ここにいるよ(17)

ここにいるよ(第17話)

高橋文樹

小説

11,188文字

教誨という救いを見出した「私」をある欲望が捉えていく。聖書にのめり込んでいくほど浮かび上がってくるマサキと「私」の類似点が、「私」に何かを書かねばならないという気にさせていく。

ついに私は洗礼を受けた。頭から水をかけられ、マツザワ神父は祈りを捧げた。五人もの刑務官が付き添った。その荘厳な雰囲気にやられた私は、自分も何か祈りを捧げなくてはと焦り、もごもごと適当な文句を口走った。天にまします我らが主よ、畏くも我らを見守りたもう主よ、御名が崇められますように――呼びかけはするものの、決まり文句から先が続かなかった。私自身が神にどうしてほしいのかがわからないのだ。私は祈るのが苦手だった。

洗礼名は誕生日からセバスチャンとなった。私は習いたての書道の腕を揮い、半紙に自分の名前を書いた。慣れ親しんだ苗字と名前の間に「セバスチャン」と書かれているのは、どこか滑稽だった。

教誨の回数は年十回と限られていたが、一回の時間が伸びた。ミモミはそれが処遇部長の特別処置だといってはしゃいだ。伸びても三、四十分が普通で、二時間にもなることは滅多にないらしい。マツザワ神父だって忙しい。支えてくれる多くの人のためにも、これからますます信仰に励みなさい。そう言われると、なんだかがんばるような気になるのが不思議だ。

努力の一貫として、私は聖書以外の読書を止めた。原典主義を貫くのが熱心な信者だと思ったからだ。解釈につまずいた場合は、マツザワ神父に尋ねた。即答できなかった場合、神父は次の教誨までに必ず答えを持って帰ってきた。

やがて私は悩み多き死刑囚となった。独居房で座居しているうちにも、「贖罪と救済」――松沢神父がもっともよく口にした二つの言葉――に関する思いがふつふつと湧き上がってくる。私は二人の人間の命を奪い、もっと多くの人を傷つけ、戸惑わせ、その信仰を踏みにじってきた。その罪をどうやったら償うことができるだろうか。死んでしまった人間たちの祈りを、そしてまた、こうした罪を犯した私自身を、どうやったら救うことができるのだろうか。いつもそう悩んでいた。

そして、悩みは方法に対してだけではなく、自分自身にも及んだ。ちょうど、自らの細胞に苛まされる癌患者のように、信仰の自家中毒とでも呼ぶべきものに陥っていたのだ。

私は本当にキリスト者たるべき資格があるのか――それはもっとも大きい悩みだった。死を宣告されて怯える者にとって、キリスト教の提唱する「贖罪と救済」は魅力的だ。死の恐怖から開放されたい、この恐怖になんらかの意味を与えたい、そういった願望から、あっさりと信仰の門をくぐってしまうこともあるだろう。それはもっとも許されないことのような気がした。仮に「贖罪と救済」があるにしても、それこそ「駱駝が針の穴を通るより難しい」のであって、簡単にはなしえない。思想的マゾヒズムでもなく、とりあえずの保守主義でもなく、信仰以外にないという思いを抱くまで、門をくぐってはならないのではないか。第一、私はそういう考えから、一度仏教を突っぱねている。

それでも、松沢神父の語り口は強固な疑いの壁を溶かしていった。

「それでいいんですよ。自分が熱心な信者だなんて思う方がよっぽど怠慢です。はっきり言っておきます。いつも自分の信仰を疑いなさい」

神父はまれにキリストの決り文句を口にした。《Assuredly, I say to you》――はっきり言っておく。私の考え違いを指摘するのではない、単なる断言。その福音は私を酔わせ、思考を溶かしてしまう。さらに、疑うことの苦しさが酔いを回らせる。神父との対話を終えた瞬間は、自分の心の変わりように気付かなくても、ある程度の時を経て振り返れば、たしかに変わっていた。ミモミの言葉を借りれば、私はこの拘置所史上、もっとも熱心なキリスト者であった。

 

もしもあのまま信仰の道を歩んでいれば、私は満ち足りた気持ちの中で死刑台に上ったことだろう。色々なことを神の領域に預けたまま。だが、そうはならなかった。

二度目の改宗の光が差したのは、独居房で聖書を読んでいる時だった。その光は『ルカによる福音書』の中に煌いていた。『今の時代の人はよこしまだ。しるしをほしがる』――私はそこにつまずいた。

もう何度も読んだ箇所のはずだった。その頃の私は聖書の写経という荒行に挑んでいて、B5判ノートに全文を書き写しているところだった。何の気なしに私はその文を漢字に変えて書き写した。「よこしま」と「しるし」が平仮名で書いてあるのはガキ臭く、神秘性に乏しい気がしたからだ。

『今の時代の人は邪だ。徴をほしがる』――そう書いて私は絶句した。それはまさにマサキがあのけったいな書物に切り張りしていた文句だったからだ。

私はすぐさまミモミに頼み、マサキの書いた『マルキオンのように』を取り寄せてくれないかと頼んだ。ミモミはとたんに嫌そうな顔を浮かべた。

「あれがおまえにいい影響を与えるとは思えないな。犯罪思想の本だろ」

それでも私は頼み込んだ。償いのためにどれほど必要かということ。キリスト者になった今ならわかることが増えたはずだということ。ミモミはしぶしぶ承諾した。

「まあ、頼んではみるが、期待しないでくれよ」

彼のことを疑うわけではないが、本当に頼んでくれたかどうかは怪しい。すぐに「統括の許可が下りなかった」という答えが返ってきた。諦められない私はマツザワ神父に応援を頼んだ。神父は快く引き受けたが、結果は同じだった。それならばと父を通じて茂庭先生に頼んだが、彼女は「再審請求をするためではないけれど」という私の前置きにむしろ苛立ったらしかった。結局、マサキの本を手に入れることはできなかった。

となると、憶えていることを材料にするしかなかった。書名と、引用の一部と、うろ覚えのあらすじ。私は聖書原典主義をやめ、入手可能な書物を貪り読む生活に舞い戻った。マツザワ神父とミモミはあまりいい顔をしなかったが、独学をやめるつもりはなかった。

はじめは乏しい材料だと思ったけれど、それでもわかることはけっこうあるものだ。半年ほどたてば、マサキに対することはだいぶ整理がついていた。

紀元二世紀頃、キリスト教には「グノーシス」と括られる異端が存在した。グノーシスとは「認識」という意味であり、諸派の目的は「認識を変えることで世界を変える」に集約される。その教えによると、世界は穢れたものである。神々の中のできそこないである創造主デミウルゴスが間違って作った世界だからだ(ちなみに、キリスト教と異なり、グノーシスでは創造主=最高神ではなく、神は複数いる)。それでも人の中には最高神に属する霊的な部分が残っていて、認識の変化によって、その霊的な部分だけは、最高神による救済をうけることができる。霊的な部分はプレーローマ(仏教で言うところの「浄土」とか「涅槃」だろう)に回帰する。

マサキが書名に採用した「マルキオン」はグノーシス派の一教主だった。後にマニ教へと発展していくことになる一派だ。彼が他と異なるのは、霊的な部分を否定し、人を救うことになる神は創造主でもその祖先でもなく、なんの関係もない赤の他神であるとした点だ。神は人と無関係であるがゆえに、人を救う。

それだけでもかなり奇矯なのだけれど、マルキオンの特異な部分はもう一つある。彼は聖書を改竄したのだ。他のグノーシスが聖書の解釈だけで独自の教えを導きだしたのに対し、グノーシスは聖書を変えてしまった。

もともと新約聖書はキリストが書いたものではなく、信者達の書いた二十七の文書を編集した選集アンソロジーだ。成立年代には諸説あるけれど、マルキオンの頃にはもうほとんど固まっていた。採用されなかった宗教的文書は外典とか偽典と呼ばれ、残っているものもあるが、大体は散逸した。

マルキオンは新約に収められた二十七の文書を選定しなおし、十の文章に減らした。なんとなく破滅的で、「グノーシスの中のグノーシス」というセレクションだ。

そこまでわかると、マサキの書いた書物のこともわかる。世界、つまり他者に対する圧倒的な敵意。自己を絶対視する姿勢。破滅願望と終末思想。そのくせ、無関係な他人に多くを求める。「すでに救いは訪れていて、それに気付かせるために殺す」などと、認識を楽園回帰の契機にしようとする点。「他者はすべて殺され救われるが、マサキ一人は生き残って救われず、アンチキリストとなる」という、子供じみた英雄主義と御節介な自己犠牲。

彼の抱いていた思想を考えると、彼とあまり関わりのなかった私が共犯者に選ばれたのもむべなるかな、という感じだ。ただ、人と人とが根本的に無関係だということはありえない。彼が選ぶのは、やはり私でなくてはならなかったのだ。彼にしかわからない理由で。

なんだかんだと分析することはできるが、とにかく、マサキの抱いた信仰を馬鹿にすることはできないような気がした。自分だけの聖書を書こうとしたことも、彼にとっての唯一の選択だった。結果がどんなに最悪だったとしても、笑うべきではない。

『一冊の聖書を書くことこそ、人が完全な存在になるために選ばねばならない狂気だ』――そんなドイツ語を昔の私は読んだことがある。読んで解釈するよりも、書くことの方へ魅せられるのは、当然の帰結だ。私もまた、例外ではなかった。

いや、自明の理ではない。私が自分だけの聖書を書きたいと思った理由――それはおそらくミユキの死が関係している。

2015年8月5日公開

作品集『ここにいるよ』第17話 (全26話)

ここにいるよ

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© 2015 高橋文樹

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