マッチングアプリ日誌11

おしゃれなコケシ

エセー

2,389文字

コケシが45歳でマッチングアプリ彼氏を作るまでの記録
―なかなか男と会えないコケシ―

そもそもコケシは、男の容姿にあまりこだわりがなかった。太っているやら頭髪が乏しいやら背が低いやら一般的に回避されるような特徴も、それを上回る魅力があれば問題ではないと考えていた。見た目の云々よりも、虚栄心や支配欲が強い性格の持ち主の方がよっぽど嫌だ。背が低い男は恋愛対象にならない、と発言して袋叩きにあった女性プロゲーマーがいたが、背丈なぞ先天的な特徴であり本人の努力とは全く関係がない。努力もせずに手に入ったスペックを優先して男の選択肢を狭めるなんてつまらない話だ。だが何に性的魅力を感じるかは本人の自由。表現方法が稚拙だったとは言え、自分の好みを発表しただけで仕事の機会を奪われるなんて本当にかわいそうだとコケシは思っていた。「女には平気でランキング付けまくってるくせになあ」女性に対する処罰感情が強い日本社会である。ポリコレ棒などと揶揄する用語があるが、チンコ棒を振り回しているのは都合よく透明化されているようだ。

ともあれコケシは社会に何かを働きかけようなどとは露ほども思っておらず、自分が恋愛感情の中心となって蜜の気分を味わうことしか考えていない快楽追及者だった。人生は短い。44歳は明治大正時代ならもう死んでいる年齢である。「うっかりしてたらおばあちゃんになってしまうわ」そんなコケシなので、顔が分からない物体プロフィールな男たちでも、誘ってくれればとりあえず会ってみるつもりだった。マッチングリストにいる「トンカツ」「薪の断面」「きれいな海」「コーヒーカップに入ったカプチーノ」の内、まずはトンカツから攻める。以下のメッセージ内容は、時間の経過を省略する。

 

「こんにちは(音符マーク)トンカツさん」と突っ込むコケシ。
「こんにちは。その呼び方はちょっと……」自分がトンカツアイコンにしているくせに、嫌がるトンカツ。
「おいしそうなトンカツですね!」気にせず話を進めるコケシ。
「そうなんですよ。肉が分厚くておいしいんですよ」
「ほんとだ! 分厚いですね。地元の、知る人ぞ知る店ですか」コケシはトンカツが全く好きではないが、ここは話を合わせておく。
「地元じゃないんですが、八尾で有名な店みたいですよ(音符マーク)」
「ほんとにおいしそうですね」

トンカツでいい流れが作れたのではないか。ここまで来ればあとは「一緒に食べに行きませんか」が来るだろうとコケシは思った。コケシはトンカツが好きではないし、トンカツさんのことも全く知らない。彼は今のところ、トンカツというただの記号だ。だが誘いやすいように、ここまでパスを出した。ゴールを決めてくれるはずだ。

しかしトンカツからボールは来なかった。「え、こっちが誘わなあかんの?トンカツしか情報ないのに?ないわ~」コケシは次に移った。

次は「薪の断面」。
「こんにちは(音符マーク)木の断面ですね~。何かこだわりがあるんですか」
「いや、特に意味はないです」ないんかい! わざわざ薪にしているのだからワンエピソード作っておいてくれよ、と思ったコケシがなぜ「薪の断面」とマッチングしたかと言うと、薪の会社の所在地がコケシの通勤経路だったからだ。向こうからイイネが来た、そして会いやすそうな場所で働いていた、それ以外には特に理由はなかった。今の時点では彼はただの物体、薪の断面だ。会っても会わなくてもどちらでもいいのだが、マッチングアプリに登録してマッチングしたのである。お互い、誰かと男女関係を結ぶ準備がある者同士ならば、とりあえず会って考えればいいのではないか。だが、薪はなかなか会おうと言わなかった。コケシと薪は数日間をかけて、お互いの従事している仕事の職種や、残業時間の有無、勤務年数、支社や店舗展開の数を教え合った。おそらくこれが少しずつ親交を深めていくということなのだろう。だがコケシは何も楽しくなかった。顔も知らない人間と生活状況を教え合う、それに何の意味があるのだろうか。マッチングアプリでは、皆こんなことをしているのだろうか。コケシは薪に特別な関心を持てず自分からは誘いたくなかったが、なんとかして相手からの誘いを引き出すことに躍起になっていた。しかし薪は「今日も朝から雨で嫌ですね(汗マーク)」などと情報価値ゼロのメッセージを送ってくるばかり。もはや「無のやり取りを続けたい薪 vs 会おうを引き出したいコケシ」の水面下での争いとなっていた。コケシ選手は勝負をかけることにした。以下の三点をメッセージに入れ込んだのだ。

 

1、あなたと私は通勤経路が同じである

2、私は知らない人と会うのに抵抗がありません

3、私はメッセージのやり取りが苦手です

 

この三段階で外堀りを埋めた。ここまで言えば「一度、駅の近くで待ち合わせしませんか」が出るはずだ。しかし、薪から返ってきたのは「LINE交換しませんか」だった。「は? 個人連絡先で無のやり取りを続けさせられるわけ? 」コケシは開いた口が塞がらなかった。「アプリ内でご飯行く約束するのはいいんですけど、メッセージのやり取りに意味を感じないんですよね」と半ばブチ切れ気味に伝えるコケシに、「そうですか……もうアプリやめようと思ってるので聞きました」と言ってくる薪。「勝手にやめたらいいやないか」もうやっていられない、と放置していると夜に「もう家に帰ってますか? 」という無の確認が届いたのだった。知らん女の帰宅を確認して、何をどうするのか。会うつもりはないがメッセージで女のぬくもりは感じていたいということなのか。コケシには理解できなかった。そんな他人の感情に一対一で付き合わされるのは全く持って御免こうむりたい。もうマッチングアプリやめようか、そう思っていたときに「カプチーノ」からメッセージが届いた。それは、まさに渡りに船の内容だった。

つづく

 

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2022年9月6日公開

© 2022 おしゃれなコケシ

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