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午後の野蛮人

犬江目彦

野蛮人と野蛮な人は、どう違うのだろうか。

小説

1,927文字

栗鼠が緑の芝の上を走ってくる。栗鼠は小さくて掌に乗る大きさだ。栗鼠は跳ねるように走る。跳ねるのは無垢と未熟と衝動の表れで、だから好きだ。栗鼠がこちらに来るかもと俺は期待する。

しかし栗鼠は左に逸れていく。その先にアフロヘアの若者が立っている。若者は背が高くて足が長い。若者が涼し気な一重の目で栗鼠を見る。栗鼠は若者の足元まで走って止まりすっくと体を起こす。若者を見上げるその瞳はつぶらだろうか。若者が栗鼠を見下ろす。笑顔ではないが表情は穏やかだ。つぶらと一重が見つめ合う。どちらも動かず時間が止まったかのよう。古いモノクロの映画にこんな場面があった気がする。

若者の細く長い手がゆらりと動く。手は滑らかな弧を描いて肩に下げたカバンの中に入る。手がカバンをまさぐる。栗鼠が若者の手を見る。出てきた手は何かを掴んでいる。若者が手を目の高さに上げ、栗鼠が首を上げて体を伸ばす。若者は左利きだ。左の掌が開いて塊が下に落ちる。栗鼠が前方に飛び跳ねて塊を掴む。よく見えないがきっと固めのパンだ。栗鼠がパンを齧る。カリカリと音がして両の頬は膨らんでいるのだろう。

食べ終わった栗鼠が若者を見上げる。若者がまたパンを取り出して落とし、栗鼠が掴んで齧る。それが三回繰り返される。若者は右足を前に出す。つま先が地面について長い足が斜面を作る。栗鼠が足の甲に飛び乗る。足の斜面は急だが栗鼠は登るのは得意だ。斜面を勢いよく登っていく。

午後の陽ざしに照らされて、草の上に若者の薄い影が伸びている。足の影は栗鼠の分だけ膨らんでいるだろうか。膨らんでいて欲しいと俺は思う。そして栗鼠が乗っているのが羨ましい。俺の足は長くないから乗せるなら肩がいい。夕暮れに栗鼠を肩に乗せて公園の緑の中を歩く。憩の時を過ごす人々が俺たちを見て微笑む。人を見て微笑めるのは不自由のない生活を送り心が穏やかだからか。俺は口笛を吹きたいと思う。曲は何がいいか。思い浮かばずただぴゅうぴゅうと音を出す。耳元で栗鼠がクルミを齧る音がする。きっと栗鼠の頬はぷっくりと膨らんでいる。その横で俺も頬を膨らます。黒人のトランペッターのようだ。そう思った後に芝を踏んで立ち止まる。

俺はトランペットを吹くのか。吹いたことはないし吹きたいとも思わない。何で黒人なのか。アフロにしたいからか。しかし俺にアフロは似合わないし、栗鼠はもっと似合わない。

凶暴な犬が現れたらと思う。

黒い毛の獰猛そうな日本犬が低い唸り声を上げる。毛はごわついて汚れ涎を垂らしている。そんな犬は午後の公園にいない。人々は会話を止めて犬を見る。犬が走り出す。その先にはアフロの若者がいる。犬が若者に飛び掛かる。若者は体を後ろに逸らし、足が上がって栗鼠が宙に放り出される。栗鼠が回転しながら宙に上がる。その様は宇宙遊泳のようにゆっくりだ。回転する栗鼠は大きな弧を描いて地面に向かう。犬が跳び上がって栗鼠を咥える。着地した犬の口から栗鼠が垂れ下がってぶらぶらと揺れる。

栗鼠のつぶらな瞳が地面に倒れた若者を見る。若者は立ち上がるが栗鼠を見ない。背を向けて走り出す。その動きは速い。若者は茂みに消え、入れ替わりに棍棒を持った野蛮人が現れる。体中の骨がごつごつと太く硬そうだ。野蛮人が犬を見る。犬は後方に跳ねて走り出す。野蛮人が後を追う。棍棒で殴るつもりだ。栗鼠を奪い取って喰うのか、それとも犬を殴り倒して喰うのか。

犬と野蛮人が公園を走り回り、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。野蛮人は足の動きが速く、人の動きに邪魔される犬を追い詰める。犬が足を止めて振り返り、同時に栗鼠を横に放り投げる。地面に転がった栗鼠は目を閉じて動かない。犬は体を低く下げて身構える。野蛮人が棍棒を振り上げる。

野蛮人は犬の頭を叩き割るだろうか。それとも犬が野蛮人の喉を噛み切るだろうか。殴るのと噛みつくのとどっちが強いか。どちらでもいいがどちらも見たい。犬も野蛮人も傷ついて血を流せばいい。苦しんでのたうち回って、穏やかな公園の景色を変えてしまえばいい。

そう思う俺はこの場面にいない。先生の言葉を思い出す。場面を思う時は自分がそこにいると感じろ。火の粉がかかり足の裏が濡れ砂の粒が目に入る。それを感じることから始まる。

この場面の俺を思い浮かべる。喰われる栗鼠、逃げる若者、慌てふためく人々、凶暴な犬、野蛮人。どれも違う。しかしその中から考える。一番らしくないもの、一番嫌悪するもの、一番最後にくるもの。

野蛮人の俺をその場面に置く。午後の陽ざしに照らされて、濃く長い影をつくる野蛮人。朝でも昼でも夜でもない。午後が似合う野蛮人。凶暴な犬を追い回し棍棒を振り下ろそう。骨が砕けるか血が流れるか。そこから始まる。

© 2026 犬江目彦 ( 2026年5月30日公開

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