なんでもない話2「チーズケーキ事件」

おしゃれなコケシ

エセー

4,160文字

先月、私の誕生日に起こったケーキに関する事件です

彼氏にがっかりすることが度々ある。誕生日にもがっかりする出来事があった。それがチーズケーキ事件である。

誕生日のプレゼントは何がいいかと、彼氏は私に聞いてくれた。「自分が選んで贈っても良いが、欲しいものじゃなければ無駄になるので、一緒に買いにいって選ぼう」と言ってくれたのだ。それは、とてもうれしかった。うれしすぎて平静を装うのに労力を要したくらいに、うれしかった。そして実際にお店に行って、高い服を買ってくれた。バイクの免許を取りに行っている私のための、バイク用の服だ。バイク用の服は、高い。転倒した時のために肩や肘にプロテクターが入っているし、風を通したり防水だったり、擦っても肌を守るような生地で出来ているので、ただのパーカーでもデパートで買うワンピース以上のお値段がしてしまう。そんな高い服を私に買ってくれたので、毎日がんばって働いているお給料で買ってくれたので、とてもうれしかった。この買い物がうれしかったのは、私にお金を使うことが将来に渡って無駄にはならない、近い将来に別れるつもりはないからという気持ちの表明だと感じたからだ。

ただ問題は次の週に起こった。誕生日のプレゼントのリクエストを聞かれた際、私はとにかくケーキを一緒に食べたいと、いの一番に答えた。ケーキにろうそくを立てて吹き消したりして、密室の親密感を味わいたかったのである。ただ、服を買いに行く日にケーキも食べるのは盛りだくさん過ぎるから、ケーキは次の週に家で食べようと彼が言った。だから私は二週間連続でお祝いだと喜んでいたのである。

かくして次の週末の午後、彼の家に向かった私は、最高の理想形で言えば、ドアを開けたらろうそくを差したケーキがあればいいなと夢想していた。ただ、そこまでのベタなことはしないと彼の行動歴から予想していたので、さすがにそれはないと期待を押し殺してドアを開けた。やはりろうそくケーキはなかった。想定の範囲内である。少し対話した後におもむろに「後でケーキ買いに行くう?」と何気なく私から口火を切ると、「実は午前中に買いに行ってみたのだが、目星をつけていたケーキ屋が廃業していたのだ」と彼は言った。おそらくグーグルマップで近くのケーキ屋を検索したが、詳細までは確認しておらず、行ってみるとお店がなかったのであろう。少しがっかりしたがドンマイ、買いに行ってくれただけでありがとうやで、と思うことにした。彼も「昨夜のうちに買おうかとも思ったけど、生ものだし」と、準備不足であったことを正当化する言い訳、否、忘れていたわけではないことをアピールしてきたので、この時点では一緒に買いに行くことに不満を感じてはいなかった。

その後、彼の自家用車で一緒に出かけた我々が目的地を後にしようとすると、たまたま隣の店がチーズケーキ屋であることに彼が気づいた。「ちょうどよくケーキ屋がある。入ってみよう」と彼が言う。私は、チーズケーキ専門店と書かれたのぼりが立っているのを見て嫌な予感がしたのだが、彼が「普通のケーキもありそうだし」と言うので、拒否する理由もなく、先ほどまでいたお店の駐車場から、すぐ隣のチーズケーキ専門店に駐車し直し、チーズケーキ専門店に入ってみた。しかし、そこは紛れもなくチーズケーキ専門店で、ホールケーキを六等分した形のものは一つもなく、細長いスティック状の様々な味のチーズケーキが並んでいた。「あ、これはちゃう」と私は思った。スティック型以外に、小さ目のホールのレアチーズケーキでブルーベリーソースがかかったものもあったのだが、二人でホールは大きいし誕生日ケーキはレアチーズケーキではないと思った。誕生日ケーキは、生クリームのもの。生クリームのものに、ろうそくが差さったもの。そのため私は「ここは違う」と彼に言い、お店の人にも「スティック型のチーズケーキしかないのは想定外だったので、すみません」と伝えて店を出た。この時点で、私の誕生日ケーキ像が彼に伝わっていなかったため、お互いに違和感を抱いていたと思う。ギクシャクした空気の始まりだ。

次に、帰途の道すがらにケーキ屋があるとスマホで調べた彼が言うので、向かう。初めて行くお店なので駐車場があるかは不明。とりあえずお店の前の道路に停車し、彼は運転席に座ったまま、私がお店に行って駐車場の有無を聞くことに。妙にくそおしゃれなオーガニック感を出していた、そのケーキ屋のスタッフさんに聞くと、駐車場はなく近くのコインパーキングを利用するようにと丁寧に教えてくれたが、それ以前に今日はケーキが売り切れていますと伝えられる。コインパーキングのくだりは無意味であった。

車に戻って彼にケーキが売り切れの旨を伝えるが、彼は車を大切にしているので、乗り降りにドアを開け閉めするのに私は大変に気を使う。街路樹の茂みにドアが当たると彼は嫌そうな反応を見せるのだ。葉っぱに敏感。ケーキに翻弄され、二人とも疲労を感じ始める。私においては「私の誕生日をお祝いするケーキなのに、私がケーキありますかって聞くのか…」という気持ちも30%程度ある。しかし大人なのでケーキ屋を探すという行為に集中し、それを済ませれば解決するはずだと表面上には感情を出さないようにする。

彼は運転してくれているので、次は私がグーグルマップでケーキ屋を探し、ナビゲーションする。近そうなケーキ屋を案内したが、曲がろうとした所が一方通行で曲がれず、大変遠回りすることになる。彼の車はハイオクガソリン車で、ガソリンの減りを気にしているためスムーズにいかない運転に彼はイライラしている。しかもどんなに探しても、それらしきお店はなく、マップ上では駅の近くに表示されているお店だが、どうやら駅構内になるようだと、駅の周りをグルグルした後に判明してしまう。確かにこれは私のミスだから謝った。しかし40%くらいは思っている、「私の誕生日をお祝いするケーキなのに?」。

そして駅付近から抜け出したあたりで彼が言った。「あーあ、やっぱり、さっきのチーズケーキ屋で買っておけば良かったのに」。私の理想の誕生日ケーキ像が砕け散った瞬間であった。私のためのケーキなんだから、私が違うと言ったらチーズケーキは違うのに、何でもいいから買えばいいとは、なんぞ。そもそも、事前に段取りしておいてくれていれば、こうはならなかったのに。そう口に出してしまえば涙がこぼれそうだった。代わりに私はこう言った。「もういいよ、スーパーでいいから。スーパーでケーキ買って帰ろう」本当に悲しい気持ちになってしまったから、私はそこから黙った。なぜ、わざわざ時間と交通費をかけて会いに来て、悲しい気持ちにならなければいけないのだろうか。彼に会わなければ、プラスもないがマイナスもなかったのに。この時間は、彼は、私にとって本当に必要なのだろうか。そんなことを考えて私が黙ってしまうと、車内は重苦しい空気に包まれた。

もはや私は楽しい会話の雰囲気を、提供する気にはなれなかった。誕生日ケーキだから私がもてなされるべき立場なのに、なぜこんなに気を使わないといけないのだろうか。私と彼の会話の割合は、偏りはあまりなく半分ずつくらいだが、あれこれ聞いて話を引き出したりするのは圧倒的に私が多いのだ。あなたに興味を持っているよという私の態度があってこそ、彼は気兼ねなく話が出来るのである。しかしそれは、ごく自然な流れで行っていることなので普段は意識されていない。私がいったんむっつりと黙ってしまえば楽しい時間は終幕を迎えるのである。

私の態度に冷たさを感じているものの、どのように回復したらいいのか分からない様子の彼に、しょうがないので自分で機嫌を取り直した私は、イオンに不二家があったことを思い出して不二家でケーキを買おうと提案し、無事に生クリームのケーキを買ってもらい、丸く収めた。ろうそくはなかった。たらい回しの最後の不二家で、ろうそくも買って欲しいは蛇足のような気がしたので、あきらめたのだ。

なんとか無事にケーキを仲良く食べる行為は終えたものの、「チーズケーキ屋で買っておけば良かったのに」発言は、私の心に棘を残した。ケーキを買う目的は私を喜ばせることのはずなのに、やらなければいけないタスクになってしまっているのが悲しかったのだ。さらに私に言っちゃう無神経さが嫌だった。

そして私は、自分が彼氏に何を求めるのか、という根本を見つめ直してみた。相手が自分にこういうことをしてくれたらいいのに、という願望はある。だが他人の行動をコントロールすることは出来ない。友達や仕事相手なら、こうしてくれたらいいのにと思っても、その通りにならないことは当然だと受け止めている。だが、彼氏となると自分の希望を必ず叶えて欲しいと思うのだ。それは、他人だけど他人ではなく、自分を理解してくれている実感を持ちたい、同一化を求めているということだ。期待があるからこそ、思ったような態度をとってくれなければ失望してしまう。これは彼氏にとっては理不尽なことで、私が考えていることを言葉なく理解して実行するのは不可能なのである。しかしどうだろうか、仮に彼がケーキをあらかじめ買っておいてくれれば、チーズケーキ事件は起こらなかったのである。私のために段取りをしておいてくれる、その努力こそが私の求めていたものではなかったか。

結論として彼氏に対して私はがっかりし、不満を感じている。この時、対話してお互いに理解を深めることが重要、というのが一般的なセオリーではないかと思う。しかし私はもう結婚して出産して子育てして離婚して人生の第一段階が終わり、早ければあと10年くらいで死ぬかもしれないと思っているので、彼氏のためにイライラする時間はもったいないと思ってしまうのだ。不満を感じて相手に変わって欲しいと望むくらいなら、手放して一人で好きなことをしている方が良い。そう思って実際のところ、本日の朝11:19に彼氏じゃなくて友達の方がいいんじゃないかなというLINEをしたのだが、今夜22:20時点で、既読が付かないのである。大事な瀬戸際で私のメッセージを放置していることに、私はイライラしている。だからやっぱり彼氏はいらんという結論。

2023年8月13日公開

© 2023 おしゃれなコケシ

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