マッチングアプリ日誌10

おしゃれなコケシ

エセー

2,434文字

コケシが45歳でマッチングアプリ彼氏を作るまでの記録
―男の自撮りはなぜキモいのか―

見知らぬ出張男との予感めいたものを胸に秘めたコケシは、心が潤いで満たされるのを感じていた。今夜のディナーに付き合ってくれるやさしい女性が、出張男に現れますように。そんな気持ちにすらなっていたコケシに、出張男からの返信が来た。

 

今日は無理なんですね。残念です。

今、堺筋本町の○○ホテルにチェックインしてコンビニで晩飯を買ってきました!

 

「コンビニ?! 」コケシは混乱した。出張男は、一人でご飯を食べるのがつらいから一緒に、と言っていなかったか?

コケシの常識では晩ご飯に同伴者が欲しい=まあまあいいお店に行く、なのだ。なぜなら居酒屋やファミレスならば一人で入るのになんら問題がないからである。言うまでもなく松屋や吉野家、なか卯など腹を満たせる一人飯などいくらでもある。だからこそ、食の町・大阪に来たからには一人で行きにくいような店に女性を同伴したい、そんな食道楽の男像を描いていたのだ。それがコンビニ飯だと。しかも誘導するかのように駅名とホテル名まで明記されている。こいつは最初からそのつもりだったのだろうか。ご飯行けますよ、と返信したらホテルで部屋飲みしましょう、と誘う気だったのだろうか。「性のウーバーイーツちゃうねん」5分前の幸せな気持ちから一転、腹立たしさでいっぱいになるコケシ。しかし最初のメールで具体的な店名を出されたわけでもなく、食道楽の素敵な男はコケシが勝手に作り出した妄想である。出張男とコケシは生きている世界線が元々違ったのだ。

コケシとて、ホテルでコンビニ飯が絶対嫌なわけではない。仲良くなって関係性が出来ていればそれも楽しいだろう。好きな男となら何でもどこでも楽しいのだ。だが知らない男とホテルでコンビニ飯は絶対にありえない。こちらにデメリットしかない、というか部屋に入った時点でセックスしかないではないか。出張男がホテル名を伝えてきたのは、コケシが今夜誰でもいいからセックスしたくて部屋に来る、小さな可能性に賭けてのことであろう。やさしく返信したら、これだ。図々しいこと山のごとしである。

お金を払わずに自分の都合のいい時だけセックスをしたいのであれば、普段から5人程度とメッセージをやり取りして関係性をキープし、今週大阪行くけど、どうかと打診して確保するべきだ。その労力を費やさず、今日セックスしたいから今日無料で確保しようとしても土台、無理というもの。労力を使わないのであれば金を払って、しかるべきサービスを呼ぶべきである。欲しいものを得るには労力か金、なんらかの対価が発生するのだ。そんなことも理解しないで関係性ゼロの女を誘ってくるとは無礼な男だとコケシは思った。「ま、成功するまで頑張りたまえよ出張男くん」ブロックしようかと思ったが、アプリPはブロックすると「お相手は退会されました」と表示されるシステムになっているため今のタイミングでブロックするとブロックしたと分かってしまう。気分を害したと知られることすら嫌だったため、何もせず放置することにした。しょうもないことは全て心の笹舟行きである。

コケシは今のところ誰とも会えていない。うまくご飯に行く約束を取り付けてくれれば、会う気満々でいるコケシなのに、誰とも約束できていなかった。自撮り写真陣を避けた結果、マッチングしているほとんどは海や夕日など無機物写真プロフィール陣ばかりである。誰が誰なのか分からない。しかしそれも致し方なし、男性の自撮りはどれもこれも不気味に見えた。これは男性嫌悪ではなく、そもそも自撮り写真は難易度が高いものなのだ。Instagramなどネットで見かける可愛い自撮り、それは何気なく撮られているようでいて高い技術が駆使されている。数あるカメラアプリから選択し、背景や光量に気を使い、何度も撮り直してからの修正や加工。コケシとて太陽光や商業施設の明るい照明の下、友達に撮ってもらった写真ならばそれなりに魅力的な表情で写れるが、自宅で正面から自撮りした写真は見られたものではない。表情が乏しくて不気味だし、顔の不具合な箇所が強調されるのである。化粧という修正手段を持つ女性でもそうなのだから、化粧しないのがデフォルトの男性ならば不具合な写真になるのは当然だ。そんな不気味な自撮りをプロフィール写真にしている男性陣をコケシは信用できなかった。外見云々ではなく客観性がない気がするのだ。客観性のない人間は、自分に釣り合わない多大な欲求をぶつけてきそうである。かと言って1通目のチョイワルのように、バリバリに他者を意識したアーティスト写真みたいなプロフィール写真の人間も遠慮したい。「なかなか難しいもんでんな」

そんな中で唯一、コケシが好感を持ったプロフィール写真の男がいた。46歳男性。ジャケットは着ていないが仕事中と分かるようなオフィスカジュアルで、見たことのない地方のゆるキャラと一緒に写っている。「どこのゆるキャラやねん」背景はどこかのオフィス室内だった。「どういうシチュエーションやねん」男はIDカードを首にぶら下げながらゆるキャラと一緒にファイティングポーズをとっていた。「仕事中に何をはしゃいどんねん」突っ込みどころ満載だった。しかし、ゆるキャラと一緒のプロフィール写真は見たことがなかったし、仕事中のひとコマを顔を隠さずに出しているということはマッチングアプリをしていることを知られてもいいのだと判断できた。その、人から見られている意識が低くもなく高くもない、いい具合なところが気に入った。

その他で今マッチングリストに残っているのは「トンカツ」「薪の断面」「きれいな海」「コーヒーカップに入ったカプチーノ」など無機物陣である。「トンカツ」と「きれいな海」、「カプチーノ」はまだ分かるとして、「薪の断面」は何を思って選んだのだろうか。無機物とは会いたい要素が何もないが、とりあえずメッセージはしてみる。

つづく

 

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2022年8月28日公開

© 2022 おしゃれなコケシ

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