国立科学博物館・ラスコー展リポート

縄文小説集(第9話)

高橋文樹

ルポ

2,899文字

2017年2月19日をもって閉幕したラスコー展を駆け込みで観覧してきたので、そのリポートをまとめる。ラスコー洞窟壁画は縄文時代より先んじる時代のクロマニョン人が残したものだが、当時の生活の様子を知る上でも役に立つだろう。

 

ラスコー洞窟壁画は1940年にフランスで発見された壁画である。洞窟を偶然発見した四人の少年の話はフランスではとても有名な話となっており、老若男女問わず知っているらしい。この洞窟は発見当初、人々の耳目を集めたが、あまりにも多くの観光客が訪れたため劣化が進み、いまでは研究者などごく一部の人間を除いて立ち入ることができない。

東京は上野にある国立科学博物館で開催されたラスコー展はその洞窟の原寸大レプリカを一部再現したもので、世界的な人気を博し、世界中の大都市を巡回している。言うなれば、考古学界のジャスティン・ビーバーといったところだろうか。

 

まず、時代背景を説明しよう。クロマニョン人とは、フランスにいた現生人類の呼び名である。ネアンデルタール人などの旧人類とは異なり、我々とまったく同じホモ・サピエンス・サピエンスだ。洞窟壁画の発見年代は1万6,000年ほど前で、後期石器時代に属する。別の時代区分によれば先土器時代などと呼ばれ、また、旧人類を滅ぼした最後の氷河期である更新世の只中である。

展示会場に入ってすぐ、クロマニョン人の親子が出迎える。ちょっと見栄えが良すぎる気もするが、我々人類とほとんど変わることはない。石器時代とは思えないほど服飾文化が発展しているようだ。もっとも当時の服は残っていないはずなので、これは正確な再現ではないだろうが、縫い針などが存在していたことは確かなので、裁縫が上手な人もいたことだろう。

クロマニョン人の親子。ちょっとオシャレ過ぎないだろうか。

なお、クロマニョン人はヨーロッパに住んでいた現生人類だが、以前『ネアンデルタール』のレビューでもお伝えした通り、ネアンデルタール人との混交が進んでいるのか、現代の白人的特徴を備えている。会場にはネアンデルタール人の想像図もあるが、かなりずんぐりむっくりしている。

 

ネアンデルタール人。頭が大きく、ずんぐりむっくりしている。ドワーフやホビットのモデル?

旧人類と現生人類の交流に興味がある方は、国立科学博物館の常設展に行かれるとよいだろう。そちらでは旧人の種類が網羅されており、精巧な模型が展示されている。

常設展で見ることができるネアンデルタール人の模型。他にアウストラロピテクスのルーシー復元模型などがある。

 

壁画

そして、しばらく進むと、壁画を見ることができる。写真をまとめてお見せしよう。

ラスコーの壁画では、赤い顔料などが使われており、彩色がなされている。石器時代でもそうした知恵はすでにあった。なんといっても印象深く、そしてまた有名なのは、内臓のはみ出た牛と鳥人間だろう。この鳥人間の解釈については想像を働かせる余地がふんだんに残っており、たとえば宇宙人や我々の知らない旧人類など、小説的な題材としてはうってつけだ。

貴重な資料

さて、展示会場の多くの部分は写真撮影を禁止されていたため、見せることができないのが残念だが、小説を書くにあたって興味深い資料が幾つかあった。

まず、蝋燭台。我々が「氷河期のクロマニョン人」と聞いて思い浮かべるのは、薄暗い洞窟の中で暖をとりながらひっそりと暮らす人々だが、実際はそうではなく、住居は外にあり、洞窟はあくまで神殿のような位置付けだったようだ。クロマニョン人はスプーンのような形をした骨器に油をいれ、蝋燭として使っていたらしい。暗闇を照らす光を元に、顔料を用いて壁画を描いていたのだ。

そして、様々な用途にわけられた石器。黒曜石という言葉に馴染みのある読者は多いと思うが、ガラス質の石に特定の向きで力を加えることによって、鋭利な刃物のような切片が手に入る。様々なサイズの石を作り、あるものはやじりとして、あるものはナイフとして、あるものは金槌として使ったようだ。この石の割り方に関する動画などもあり、なかなか興味深かった。

そして、私をもっとも驚かせたのが、縫い針をはじめとする繊細な骨器の数々である。縫い針のような複雑な道具をほんとうに骨から作れるのか、疑わしいものがあったが、実際に動画で見てみると、なるほど、やってやれないことはない。様々なサイズの石器を使い分け、オオツノジカの角から縫い針を作り出す工程は見事だった。縫い針の穴を作るためのきりのようなものも、ちゃんと骨から作るのだ。ただし、かなりの忍耐を必要とする地味な仕事であるため、縫い針や釣り針といった繊細な骨器を作れる人は大変な尊敬を集めていたことだろう。

 

こうした数々の優れた文明の遺跡をラスコー展では見ることができるのだが、ラスコー洞窟が残ったのはあくまで例外的な理由によることは留意しておこう。崩落によって洞窟の入り口が閉ざされ、なおかつそれが長い間てつかずのままで、たまたま嵐で折れた木の根元に空いた穴に少年たちが潜り込んで発見された。要するに、いくつもの偶然が重なって発見されたわけだ。クロマニョン人たちの文明の多くは長い時の流れに散逸しており、私たちが展示で見ることができているのは、そのごく一部にすぎない。

 

日本に限っていえば、同時代の生活において、ラスコー洞窟に見られた高度な骨器は見つかっていない。しかし、「日本の土壌は酸性で骨や角が残らない」ということがよく言われるため、当時作っていなかったのか、単に残っていないだけなのか、真相は闇の中だ。もちろん、長距離航海や磨製石器など、当時の時代としては最古と認められるような発見はいくつかあるので、縄文時代以前における文明の進展度は思ったより進んでいたと考えていただいて間違いないだろう。とりわけ、後期石器時代、すでに黒曜石を求めて小笠原諸島あたりまで航海していたという事実は、小説の世界を広げてくれるに違いない。

 

 

さて、以上でラスコー展のレポートを終える。この展示はすでに終了しているが、今後日本各地で開催される予定なので、予定が会う方はぜひ参加していただきたい。

なお本展は、2017年3月25日(土)〜5月28日(日)に宮城・東北歴史博物館、同年7月11日(火)〜9月3日(日)に福岡・九州国立博物館に巡回します。

2017年3月7日公開

作品集『縄文小説集』第9話 (全12話)

© 2017 高橋文樹

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