縄文小説参考文献『ネアンデルタール』レビュー

縄文小説集(第8話)

高橋文樹

評論

2,098文字

本稿は破滅派主催の縄文小説ワークショップの参考文献レビューである。ジョン・ダーントン著『ネアンデルタール』を取り上げる。

ジョン・ダーントンはピュリッツアー賞の受賞経験があるジャーナリストであり、科学知識を元にしたエンターテイメントを書く作家もである。『ネアンデルタール』は彼が五年の歳月をかけて取り組んだサイエンス・ミステリー作品。

梗概

考古学者マットとスーザンは恩師ケリカットが行方不明になった知らせを聞き、調査のため中央アジア・タジキスタンへ向かう。ネアンデルタール人が生存していたという説に固執していたケリカットの足跡を求め、山中に入った一行は、洞窟の中で壁画を発見する。しかし、洞窟で謎の一段に襲撃を受けた一行のうち、マットとスーザンは気絶、ヴァンは落盤に巻き込まれる。

目を覚ましたマットとスーザンは、ネアンデルタール人の集落にいることに気づく。そこは太古の暮らしが継続するエデンの園だった。集落にいたケリカットは、ネアンデルタール人になじんでおり、もはや現代文明に戻るつもりはないようだった。ネアンデルタール人は言語を使わず、発達した大脳辺縁系を利用し、テレパシーを使っている。争うこともないその平和な文明をケリカットは守りたいと思っているようだった。

しかし、別の集落にいるある個体は強烈な悪意のテレパシーを発しており、明らかにその集落を狙っていた。ネアンデルタール人は非常にゆっくりとした速度で現生人類が辿ったのと同じ進化を遂げているのだ。洞窟で生き別れた旅の仲間ヴァンが悪しきネアンデルタール人に捕らえられていると知ったマットは、ケリカットの反対を振り切ってネアンデルタール人の遊撃隊を組織し、ヴァン奪還作戦を実行する。

奪還は惜しくも失敗し、ヴァンは生贄として殺され、スーザンもさらわれてしまう。ケリカットも犠牲になる。再び奪還作戦を実行したマットは、トロイの木馬作戦を実行し、ついにスーザンとともに生き延びる。現生人類とネアンデルタール人をわけたのは、他でもない、「相手を欺く」という思考回路だったのだ。

タジキスタンを去ったマットとスーザンは、ネアンデルタール人の集落について論文を発表することをやめ、以前のような研究生活に戻る。あの平和に満ちた仲間たちをそっとしておいてやろうと思ったのだ。

構成

本書はエンターテイメント小説である。考古学と超能力が絡み合っているため、SF小説と分類しうるのかもしれないが、『ジュラシック・パーク』のようなエンターテイメント色の強いものになっている。ヒマラヤのイエティ伝説などを下敷きに、「実はまだネアンデルタール人が生き残っていたら」という仮説のもとに話が展開していく。

ネアンデルタール人は現生人類よりも前に分岐した別種であることが研究によりわかっている。火の使用、言語能力を備えており、なおかつ頭部は現生人類よりも大きかったため、「なぜ絶滅したのか?」という疑問は考古学における謎として研究対象になっている。本書では「大きな大脳をテレパシーに使っていた」という設定になっている。

また、本書におけるネアンデルタール人にはそもそも争うという概念がない。これは考古学的な裏打ちがあってのことだろう。ちょうど農耕以前の縄文人が争わなかったことににている。奪うべき財産がなければ、争いも起こらない。

物語全体を通じてネアンデルタール人の残した壁画がミステリーの鍵となるのだが、物語の終盤、マットがトロイの木馬作戦を実行する段になって、その真意がわかる。ネアンデルタール人は現生人類によって欺かれ、その警告(人間は騙してくるぞ)を壁画として残したのだ。こうした「善良かつ温和で我々が思うよりもずっと賢い〇〇人」というビジョンは、ネアンデルタール人や縄文人のみならず、絶滅に瀕した少数部族などを描く際の紋切り型クリシェである。

感想

本書の発表以降の研究だが、ネアンデルタール人の遺伝子が現生人類にわずかに混入しているらしい。もともとはヨーロッパから中央アジアに分布していたネアンデルタール人がアフリカから出て来た現生人類と出会い、混血が進んだのだろう。二〇一四年の研究によれば、白い肌、金髪、青い目などのコーカソイド的特徴はネアンデルタール人から受け継いだ可能性が高いそうだ。

これは筆者の私見なのだが、西欧には「ネアンデルタール小説」という一ジャンルがあるような気がしている。ネアンデルタール人の絶滅理由がなんであれ、それを滅ぼして繁栄したのがコーカソイドたる白人だという原罪意識があるのではないだろうか。

ちなみに、ネアンデルタール人の兄弟種であるデニソワ人(ロシア、モンゴル、中国に分布)の遺伝子が縄文人に受け継がれているのでは、という仮説がある。考古学では遺伝的な研究がいまも日進月歩で進んでおり、たとえば「縄文人は遺伝的に得意な集団である」というネタを元に、聖書の大洪水伝説などを絡めた世界規模のミステリーを書くこともできそうだ。

ただし、本書がそうであるように、あまりに科学的知識に固執してしまうと、それが古びるのもまた早い。本書執筆時点以降、ネアンデルタール人に関してはいくつもの新発見があるため、超能力の設定などがやや陳腐に感じてしまった。

2016年12月19日公開

作品集『縄文小説集』第8話 (全12話)

© 2016 高橋文樹

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