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反ディズニー

犬江目彦

古書店で買った本を店頭で燃やす人たちの話です。

小説

4,635文字

神保町の古書店街を男が歩いている。少し伸びた坊主頭に無精ひげで、上着は古くズボンは擦りきれている。ガムを噛んでつまらなそうな表情で、左足を出す時に体が少し傾く。男は軍事書籍専門店に入っていく。

外から店の中が見える。男が一冊の本を棚から取り奥のレジに向かう。店主が立ち上がって外を指差す。外に出ろと言っているようだが男は動かない。店主が男の肩を押す。男は体の向きを変えて歩き店の外に出る。入り口から顔を出した店主が二度と来るなと言う。男は店の前に立って動かない。さっさと帰れ!店主が声を強める。通行人が二人を見て通り過ぎる。

店主が外に出る。聞こえないのか、商売の邪魔だ、帰らないなら警察を呼ぶぞ。本が欲しいんだけど。男が言う。この前みたいに捨てる気だろ、そんな奴には売れない。男が首を横に振る。捨ててなんかいない、欲しいページを切り取っただけだよ。何のページだ。面白い顔の軍人のおっさんの写真。嘘だ。ほんとだよ、ほら。男が上着のポケットから紙の切れ端を出す。店主が顔を近づけて見る。正岡子規の横を向いた写真だ。どこが軍人だ、馬鹿にするな!店主が怒鳴って男の体を押す。

男が歩き出す。店主は男が角を曲がるのを見て店に入る。男と入れ違いに角から小学生くらいの子供が走って現れる。子供は軍事書籍専門店に入っていく。子供が棚を指差し、店主が脚立に乗って本を取る。暫くして子供が走って出てくる。手には包みを持っている。

店の前に無精ひげの男が立っている。子供が本を渡し、無精ひげは乱暴に包み紙を破く。頑丈そうな装丁の古い本が現れる。表紙に「二〇三高地の×××」とある。無精ひげは本を路上に放り投げてしゃがみ込む。破れた包み紙をかぶせマッチを数本擦って上に置く。包み紙が焦げて縮み、火が上がり出す。子供が焚き火に当たるように両手をかざし、男を見て笑う。火で照らされた顔には無数の細かい皺が影を作っている。

店主が店から出てくる。何やってんだ。焚火だよ、見ればわかるでしょ。無精ひげが店主を見ずに言う。でも一冊じゃ足りないか。男が子供もどきを見て、ほかに何冊か買ってきてと言う。やめろ!店主が叫ぶ。本当に警察を呼ぶぞ。

無精ひげはゆっくりと立ち上がり、ポケットに手を入れて歩き出す。子供もどきが走って男の後を追う。店主が燃えさかる本に駆け寄って踏みつける。火花と煤が辺りに散らばり、その向こうを無精ひげと子供もどきが歩いていく。焦げ臭い匂いが辺りに漂う。店主が半分焦げた本を開こうとするが熱さで放り出す。煤が上がって店主の姿を覆い隠し、それが収まった時には二人の姿は見えなくなっている。

無精ひげと子供もどきは、都内の軍事専門の古書店で高額な本を買って店頭で燃やしている。始めは無精ひげ一人だった。通りかかった子供もどきが無精ひげに声をかけ、それから二人で行動するようになった。

無精ひげから子供もどきに連絡が入る。子供もどきから連絡することはない。店の近くで合流し本を燃やして別れる。何のための行動か男は話さない。燃やすのはいつも戦争の本で、何か意味があると子供もどきは考える。いち度話してみたい。しかし子供もどきが話せる言葉は少ない。頭の中でいろんなものが回っている。これらをどうつたえたらいいのか。そう思うと男に何も話せなくなる。

男は汚れたフクをきているがサツタバをもっている。それでナンマンもする本をかう。歩く時に体がナナメになる。足がわるいみたいだ。足や手の形をかえたり切られたキズをなおす先生なら知っている。こんどおしえてあげよう。

男に何とよべばいいと聞かれた時、いつもはウソを言うのに×××とホントウの名前を言ってしまった。だから二人でいる時、男はみんなみたいにチビとかモンキーと呼ばず、ホントウの名前で呼ぶ。そんな時ホントウの自分になった気がする。だからこれからも男といっしょに本をもやしたい。

軍事専門の古書店はそう多くはない。同じ店でも店番が前と同じ場合は避けているが、そろそろ難しくなりそうだった。べつの本やにするのがいいと子供もどきは考える。

オレはレキシがきらいだからレキシの本やがいい。レキシはウソばかりだ。ショーグンとかブショ―とかえらいニンゲンだけでレキシができてるように言って、オレたちみたいなニンゲンのことは言わない。レキシの中にオレたちはいない。だからレキシはなくていい。本をもやしてレキシがぜんぶなくなってしまえばいい。

男にそういったら、ぜんぶがそうでもない、アミノなんとかの本をよんでみろといった。オレがカンジの本をよめないことをしっているのに、何でそんなことをいうのだろう。でも男と会ってからカンジのベンキョウをはじめている。男とは少ししか話さないが、たまにきいたことがない言葉を使う。男はいろんなことを知っている。サベツとかケンポウとかこの間言っていた。カンジがよめるようになったら、本をよんで男といろんな話ができるようになりたい。

子供もどきは新しい何かを出来ないかと考える。男が想像もしないことを考えて驚かせてやりたい。真剣に考えたら熱が出て三日間寝込んだ。歩きながらだといい考えが浮かぶと聞きひたすら歩いた。歩くうちに小走りになりそのうちに本気で走っていた。走り続けて疲れて足が動かなくなった。道端に倒れた子供もどきを見て人が近寄ってきたが、顔を見て歩き去った。

ハロウィンの衣装を着た子供がいた。不細工な子供がお姫様の格好をして笑い、大人も楽しそうだった。その時に思いついた。

反ディズニー。

オーサマのこどもじゃないのに、にあわないのに、そんなフクをきるのはディズニーにだまされているからだ。話もウソみたいなものばかりだ。よく見るとディズニーの服やカバンや人形がいろんなところにある。町はディズニーだらけだ。店で人形を見てびっくりするくらい高かったことを思い出した。ディズニーがウソの物を高いねだんでうりつける。そんなものを買うやつらはディズニーがウソときづいていない。みんながディズニーをきらいになるようにするのはどうか。ディズニーのフクをきたり物を持つのがいやになるようなことをして、ディズニーがウソだってきづかせる。

ディズニーのどうぶつならむかしえ本で見たから知っている。ミッキーは赤いズボンをはいている。ホントウのねずみに赤いズボンをはかせて店の中をはしらせればみんながミッキーをきらいになる。犬が百ピキの話もある。犬を一匹ずつ殺して百ピキになるまでやる。犬のクビを町においたら犬をかうのがコワクなって、ディズニーのせいだとみんながうらむ。ほかにどんなどうぶつがいるか。口のないネコもディズニーだったか。ウサギみたいのもディズニーか。ネズミをつかまえるのがとくいで犬やネコを平気で殺すやつを知っている。あいつなら金を出せば何でもやる。

子供もどきはすごい思いつきだと思う。嬉しくて早く無精ひげに話したいと思う。

しかし男はつまらなそうな表情でふーんと言っただけだった。できないと思っているのか。大丈夫だ。少しの金でもあいつはやる。イチマンあれば十ピキは殺す。男は考えとくと言って会話は終わった。

次に本を燃やした時もその次も男は何も言わない。子供もどきは疑問を抱く。オレが考えたことはこの男にはどうでもいいのか。ねないで考えたのに、カンジをよめないやつの考えることなど、聞いたフリだけすればいいと思っているのか。

次に本を買って火をつけている時だった。大柄な男が店の外に出てきた。ふざけたことをするなと男は言った。無精ひげが立ち去ろうとすると男は待てと言って手を伸ばした。無精ひげは振り向きざまに男の手を取ってひねった。男は声を上げて体を捩じらせて膝をついた。無精ひげが手を離すと男が立ち上がって殴りかかった。無精ひげは男の腕を手で弾いてかわし男の腹に突きを入れた。男は腹を押さえてうずくまった。無精ひげが子供もどきを見て顎で行くぞと示した。しかし子供もどきが動く様子はなかった。おい、逃げよう。無精ひげが言った。それでも子供もどきは動かなかった。今見た無精ひげのことを考えていた。体が左に傾かずいつもと違う素早い動きだった。足が悪いのはウソでホントウはフツウに歩けるのか。大きな男をたおしたのは何のワザだ。今まで見せたことがない。ブシがヒトを殺すためにつかうものか。フツウにあるいてむずかしいワザを使う。この男はこちらがわじゃなくてアチラガワのニンゲンなのか。

どうしたと無精ひげが言った。逃げないとまずいぞ。にげないよ。子供もどきが言った。いつもの甲高い声と違う低い声だった。オレはにげないよ、アバシリ。走りかけた姿勢の無精ひげが体を向けて子供もどきの顔を見た。体の力が抜け、その時通行人が数人走り寄って無精ひげの腕を掴んだ。無精ひげは抵抗しなかった。別の通行人が子供もどきに近付いたが顔を見て手を止めた。

すぐに警察が来て、無精ひげはパトカーに乗せられた。子供もどきは近くの交番に連れて行かれた。無精ひげとどういう関係だと聞かれた。ヒカゲから警察で嘘をつくと大変な目に会うと聞かされていたので正直に話した。オレはだまされていたと子供もどきは言った。あいつはトモダチのフリをしてオレはリヨウされた。ハンザイじゃない、ずっとむかしからやっているからモンダイないとあいつが言ったからしんじただけだ。無精ひげはそんなことは言わなかった。言った後で嘘だと言おうと思ったが、嘘をついたことでどんな目に会うかと考えたら言えなくなった。

二時間ほどして帰っていいと言われた。無精ひげはパトカーに乗ってどこに行ったのか分からない。アバシリというのはあの男のホントウの名前だ。ケータイで話している時に相手がアバシリというのがきこえた。オレは人一ばいミミがいいから小さく話していても聞こえる。ホントウの名前はぜったいに言うなとヒカゲに教わった。ぜったいに言ってはいけないと知っていたからあの時に言った。

無精ひげに連絡する手段はなかった。古書店街に行き軍事専門書店の中を覗いた。店番と目が合うと走って逃げた。また書店の近くに戻って中を見た。それを繰り返し何時間も古書店街を歩いた。耳の大きい象のシャツを着た子供がいた。あれもディズニーだったか。ミミを使って空をとぶのを知っている。オレは小さいからせ中にのることができるかもしれない。たのしそうだ。そんなことはないのは知っている。でもたのしそうだ。

目の前が霞んできて立ち止まった。小さな手で目を擦った。またすぐに霞んだ。擦っても擦っても涙が出てきた。あの男のホントウの名前を言ってはいけなかった。ホントウの名前を言ったからアバシリは捕まった。アバシリがいなくなって、誰もオレをホントウの名前で呼ばなくなった。

目から涙が溢れた。涙は顔の皺の溝に入って何筋にも分かれていった。人前で泣いたのは一度だけで、アサミといる時だった。アサミはオレの泣き顔を見て、涙が一筋じゃないなんて変だと笑った。蟻の巣を横から見ているみたいだ。オレは二どとアサミに会わないことにした。

歩道の真ん中で立ったままの子供もどきの目から更に涙が出て、顔中の皺の溝を伝って流れた。通行人が避けて歩いていった。子供もどきは涙を流しながら思った。ナミダはひとスジでないといけないのか。ナミダがひとスジでながれるものだと誰が決めた。

ナミダで子供もどきには何も見えなかった。

© 2026 犬江目彦 ( 2026年6月27日公開

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