花園へ向かうために

合評会2024年5月応募作品

Tofu on fire

小説

2,822文字

2024年5月合評会参加作品。詩を書いていたキモオタの青年がもう一回立ち上がるために、治療の夢を見る話です。叫んでるかなあ。部屋で叫んでます。

液晶の画面のなかで跳ね回る美少女。思い思いの四色が、それぞれの青春を謳歌している。謳歌。桜の花のように儚いことばだ―それらが同じ読みなのがなにかの思い違いでないことをぼくは感じたい。そんなふうに思っている。思いながら射精している。

 

ぼくのこの感性がまちがいのないことであるのは事実だった。ぼくは、昔詩を書いていたのだった。そしてその感性は現在に至っても活かされているといえた。

 

実際、Twitter(いまはXなどという風雅のかけらもないことばにされてしまった)では、ぼくは2000人のフォロワーに支えられながら、美少女の美しさについて話し続けている。たとえばこんなふうに。

 

ミーテル:最新話、めるろとふーらが喧嘩してる。例えば些末なゆきちがいによって。こういうことが日常の断層をつくり、それが青春をつくるんだ。

 

シンジ君ばりに精液のついたティッシュを眺めながら、気の遠くなりそうな時間を思う。ぼくたちは一体どこへいって、どこにいて、どこからきたのだろうか。

 

そんなことを考えながら床につく(実際はもうついていたのだった)。めるろとふーらの喧嘩について思う。ぼくの青春は空っぽだ。喧嘩でさえ美しい火花に見えるほどに。

 

まぶたをとじる。急速に意識が低下していく。

 

花をたくさん摘んできたような重たさに目をさます。―そうだ。ぼくはさる先生に師事している書生なのだった。ずくりと痛む腰を上げながら―どうして痛むのかはわからなかった―今日書こうと思っている短歌について、ぼくは思いを馳せるのだった。

女中の持ってきた飯をかきこみ、さっさと支度を済ませてしまって、階下へ降りる。先生にひとつ挨拶を済ませる。―どうやって挨拶をしていたのだろうか。ぼくは長いことネットばかりで話していて人などと話さないのに、うむ?

ぼくはもっぱら、舶来の概念と日本由来の概念をかけ合わせてなにがしかをすることに注力していた。西洋の詩は―ぼくが思うには―公のものでありすぎると思った。わたくしが必要なのだった。少し考えながら、いくつかの詩を編んでみる。

 

美少女のあそぶベランダのうえでぼくは一人考える

美少女は青空に靴をなげてぼくは地面に脚をなげだす

美少女は花を摘みぼくは摘まれる野草になる

ぼくはなんだったろうか?美少女たちよ

こたえておくれ

 

ああ!駄作だ!くだらん、まったくもってくだらん、そもそもぼくは、ぼくは…

 

鉄のように重たい布団に目を覚ます。

そうだった。ぼくは一介のキモオタだった。汗塗れのぶあつい手のひらをみつめる。明らかに脂肪の付きすぎだった。

すこし散歩でもしてみようとおもった。

 

このところ、夢ばかり見る。小さい頃に見ていた夢というのはどんなだったろうか、忘れてしまったが、ともかくそれとは少しばかり性質が違う。

ぼくはありもしない幻想に夢をみているのかもしれなかった。それは例えば、今朝見たような、夢見る文士―夢の中で夢をみるというのはとても変だな。

 

あたりを見渡してみる。眩しい曇り空に公園の景色。特筆すべきとしたら、ツツジが咲いている。ぼくは、ここは世界じゃないとさえおもってしまう。その世界はどこでもよくはなくて、それはあの液晶テレビの置いてあるぼくの部屋なのかもしれない。

風が吹いている。ぼくは帰らなければならないように感じた。味付きの水を買って、帰り道をぶらぶらと眺める。夏の匂いがすこしだけしてくるような、桜の葉のあおさ。

 

青々しいにおいをさせながら、めるろで抜いた。ぼくの愛の大きさに反して、射精の勢いがゆるやかであることに、すこしばかりの悲しさを感じた。ぼく自身が衰えているように感じた。とても悲しい。悲しいという言葉ではこぼれ落ちてしまうほどに。ぼくの部屋の中心で、ぼくが咆哮をあげた。とてもちっぽけだった。

 

けたたましい声と共に目を覚ます。

わたしは、そうだわたしはこの震災、〇〇大震災の事後処理に追われているのだった。国民の前に放つ言葉と官僚の前で放つ言葉の力量の差―そんなものほんとうはないのかもしれなかった―に憮然と、あるいは愕然としながら、わたしはこの官邸で仕事をしているのだった。

 

部下が報告を持ってくる。良い知らせでないことだけは確かだ。

 

言葉が機関銃のように応答しあう。わたしは―いやこの瞬間、ぼくは、とてもかなしかった。何故だろう?国民の命が「わたし」のトリアージに一存されてしまうからなのだろうか?違う。わたしにすらどうしようもないこの大きな襞にぼくは悲しみを感じているのだった。

 

結局、その部下とのやりとりにおいて、わたしがなにを応答したかはよくはわからなかった。ただ、国が良くなることを考えて。結局、それさえもわたしの罪になってしまうことは明白なのだったが。

 

わたしは首相なぞには向いていないのやもしれない―頭の中でいくらかの詩を組み立ててみる。

 

夜明けがやってくる、美しい夜明けがやってくる

それをぼくたちはみることができない

美しい夜明けはあたらしく陳腐になってしまうので

ぼくたちは機関銃ででむかえるしかなかった

タラッタラッタ

タラッタラッタ

 

くだらない。わたしはこんなことですらくだらなくなってしまったのか?

 

―いや、違う。ぼくはまだ、くだらなくなどはないよ。まだやれるんだ。まだ、まだ。

 

大声で目が覚めた。布団はとうにはねのけられていた。ぼくのペニスがよれていた。

 

―まだ、やれる。まだ、まだ?ぼくはいま、やってるんじゃなかったのか?

 

おもむろに液晶をまたたかせる。四色の美少女は相変わらず跳ね回っている―ぼくがBD版を購入したおかげで、彼女らはいつでも見ることができた。

液晶は固着している。どこまでも、彼女らは見送ることしかできないのだ。

めるろ。ふーら。わるた。ろら。彼女らはあくまでもテクストでしかなかった。どこまでも。

 

ぼくは歩いてゆけるだろうか。

 

もう一度、詩を書いてみなければならないのだろう。そのためには、詩の雑誌を買う金が入り用だった。

 

公園の方向まで歩いてゆく。その方向にハローワークがあった。灰色のその見た目が気に入らなかったので、今まではいることもしなかった。ぼくは、本当に、あの部屋の獣だったのだ。

 

「やっていくこと」を選ばなければならないのかもしれない。いや、選ばなければならない。ハローワークの手続きは意外にも煩雑で、ぼくは家に帰ってから登録した番号で職を探さなくてはいけなかった。

 

めるろ。やっていくよ。

 

ぼくは花園の中で叫ぶ。そしてそこから出ていく。もう一度君たちの中で叫ぶ技術を手に入れるために。

2024年5月2日公開

© 2024 Tofu on fire

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