不都合な真実、それも無名で卓抜な表現をするあなたにとってだけ

メタメタな時代の曖昧な私の文学(第14話)

高橋文樹

エセー

4,954文字

私はこれまで、繰り返しWebの仕組みについて述べてきた。だが、あなたが真面目に文芸活動を行っているとするならば、私はおそらく絶望的なビジョンを提示することになるだろう。と同時に、これは福音でもある。あなたがただ単に文学によって名を馳せたいとか、イケていたいという類のサブカルクソ野郎である場合において。

去年の暮れに破滅派はランキング機能を実装した。これまでの破滅派において、もっともPV(ページビュー=そのページが何回見られたのかを示す数値)を集計したものである。この結果は、おそらく破滅派を熱心に読んでいた読者にとって、意外なものだったのではないだろうか。

まず、栄えある第1位は『宇治の橋姫(抄)』である。なぜか? それは、以前破滅派で出したiPhoneアプリの宣伝としてApp Storeにリンクを貼ったからである。抄録である以上、作品のすべてを読むことはできないのだが、それでもこの作品が1位になった。App Storeという世界的に膨大なトラフィックがある場所にあったリンクを踏む人が多かった、という単純な事実の帰結である。1位は2位に対して6倍近いPVを誇っている。

そして2位。『あたしとちんこ』である。なぜか? おそらく、作者である昼野陽平氏もなぜこれが2位になったのか、不思議だろう。理由は簡単だ。この作品には「処女」「ちんこ」といった言葉が出てくるからである。あなた方がまともな生活を送る人であれば、まさかGoogleで「ちんこ 小説」や「脱糞 小説」というキーワードで検索をかけたことはないだろう。ましてや、「んああああっいやああああっっっ 見ないで、お願いぃぃぃっっっ」という言葉で検索をかける人間がこの世に存在するなど考えたこともないだろう。だが、そういう人はいるのだ。信じがたいことに。そして、検索エンジンを介して破滅派にたどり着くのだ。それらの人々がはたして満足して去って行ったのかどうか、とても気にかかる。

三位以下には『尿道★ワンコロ』や『便秘男』といったお下劣ワード小説に加え、『「葉桜と魔笛」論』やアポリネールの翻訳外山恒一氏へのインタビューなどが散見される。勘のいいあなたはお気づきだろう。これらはある一定の検索ボリュームを持っているのだ。あるものはエロがゆえに。あるものが有名であるがゆえに。

いったんまとめよう。破滅派の歴代ランキングを出したことによって、以下の事実がわかった。

  • App Storeからリンクを貼られた作品が1位である。
  • 「ちんこ」や「処女」といった卑猥な言葉を含む小説が検索流入を招き、高い順位である。
  • 有名人について言及したものは高い順位である。

あなたはこの事実に対して、破滅派の運営者である私がどんな顔をしていると思うだろうか? どんな顔もしていない。いたって真面目な顔だ。

なお、『あたしとちんこ』によって破滅派はGoogle Adsenseの規約に抵触して垢バンされ、広告収入以外の収益源を模索しはじめたことも追記しておく。これは下品な言葉を作中で使わないでほしいということではなく、好きな言葉で表現するために広告収入を諦めたという積極的な選択である。

私はこの結果がインターネットが持つ2つの本質を反映していると思う。2つの本質とは、「差異よりも反復」であり、「富の再分配(ただし金持ちに限る)」だ。

差異よりも反復

まず、検索エンジンの評価方法について私はこれまで何度か述べてきたが、繰り返しにはある一定の効果があるという事例を示そう。

私の知人にはコワーキングスペースの経営者がいるのだが、彼は繰り返し「コワーキングスペースで検索すると1位になる」と言っている。実際に関東近辺で検索を行うと、1位になるようだ。大阪で試したときは1位ではなかったので、現在のGoogleは地理情報を検索結果のランキングに加味しているのだろう。

その彼はもともとアフィリエイト、つまり検索エンジン最適化を行ったサイトから得る広告収入で事業を行ったため、ある意味で「SEOのプロ」である。そんな彼が自分の事業について書いた記事がこちらだ。

そこで、今回は、コワーキングスペースの運営を2年間、実際に自分で取り組んで、実際の自分の経験を踏まえて、コワーキングスペースの入退出管理方法や、コワーキングスペースでアルバイトスタッフを雇う時に考えること色々を、書いてみたいと思います。コワーキングスペースの運営を2年間やってみて、コワーキングスペースの入退出管理方法や、コワーキングスペースでアルバイトスタッフを雇う時に考えること色々。

どうだろう。この文章が16,000文字も続くのだ。その間、彼は一度も「コワーキングスペース」という言葉を略さない。「お店」とか、「あそこ」といった表現を絶対に使わないのだ。

タイトルにもまた注目してほしい。このタイトルには3回も「コワーキングスペース」という言葉が出てくる。タイトルは別のサイトからリンクをされるときによく使われる文字列であるため、Googleから評価の対象になる。「コワーキングスペースとリンクされているのだから、コワーキングスペースに関係があるのだろう」と判断されるわけだ。もしかしたら、Googleの検索結果がスニペット(文字列のすべてではなく関連のありそうな部分を取り出すこと)を利用した場合に「コワーキングスペース」という言葉が落ちないようにしているのかもしれない。

いずれにせよ、表現としては異様なほど冗長なのだが、彼にはアフィリエイトで財をなしたという実績がある。そういう意味で、この文章は「いい文章」ということになるだろう。

インターネットの検索世界において、反復には力がある。これは同じ語を繰り返し使う行為に価値があるという意味でもあるし、他者の言葉をそっくりなぞることに価値があるという意味でもある。

コワーキングスペースという言葉それ自体は、ここ数年のノマドブームを受けて生まれた時間貸しオフィスのようなものを意味する。もしあなたが経営者だったとして、「仕事だけではなく、生活全般で役立ててほしい」と思ったとしよう。その結果、「コリビングスペース」という名前をつけてしまったとする。それはよくない結果だ。検索エンジンで近くのコワーキングスペースを探している人は、あなたのサイトを知ることはないだろう。

これは紋切り型の表現クリシェが文学の世界で批判対象になるのとは真逆の結果である。私は大学時代、友人たちと「性器のよりよい表現はペニスという村上春樹的な言葉以外にないのか」という議論をしたことがある。たとえば生田耕作は「へのこ」と訳していたし、大江健三郎は「セクス」と書いて渡辺一夫にからかわれた。なにがしかのユーモラスな雰囲気を伴わず、クソ真面目に性器を表現する言葉はないだろうか、と熱い言葉を交わし合ったのだ。結局のところ、若かった私が支払った差異化への努力は、検索エンジン対策としては「よくない努力」となる。

すでに呼び名が知れ渡っているものに関して、聞いたこともない、卓抜な表現をしてはならない。なんのためらいもなく、「ちんこ」や「ちんちん」と書かなければならない。まちがっても、女陰ほとなどと気取ったルビを振るべきではない。公明正大に「まんこ」と書くべきだ。すくなくとも、検索エンジン対策としては。

富の再分配(ただし金持ちに限る)

インターネットはもともと軍事システムとして発展した。したがって、どこか一つの拠点が破壊されたとしても、別の接点がネットワークの代わりを果たす。視覚化すれば、巨大な蜘蛛の巣ウェッブのようになるだろう。インターネットを利用したWorld Wide Web(いまあなたがこの文章を読んでいる空間)がまさに蜘蛛の巣と呼ばれるように。

もし仮にインターネットが完全な蜘蛛の巣なのであれば、情報は隅々まで行きわたり、あらゆる価値がフラットになるはずだ。だが、どうもそうなっていない。たとえば、検索エンジン。そこで我々は知りたい事柄について、おそらく関係しているだろう言葉を入れる。「ちんこ 小説」と入れたのならば、「ちんこ」が出てくる小説を読みたいのだろう。「ちんこ 小説 あり」と入れたのならば、小説表現として「ちんこ」がありかなしかを知りたいのかもしれない。「ちんこ 小説 最初」と入れたのならば、はじめて「ちんこ」という表現を使った小説を知りたいのかもしれない。いずれにせよ、検索という行為は得体の知れないものに出会うための行為ではなく、自分が知りたいと思っているものに出会うための手助けであり、いってみれば欲望の実現装置である。

Googleはその検索エンジンのアルゴリズムを改良し続けており、詳細を明らかにすることはないが、大方針を掲げてはいる。その一つに「信頼できる人によるコンテンツを評価する」という方針がある。どのようにして信頼があるかどうか判断するのかまではわからないが、たとえば、ある地域の夏祭りで集団食中毒が起きた場合、ワイドショーだけ見て書いた記事よりも、公衆衛生の研究者が書いた記事の方が検索結果で上位に来るというわけだ。こうしたアルゴリズムの変更はたしかに便利である。「夏祭り食中毒事件の真相を知りたい」という人の欲望を実現してくれるだろう。その結果、どこの馬の骨ともしれないあなたが書いた地域の夏祭りについての秀逸なエセーは読まれないだろう。

twitterやFacebookなどのSNSでも、けっきょくのところ有名人にたくさんのフォロワーがつき、強い影響力を持つ補助道具として働いている。私たちは得体の知れない、海のものとも山のものともつかない人をフォローしない。もちろん、あえてわけのわからぬ者たちと触れ合うことに喜びを見出す人もいるかもしれないが、総体として見ると、そうなっていない。やんごとなき人に近づきたいだけだ(隠すなよ、誰も笑わない)。インターネットは、我々をフラットな空間にではなく、19世紀の社交界のような場所に連れ戻したのだ。

インターネットは私たちをフラットで無価値な、魂だけのような存在にしてくれる汚れなき場所エーテルのはずだった。そこではすべてがオープンで、自由で、伽藍よりもバザールが栄えるはずだった。それは間違っていない。可能性としてはまったくその通りだ。結果としていま起きているのは、オープンな場所での有名人はクローズドな場所でも有名人だったことが多いし、バザールの中には伽藍のように大きな商店と露天商が混在している、そういった当たり前の事実の帰結である。多くの人はコスモポリタンにはなれなかった。いや、より正確に言うと、人々はある部分で以前よりもずっと自由になったが、それよりもずっと多くの部分で偏狭になったのではないだろうか。

 

さて、私はなにも嘆いているわけではない。破滅派の歴代ランキングがもたらした結果が、あなたや私のように、さして有名でもなく真面目にテキストを紡いでいこうとしている人間にとって不都合な真実を反映しているということを伝えたかっただけだ。

私やあなたがこのまま今まで通りがんばっていたからといって、いつか報われるということはない。私やあなたはこうしたインターネットをハックしていくしかないのだ。どのようにハックするか? それが問題だ。

この文章を読んで、明日から「ちんこ」と臆面もなく書く必要はないし、Facebookでフレンド申請を送りまくる必要もない。やりようは幾つかあるのだ。たとえば、簡単な例で言えば、物量を変えること。あなたがもし、インターネット上に発表するテキストの総量が少ないのだとしたら、それは増やした方がいい。露出機会は正義だ。それに、まだほとんど書かれていないものについて書くのもよいだろう。たとえば、南米ニカラグアに存在する伝説の怪獣ゴゴラスホについての秀逸な短編など。いつか、ゴゴラスホについての注目が高まったとすれば、あなたは先行者利得を得るだろう。もっとも、「ゴゴラスホ」はいま私が考えた言葉なので、その日はこないと思うが。

いずれにせよ、物量や速度、希少性などといった計量可能な要素に注力するのは悪くないアイデアだ。いままでもよりたくさん書くこと、はやく書くこと、マイナーなネタについて書くことはそれほど苦しいことではない。少なくとも、文体スタイルを変えて書くよりは楽だろう。それは私やあなたにとっての魂なのだから。

2015年3月11日公開

作品集『メタメタな時代の曖昧な私の文学』第14話 (全21話)

© 2015 高橋文樹

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