同意の前に

高橋文樹

小説

1,367文字

「掟の門」著・フランツ・カフカ、訳・池内紀『カフカ短編集』岩波文庫、1987年を元にした。「性的同意」が話題になっているので15分で書いた。タイトルを「同意の前」としたのは、「掟の門」の原題が”Vor dem Gesetz”であり、これは直訳すると「掟の前で」だからである。急に「おまえ」って言う!

女が股を開いて座っていた。そこへ田舎から一人の男がやって来て、入れさせてくれ、と言った「今はダメ♡」と女は言った。男は思案した。今はダメだとしても、あとでならいいのか、と尋ねた。

「たぶんね。とにかく今はダメ♡」と、女は答えた。

女の股は開いたままだった。女が少し腰を浮かせたので、男は中を覗きこんだ。これを見て女は笑った。

「そんなに入れたいのなら、かまわずに入れたらいいのに。でも言っておくけど、私、馬鹿じゃないからね。見ての通り、けっこういい女でしょ? それでも上には上がいて、世の中にはもっといい女がたくさんいるわ。私だって見惚れるような女が沢山いるの。あなた、それでもいまここで私に入れるの?」

性的同意を得るのがこんなに厄介だとは思わなかった。彼女の股は誰にでも開かれている、と目の前の女を見て男は思った。しかし、毛皮のローブを身にまとった女の、その大きく尖った乳房と、知らない民族の美しい武器のように白く伸びる二本の膝を見ていると、大人しく待っている方がよさそうだった。女が小さな腰掛けを貸してくれた。股の前に座ってもいいという。男は腰を下ろして待ち続けた。何年も待ちつづけた。その間、許しを得るためにあれこれ手を尽くした。くどくど懇願して女にうるさがられた。ときたまのことだが、女が手で抜いてくれた。故郷のことやほかのことも訊ねてくれた。とはいえ、風俗嬢がするような気のないやつで、おしまいにはいつも「まだダメ♡」と言うのだった。

携えてきた色々な品を、男は次々と女への贈り物にした。そのつど女は平然と受けとって、こう言った。

「あなたの気がすむようにもらっておくね。何かやり残したことがあるなんて思わないように。でも、ただそれだけのこと♡」

永い歳月のあいだ、男はずっとこの女を眺めてきた。他の女が世界にいるなんてことは忘れてしまった。ひとりこの女が股の間に挿入することを阻んでいると思えてならない。彼は身の不運を嘆いた。はじめの数年はSNSに連投し、のちには鍵垢にして親しいフォロワーに向けてだけ呟いた。

そのうち、子どもっぽくなった。ながらく女を見つめてきたので、内股にあるホクロに生えた毛にも気付くようになった。するとそのホクロ毛にまで、お願いだ、この人から性的同意を取ってくれ、などと頼んだりした。そのうち男性器が弱ってきた。体力が落ちたのか、それとも女の股を眺めすぎて慣れてしまったのかはわからない。いまや暗闇の中に燦然と、女の股から煌めくものが垂れていくのが見える。勃起不全障害になりかけていた。性欲が尽きる間際に、これまでのあらゆることが凝結して一つの問いとなった。これまでついぞ口にしたことのない問いだった。海綿体の壊死が始まっていた。もう勃たない。すっかり縮んでしまった男の男性器の上に、女がかがみこんだ。

「性欲のない人ね♡」と、女は言った。「まだ何が知りたいの?」

「誰もが性行為を求めているというのに——」と、男は言った。「この永い年月のあいだ、どうして私以外の誰ひとり、入れさせてくれと言って来なかったのです?」

最後の勃起が解けようとしていた。乾いていく海綿体を叱りつけるかのように女が怒鳴った。

「他の誰ひとり、ここには入れさせない。このマンコは、おまえ一人のためのものだった。さあ、もう私は行く。股は閉じるぞ」

2020年11月13日公開

© 2020 高橋文樹

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