ことの起こりは2月14日に公開された”The 2023 Hugo Awards: A Report on Censorship and Exclusion”というリポートである。当該ワールドコン参加者でもあるジャーナリスト、クリス・M・バークレーが寄稿したものだ。内容を紹介する前に、まず前程となる知識を共有しておこう。

  1. ヒューゴー賞はワールドコンの開催期間中に授賞式が開かれ、SFファン(ワールドコン参加者)の投票によって受賞作が決定する(記事冒頭の写真は2019年授賞式)
  2. 受賞作候補は予備投票によって決定し、それによってロングリストが決定。指定期日までの本投票で受賞作が決まる。
  3. ヒューゴー賞はネビュラ賞と並ぶ権威のある賞である。
  4. ワールドコンの開催国は毎回変わる。オリンピックのような誘致形式。

さて、リポートはヒューゴー賞委員会のダイアン・レイシーからのメール文書を元に展開されている。それによると受賞候補作から不正に外されたのは邦訳も存在するシーラン・ジェイ・ジャオ『鋼鉄紅女』や、2023年のネビュラ賞受賞作でもある”Babel, or the Necessity of Violence”などがある。いずれも有名な作品で、たとえば810もあるノミネート枠の中に『バベル』が入っていないのはおかしいと多くのファンが感じていたようだ。ヒューゴー賞運営委員会は「中国における法律は異なる」「香港、台湾、チベットなどのトピックは問題になる」などの指針を設け、該当しそうな作品を排除したとのこと。言うなれば、運営委員会による自己検閲が行われた、というわけだ。

実際に中国当局による検閲がなかったかどうかについて、リポートは断言を避けているが、wechatにおける中国共産党四川省委員会宣伝部による「成都世界SF大会の予備審査で最終選考に残った文化創作、文学、芸術など5部門1512作品の内容を3つの特別グループが審査し、政治や民族、宗教との関連が疑われる作品を厳しくチェックし、LGBT問題に関連する物議を醸した12作品の処分案を提示した」という投稿を紹介している。なお、この投稿は削除済み。

筆者は2019年に開催された成都SF大会に参加したのだが、これは中国共産党幹部も訪れる大規模な大会であった。2023年の大会もバークレー氏が報告したように航空券代とホテル代を大会が負担してくれたとあるが、おそらく他の多くの作家も顎足つきで大会に参加したのだろう。しかし、そんな厚遇は他地域のワールドコンでは当たり前ではない。自前で航空券と宿代を確保して参加するのが常識だ。開催国によって莫大な資金と人的資本が投下された状態での「自己検閲」は「自己検閲」と呼んでもよいのだろうか? それはシンプルな検閲ではないか? 「ソフトな検閲」ぐらいの表現が妥当なのだろうか。なんにせよ、筆者もまた書き手として、自己検閲をさせられてしまわないように注意しておきたい。

この告発はThe Gardianなどの大手メディアも報じており、日本でもGigazineなどが報じ始めている。受賞者の一人サマンサ・ミルスは自身のブログ記事 “Rabbit Test” unwins the Hugo でヒューゴー賞辞退を明言した。賞の信頼性を揺るがしかねないパピーゲート以来の「スキャンダル」だが、内部告発が出たということは、透明性が高いということの裏返しでもあるだろう。来年以降のヒューゴー賞では公正な賞の運営がされることを期待したい。