ここにいるよ(15)

ここにいるよ(第15話)

高橋文樹

小説

6,498文字

殺人容疑で逮捕された「私」の元を、様々な人が訪れる。人権派の弁護士、検察官、父、恋人のミユキ。いつ果てるとも知れない取り調べが続く中、父から驚くべき知らせがもたらされる。その真意に絶望した私はもう戦うことができなくなる。

面会には誰も訪れなかった。というよりも、ミナガワがシャットアウトしていたのだろう。私は誰とも交流することなく、ただ取り調べを受けていた。それも、取調べというより、ただの堂々巡りだった。自白調書に署名するかしないか。その押し問答だった。

ミナガワは狡猾で周到なストーリーライターだった。彼の作成した主意書によると、一連の事件はだいたいこんなふうになる。

主犯Mは日本の最果てのM島出身で、北欧の血を引く父と、日本人の母の間に生まれた。アメリカ軍属だった父は二人を置いて祖国に帰り、母はMが幼い頃に発狂した。親戚はいなかったため、Mは母の友人の下に引き取られ、不遇な少年時代を過ごした。学童保育でキリスト教に接近。洗礼名をポールという。十八歳の頃、大学受験に失敗。東京へ出て、全寮制の予備校に入学。一年後、再び受験に失敗。進学を諦め、アルバイト生活を送る。Nにあるカソリック教会へ足しげく通うも、二年後にはぷっつりと姿を消す。Sに頻繁に出向くようになり、いくつかの目撃証言がある。暴力団組員とも面識あり。この頃、独自の宗教を創設する志を抱く。同時期、国会図書館の利用者登録をしており、異端研究の本をよく読んでいる。その宗教によれば、行きずりの殺人を犯すことで、殺された人は救われる。アルバイトの同僚であった共犯者Kと再会した頃から、その計画を実践し始める。

共犯者Kは、東京の隣県N市の出身。同じく不幸な家庭に育つ。大学時代のアルバイトでMと同僚になる。卒業後、一度会社勤めをするも退職。交際相手Mに生活の面倒を見てもらい、無為の日々を送る。そのさなか、Mと再会。彼の思想に共鳴し、殺人計画に荷担。友人のMを単独で殺害した後、Nでホームレスを殺害。その後、何度かの殺人を手伝うも、Mと決裂、Mを殺害する。

ミナガワが作成した主意書はもっと長かった。ここに書いたのは私の要約に過ぎない。きっと読み飛ばしてしまった退屈な法律用語にこそ、私の処遇を決める文言があったのだろうけれど、それを見破ることはできなかった。本気を出した法律家の言語能力に手がかりなく挑むのは、エジプトの神聖文字ヒエログリフを読むのと同じことだった。

「俺はこういう幼稚な思想とやらが大嫌いなんだよ」と、ミナガワは吐き捨てた。「大体、何が救済だ。英雄気取りが聞いて呆れる。世界を救おうなんざ、おこがましいんだよ。大体、世界中の人間を殺すつもりだったのか? どれだけ時間がかかると思ってるんだよ。いいか、おまえらは最高でも一日二人しか殺していない。全員殺すには、百二十億日以上かかるんだぜ? 三千万年以上かかる。おまえはそれぐらいちっぽけな存在なんだよ」

滑稽な試算なんかされなくても同意見だ。が、ミナガワの敵意は激しく、私を徹底的に追い詰めようという意図が見え隠れしていた。

彼は万に一つを考えたのか、私を簡易鑑定に付した。試験は半日がかりだった。はじめは「ロールシャッハテスト」や「バウムテスト」などのドイツ語的響きに胸を躍らせたが、なんのことはない、連想ゲームやお絵かきだった。カウンセリングもどこかおためごかしのような、抽象的な質問ばかりだった。どこかの大学病院の精神科医らしい白衣の男は、十八枚に及ぶ鑑定書をこしらえ、「高度の分裂気質者だが、反社会性障害、行為障害ともになく、責任能力は十分ある」ことを証明した。

実はまだ、逮捕から六日間ほどしかたっていなかった。それでも、私は従順な犬のようになっている自分を発見した。座りの悪くなってぐるぐると回る頭では、自らの言動に責任が取れそうにない。ジリ貧だ、という考えだけがはっきりしている。私はボロ綿のように疲れきっていた。供述調書に署名するのも時間の問題だった。

「どうだ。認めたら、面会できるぞ」

ミナガワは囁くように言った。私はその取引を不当なものだと感じつつも、誘惑に抗えそうもないと観念した。せめて殺意だけでも否定するのが基本方針だったし、そうするのがあらゆる点において正しかったのだが、「はい」というたった二音節の言葉がもたらす大きな被害に怯えることすらできないほど、ぼろぼろになっていた。

ミナガワが読み上げた、高校の同級生の証言――被疑者Kはしばしば、***元史と兄弟だと嘯いていた。

「つまり、おまえは***元史を兄弟だと思っていて、何か生贄のようなものとして殺した。そうだろ」

私は「はい」と短く言った。

「よし、じゃあここに署名しろ。面会させてやるぞ」

私は判断のつかない頭で調書に目を通した。救済のために明確な殺意を持って元史を殺した、と書かれている。裁判になって自白を撤回しよう――そんな希望を抱いてペンを動かした。

 

翌朝、とても偶然とは思えないほどのタイミングで面会に訪れたミユキと話をした。彼女は私が面会を拒絶したことを責めた。私はそれに勇気を得て、告発めいた口調で言った。

「違うよ。拒絶なんてしてない。検察官が勝手にやったんだ。孤独にさせて、自白を導き出そうっていう魂胆だよ」

「そんなのが許されるの? 人権侵害じゃん!」

ミユキは憤り、活気を取り戻した。が、刑務官に面会の中止をほのめかされると、失望が顔一面に広がる。

「私、弁護士の人に相談してみる」

彼女は刑務官を警戒してか、ヒソヒソ声になった。

2015年8月4日公開

作品集『ここにいるよ』第15話 (全26話)

ここにいるよ

ここにいるよは3話まで無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2015 高橋文樹

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


5.0 (1件の評価)

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

裁判

"ここにいるよ(15)"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る