堕落した詩とテキストの民主主義

メタメタな時代の曖昧な私の文学(第11話)

高橋文樹

エセー

5,016文字

詩の発展の歴史は堕落の歴史である——と言ったら、あなたは怒るだろうか。だが、そうなのだ。貴族の娘がコルセットを脱ぎ去って一枚のワンピースで駆け出すことが堕落であるのと同じ意味において。

あらゆる生命は受精卵の段階から出生へと至る間に、遺伝子に刻まれた進化の過程を高速で辿るという。それが本当かどうか知らないが、確かに一つの個体がその種に起こった出来事をすべて辿り尽くしてなおかつ発展するという事例を私は知らないわけではない。少なくとも、詩人という種における個体例として、アルチュール・ランボーを挙げることができる。

ランボーはその短い生涯において、フランスの詩の伝統をすべて破壊し、なおかつ新しいものを作った。フランスの伝統的な詩の形式のあれこれで優れた詩を残し、そのキャリアの集大成を自由詩で締めくくった。そして、わずか20歳そこらで詩を捨てて軍属となり、さらに軍隊から逃げてアフリカで武器商人となった。私も齢35を数える頃となり、そろそろ「芥川ももうすぐ死ぬんだな」などと考えて恥ずかしくなることがあるが、ことランボーに関しては、大学生の頃から私に焦りを抱かせる詩人だった。ほんとうに、驚くべき速度だ。誰かがランボーをして途轍もない歩行者と評していたような気がするが、まさにランボーは速度の人であった。また、フランスの事典『グラン・ロベール』で「天才」という単語を引くと「アルチュール・ランボーのこと」と書いてあるそうだが、その定義に相応しい詩人だったと言えよう。

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詩の歴史には一つの側面があり、それは形式の破壊である。詩はかつて様々な形式を持っていた。例えば和歌でいえば短歌や俳句、川柳といった辺りはなじみ深いだろう。だが、長歌、旋頭歌、仏足石歌体を一つポンと挙げろと言われて出せる人は少ないのではないか。さらに、一時期は日本人が詠む詩の一形式として一定の地位を誇っていただろう漢詩が、漢語を覚えないといけないという当時としては今よりもさらに高かったハードルゆえに日本文学史から早々に退場し、古典として参照されるのみとなった史実も見過ごせない。これはなにも日本に限った話ではないだろう。ソネット(フランス語)やバラッド(英語)といった形式の詩がいままでよりも多く詠まれているということはないはずだ。

これらの破壊には一つのルールがある。複雑な形式から早く破壊されるのだ。なぜサラリーマン短歌ではなく、サラリーマン川柳なのか? 季語がいらないからに決まっている。複雑な押韻のルールを持ち、一つの連が長ければ長いほど、その形式は早くに廃れる。より複雑な形式が簡単な形式を押しのけて大人気になったという事例は寡聞である。詩の歴史にはこうした下方圧力が常にかかっている。

とはいえ、疑問がなくもない。詩の歴史が形式の破壊であるならば、そもそも形式はどうやって生まれたのか?

形式は芸術の母である

誰も私にそんなことを頼んでこないのでいままで表明してこなかったが、もしも私が「若者が読むべき必読書」を10冊挙げなければならないとしたら、その1冊に入るだろう書物にウォルター・J・オング『声の文化と文字の文化』を挙げることができる。同書は文字中心の文化圏と音声中心の文化圏を比較しているのだが、これは「ニューヨークのビジネスマンとパプアニューギニアの首刈り族はこんなに違うよ!」という類いの単純な書物ではない。イギリスだかアメリカの農村部で単純なアンケートを行うと質問に答えてもらえない、それはなぜか——そういった深遠な問いを音声-言語といった観点から探求しているのである。

同書ではホメロス『オデュッセイア』についての身も蓋もない事実が明かされている。およそ文学史についてまじめに勉強した人ならば、「ホメロスなんてほんとはいなかったんじゃないの?」という説があることはご存知だろう。『オデュッセイア』の内容は口伝であり、そもそも誰かが書いたものではないからである。ギリシャの街中にいた吟遊詩人が道行く暇人に対してエンターテイメントとして提供したのだ。身近な本屋に行って岩波文庫の棚を眺めればわかるのだが——あなたの街の本屋にもう岩波文庫は置いていないかもしれないが——『オデュッセイア』を暗唱するというのは並大抵のことではない。となると、なにがしかの工夫が必要である。そのための秘訣についてオングは書いているわけだ。

『オデュッセイア』を読むとわかるのだが、叙事詩(その多くは古典である)では冗長な表現に出くわすことが多い。たとえば、「六人の兄弟の中で何番目のアキレス」とか、そういった表現である。ここで思わず「おまえの兄弟の数もういいから! 知ってるから!」と思ってしまうのは、あなたが文字の文化の人間だからだ。読まれるのではなく、詠まれる詩において音韻は非常に重要な要素である。オングによれば、詩を暗唱するためにはそれぞれの文節を覚えやすいフレーズに落とし込む必要があり、暗記のための工夫として定型表現が生まれたとある。

それに、詩を聞く側にとっても、耳にすっと入るリズムの方が意味よりも重要である。我々がJ-POPを聞くにあたり、AメロBメロAメロBメロAメロBメロCメロBメロという形式に慣れすぎたがゆえ、どうでもいい二番の歌詞を受け入れるのが良い例だ。また、『オデュッセイア』における定型表現にはブレがあるらしく、おそらくそれぞれの吟遊詩人が覚えやすいように微妙にカスタマイズしていたらしい。ここら辺はうろ覚えなので、詳しくは同書を参照してほしいのだが、要するに我々は形式のために意味を犠牲にすることがよくある。

和歌においても同種の現象は見られる。短歌における枕詞——「垂乳根の」と言えば「母」にかかる、といったアレ——である。枕詞は本来固有の意味を持っていたが、短歌が洗練されるごとに決まり文句となっていった。枕詞の教科書的説明では「後続の語を呼び出す前に使われるあんまり意味のない言葉」となっているが私のように邪推する人間はそうは思わない。短歌を詠む人間が便利だと思ったから使ったのであり、あまりにも使われすぎて意味がほとんどなくなった。私はこんな風に想像する。平安時代、七月暮れの歌合わせの前夜、なにがしか気の利いた歌を用意しなければならないが遊びほうけていた貴族の娘は「ヤベー明日の朝までになんか歌詠まないと!」と焦り、ふと頭に浮かんだ「空蝉の」という表現に着目する。「空蝉の、とかヤバくない? 季語入ってるし! あと四句で終わりじゃん!」 こうして、いつしか枕詞は意味を失った——より正確にはどうでもよくなった——のだ。

他にもう一つ例を挙げよう。シェイクスピアにおける情景描写である。いまでも数多くの劇団がシェイクスピア劇を上演していることと思うが、そのセリフの幾つかは舞台装置の貧弱さを補うために生み出された。映画『恋に落ちたシェイクスピア』はわりと時代考証がちゃんとしている方だと思うのだが、ルネサンス期のイギリスでの演劇において碌な舞台装置があるわけはない。暗黒城にぞ着きにけるとかさらでも凄き月の夜半にと言っても、舞台は暗転しないのである。というより、演劇を夜にやるのは危険なので、おそらく昼間に暗転しない舞台でこんなことを言っていたはずだ。そう、一々説明しないといけなかったのである。こうした実際的な必要性から修辞的な表現が生まれているのだ。

破壊すべき形式は言葉から生まれたのではなく、なんらかの要請から生まれた。詩が形式を生んだのではなく、形式があったから詩があったのだ。必要は発明の母なのである。

形式を人為的に作り出すと呪われる

では、この破壊の歴史に抗うため、形式を生み出していけばよい。多くの詩人がそう考えただろう。だがその試みの多くは上手くいっていない。新体詩やマチネ・ポエティクをいま誰が継続しているというのだ。マチネ・ポエティクに賛同した多くが詩を捨てて小説や評論に向かったのは歴史の必然だった。自由詩によって形式が徹底的に破壊されたあと、詩を読むことになんの意味があるのだ。

こうした形式復古の例として、やや唐突であるが、私は日本語ヒップホップを例に挙げたい。日本語ヒップホップのメインストリームでのピークはDragon Ash『Gratefull Days』(1999年5月)から嵐『A・RA・SHI』(1999年11月)ぐらいまでだと思うのだが、この時代において脚韻が最高にクールだったのに比べ、1990年代前半に活動したTOKYO NO.1 SOUL SETの七五調ラップはそれほど話題にならなかった。日本人の魂に刻まれたビートが五七五であることは疑いようがないのであるが、それでもやはり1990年代後半は欧米の伝統である脚韻の方がクールだったわけである。ヒップホップの歴史においては丁寧に脚韻を踏んでいるラップはいまや「堅い」と評されているだろうし、聞き取れないほど早口でオフビートのラップが評価を得ていたりするのを見ると、ルイ・アラゴンの『C』という詩を——単に全ての句をéで脚韻している第二次大戦の激戦地についての詩——を思い出す。形式がどうでも良くなった頃、詩人は曲芸に走りだし、重要なのは意味だけになる。『Gratefull Days』の印象深いギターリフレインがスマッシング・パンプキンズ『Today』からのサンプリングだというのは示唆的である。

形式が破壊され、すべてがどうでもよくなった。詩が残す最後の聖域は改行のみである。だが、その改行もWeb上のテキストではどうでもよくなる。優れた詩人が苦心を重ねて絶妙な改行を行ったところで、それは別の環境で見にくくねじ曲げられるのだ。詳しくは拙論『生のものと紙に刷られたもの』を参照されたし。

こうなると破壊の進展はほとんど絶望的だ。ヘーゲル史観においてナポレオンが歴史を完成させたように、ランボーによって詩は完成されてしまったのだ。シュルレアリスムはその後夜祭である。いま詩を書くことは撤収を完了した祭りの跡地で一人踊るようなものなのだ。声に出して詠まれることもなく、意味だけが重要なただのテキスト。なんという破滅。なんという堕落。

ディズニー映画の王女はスカートの裾を破って走り出す

さて、破壊が進んで私達の手元に残ったのは何か? 堕落した詩である。形式を失ったことで聖性をはぎ取られ、「これは詩だ」と言い張ればそうなれる、ただの散文だ。いったい、Poemという単語にまつわるあの気恥ずかしさはなんだろう? Poet(詩人)やPoetry reading(詩の朗読)といった単語にはなく、Poemだけが持つあの気恥ずかしさ。いや、いっそ「ぽえむ」と表記すべきだろうか。アイドルのグラビア写真に載っている二人称の「ぽえむ」——君の笑顔がまぶし過ぎて八月の海が云々。

こうした破壊の歴史には別の側面がある。解放と民主化の歴史だ。詩が複雑な音韻のルールを保っていた頃、詩人は尊敬されたが、誰もが詩人になれたわけではなかった。いま、詩は誰でもかける。改行の多い散文を書けばそれがもう詩だ。その代わり、詩人ということでほとんど尊敬されることはなくなったが、民主化とはそういうものだ。それに、こうしてテキストを紡いでいる私もまた、そうしたテキストの民主化の恩恵に与っている。いままではお高く止まっていた詩神は、その絢爛なドレスから簡素な服にまとい、粗野な話し言葉を使い、テーブルマナーも忘れ、あなたの元にやってきた。見る影も無いが、かつてあなたが憧れた女神がいま手元にいるのだ。

では、私達はこれからも堕落した詩を紡ぎ続けるのか? すべてが許された絶対の無の地平で? 民主主義は完成したのか? そうだろうか?

歴史は繰り返す。テキストの民主化は形式の破壊の結果でもあり、その要因でもある。私達があまりに簡単にテキストを書けるようになったため、簡単な形式が求められるようになったのだ。それを可能にする環境とは、すなわち、「インターネット上にテキストを簡単に公開するプラットフォーム」である。インターネットはすべてが許された絶対の無の地平ではない。それは日々変化している。

私達は実のところ、なんでも書けるわけではないし、可能だから生まれる形式というものがある。今後、テキストの民主主義はどのような形式を欲望していくのだろうか。次回以降、その問題について考えてみたい。

2014年3月20日公開

作品集『メタメタな時代の曖昧な私の文学』第11話 (全21話)

© 2014 高橋文樹

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