありますから。じゃ、頭で書かないってことでいいですか?————否否、大江健三郎も神話を作る衝動があったのでしょう。夏目漱石の衝動も、不気味なほどであります。本当に、衝動を極めたら一種の呪いか不気味さに変化していくのが、どの人工物にも通ずるものでありまして、例えば、古墳もピラミッドも何かしら気持ち悪いのでありますが、最近の人は、ピラミッドが誰しも望まなくなった為か、それを作ることさえも拒み、やがて衝動のない高級マンションが乱立するようになったのであります。住み心地がよく、いかにも消費者目線で優しい構造となっているが、それは最初からのピラミッドと既に大きな隔たりができてしまったのであります。しかし、高級マンションは売れて、ピラミッドは文化でしかないのであります。そこを区別するのは重要であります。ピラミッドも高級マンションも優劣はなく、鑑賞目的が違うのであります。高級マンションが作れる人は私、到底敵わないのでありまして、ピラミッドに集中すると宣言とも冀望とも重く感じますが、心掛けとかそういうのに近いのであります。天行健やかでありますように、と易経という不気味な書物みたく願ってみたのであります。

© 2026 腥田をにゆり ( 2026年6月9日公開

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