マッチングアプリ日誌12

おしゃれなコケシ

エセー

1,670文字

コケシが45歳でマッチングアプリ彼氏を作るまでの記録
―お寿司をおごられる―

「プロフィール見ました。今月は〇日と〇日の平日ランチが可能です。土曜日なら〇日と〇日の夜が空いています。お返事お待ちしています」

 

突然やってきたカプチーノからのメッセージは、単刀直入だった。「これや! これを待っていたんや! 」ビジネスミーティング(MTG)の日程調整かのようなシンプルさ。候補日として提示されていたのは、コケシがプロフィールに記載していた希望の曜日と時間に合わせたアポイントメント。文章量の少なさに対して情報量の占める割合の大きさに、コケシは感動していた。最初からこれでいいのだ。天気や仕事のことをグダグダと書く意味などやはりなかった。「会ったろうやないか」カプチーノのプロフィール写真は六枚程度あるが、ほとんどが風景や食べ物で本人が写っているのは一枚だけだった。しかも遠景のショットでマスク姿なので顔は全く分からない。かろうじて男性であることは確認できる。「男……やな、男やし、まあええやろ」コケシはもはや、男性に見える女性でも別に良かった。マッチングアプリでアポイントメントを取り、知らない男と会う。とにかく、それを達成するのだ。

日程ご提案男とのアポイントメント・デートは、平日昼間の寿司ランチとなった。約束の日までのメッセージのやり取りも、場所と時間と店を決めるだけの、簡潔なものであった。パーソナルな情報を聞いてきたり、初対面のドキドキを高めるような表現もなかった。こんなにビジネスライクにデートの日取りを決めるなんて、効率性を重んじるロボットのような男なのだろうか。コケシは次第に、日程ご提案男が気になってくるのだった。

果たして、待ち合わせ場所に少し遅れてやってきた日程ご提案男は、特に変なところもない普通の男だった。「すみません、電車の乗り換えに遅れてしまって」そう言う日程ご提案男は変な服を着ているわけでもなく、顔も普通、体型も巨体だったりせず普通の中年男性(43歳)だった。「案外、普通やな」メッセージが簡潔であったことを問うたところ「詳しい話は、会ってからすればいいと思って」と答えるのだった。「めちゃくちゃ普通やな」経歴も普通だった。離婚歴あり、妻の元で育つ子ども一人あり。仕事は安定しており有給休暇取得を会社から推奨されているので、平日である本日は休みをとった。離婚して妻と距離を置くことで、感情が高ぶる喧嘩などもせず円満に養育費を払っている。出会いがないのでマッチングアプリに登録し、今までに四人ほど会ったことがある。「何も問題がない。普通や」コケシはおごられ寿司ランチを食べながら混乱していた。変な奴が来たらどうしようという不安も多少あったが、日程ご提案男はごくごく普通で何も申し分がない。会話も普通に楽しめている。だが、寿司を食べている途中でもうすでに「次はないな」とコケシは考えているのだった。普通は、何も面白くないのだ。ただ一つ、面白かったことと言えば寿司屋に入った瞬間、壁に「黙食」と書いた張り紙が貼っていたことだった。「初対面やのに、黙食じゃあかんやん」コケシは笑いをこらえきれず、張り紙を日程ご提案男に指し示すと、日程ご提案男は「あっ」と恥じらうような顔をしたのだった。「恥じらってるやん」これが本日のハイライトであった。寿司の後はコーヒーを飲み、15時には別れて帰ってからメッセージのやり取りをした。おごられているのでお礼は伝えるのだ、コケシは。日程ご提案男からは「また行きましょう」という挨拶が来ていたが、コケシはそれには返信しなかった。行くつもりがなかったからだ。コケシは気づいていた。こんなに普通に穏やかに付き合えそうな男に全く魅力を感じないのは、きっと自分が普通ではないのだろう、と。自分に必要なのはマッチングアプリではなく、カウンセリングなのかもしれないと。気づいていながらコケシは自分を止められなかった。普通では満足感が得られないコケシは刺激を求め、いよいよマッチングアプリの危険地帯、自称熟女好きのヤリモク男に突入していくのだった。

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2022年10月9日公開

© 2022 おしゃれなコケシ

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