方舟謝肉祭(15)

方舟謝肉祭(第15話)

高橋文樹

小説

10,041文字

小説を書くとは、いったいどういうことか? 性格の悪い語り手Fは、そんな問いを弟子DDに投げかける。インチキ手品師呼ばわりされることを厭わない彼が、自らの書いた小説「方舟」に下した評価とは。

Chapter Four……マギー司郎と呼ばないで

(二)

 

さて、DDよ。こんなことを尋ねるのは、弱気な職業作家みたいで嫌なんだが、おまえは第参章の『方舟』という小説についてどんな感想を抱いた? よくある一代盛衰記だと思っただろう。宗おじさんの晩年が書かれていないと思ったかもしれないな。そこそこいいが、少し物足りない――もしそう思っていてくれたら、『方舟』は成功だったということになる。言い訳じゃないぜ? 満足しちまったら、人は読み進めないからな。

DDよ、俺が『方舟』を書けるようになったのは、もちろんミツムネ氏に会ったからだ。それはおまえも一緒にいったから知っているはず(ところで小説に書かれた自分に出くわすというのも、なんだかむず痒いもんだったろう?)。でも、おまえは観光気分で付き合ったから、俺が具体的にどんな資料を手に入れたか、知らないんじゃないか? そういう意味で、俺達の関係はフェアじゃない。俺はなんでも知っている作者で、おまえは何も知らない読者だ。おまえからしてみたら、俺は都合のいい「真実」だけを語っているかもしれないもんな。まあ、これが小説である以上、俺が何を書いたところで同じことだが、せめてもの誠意ぐらいは見せようじゃないか。ここらで一つ、資料解題といこう。丁寧だろ? 「二十世紀の墓掘り人」たらんとする俺なら、それぐらいのサービスはしないとな。そうだろ?

 

一、宗おじさんの手になる小説

腹を抱えて笑いたくなるような事実だが、宗光おじさんは昭和一一年に小説を書いた。ミツムネ氏の話では、石川達三の『蒼氓』に影響を受けて書いたそうだ。タイトルを『昇龍絶夢』という。

『蒼氓』といえば、昭和一○年、第一回芥川賞を受賞している。太宰治の『逆光』を蹴散らし、彼をして川端康成に「刺す」という手紙を送らしめた作品だ。俺なんかは太宰のエピソードからこの作品を知ったくらいだが、なかなか面白い。昭和恐慌時のブラジル移民船を扱った作品で、当時の惨状がよく描かれている。社会主義にありがちな告発調が少し胡散(うさん)臭いが、語り手の正義感ぶりも微笑ましく、その名に恥じない名作だ。それに、移民を扱った作品は多いが、移民船を扱った小説はあまりないらしい。

ミツムネ氏によると、この頃の宗おじさんはかなり金に困っていて、たまたま『蒼氓』を読んで、これなら自分も書ける、一丁小説でも書いて金儲けをしようと思ったらしいのだ。もちろん、当時のミツムネ氏はまだ子供だったから、その経緯は戦後になってから回想として聞いたらしい。

『昇龍絶夢』はついに出版までこぎつけなかったが、四〇〇字詰め原稿用紙で三百枚の大作だ。当時の人は文字を書きなれていただろうが、三百枚となると結構な労力だ。実際、素人とは思えないほどちゃんと書かれている。

書かれているのは、「新規事業」を企てた一連の遭難事件だ。松屋汽船の勃興については、別の資料(柳井市の郷土資料など)を元にした。

二、宗おじさんの日記

わりと筆まめだった宗おじさんは、遭難直後から日記をつけるようになった。一九四三年、日本が戦争で劣勢に回ってからはぱたりと筆が止まってしまうが、それまではほとんど一日も欠かさずに書いてあるから、かなり参考になった。

日記の冒頭には、日記を書くに至った経緯が記されている。そこら辺はまあ、『土佐日記』の「男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり」と同じだな。余計な前書きがあるんだ。宗オジさんの場合は「儚クモ散ツタ幾ツモノ生命ガ有ル事ヲ思ヘバ、日々ヲ記サズニ居ル事ハ出来ナヒ」と、まあ詩人なのだよ、これが。

日記というより、回想録のような内容で、例の南洋航海についての回想がたくさん記してある。まあ、人に読ませるために書いたわけじゃないから、言葉足らずというか、「ニホンハ公学校ニ入学」とか、いきなりわけのわからない言葉が出てきて戸惑ったりもするが、小説と突き合せて読むと、なんとなく意味が取れるものだ。ちなみに、「ニホン」とは郷中金之助氏のお手伝いの子供の名らしい。現地民はそういう無茶苦茶な名前をつけられたそうだよ。昭和初期に南洋で学校勤めをした中島敦の小説によれば、「シチガツ」とか「ハミガキ」なんていう悲惨な名前のガキもいたらしい。

ところで、DDよ、俺はいつかおまえに昨今のブログ隆盛に苦言を呈したことがあるな。人の書いたものはちゃんと読まないくせして、どいつもこいつも発信者にだけはなりたがる、とな。だが、俺はあれを撤回したい。誰かが書いた日記というものが、思わぬところで役に立つこともある。それは瑣細な記録として実に重要な資料体(コーパス)だ。俺は今や、「ビバ日記!」と叫びたいような気分だよ。

 

三、ミツムネ氏の証言

生きた証言というのは、物語にリアリティを持たせるためにも、大事なものだ。俺がお祖母ちゃんから貰ったお小遣いで買ったICレコーダーを憶えているか? あのSONY製の三万円のやつだよ。九十時間は録音できる優れものだったが、そのうちの十時間分ぐらいをミツムネ氏のインタビューに当てた。もちろん、会話が暖まるまでの無駄話もすべて録音してある。案外、そういうところに真実(らしきもの)が(きら)めいたりするからな。

(くだん)の事件はミツムネ氏が生まれる前だから、ミツムネ氏の知っている情報は宗おじさんによる伝聞になる。もう古希を過ぎたとはいえ、あんなに洒落者のお爺さんだから、わりかししっかりしてたよ。年を取るとお喋りになるが(しかも自分のことばっかり!)、こういう場合はありがたい。そんな昔のことに興味を持つ若者というのも少ないから、喜んで色々話してくれたよ。情報も事細かで、細密画(ミニアチュール)みたいな描写をしてくれた。たとえば、宗おじさんの愛用していた草履の鼻緒の色だとかな。

ただ、テープ起こし作業はほとんど苦痛としか言いようがなかった。標準語で話してくれるのはいいが、何しろムニャムニャしてるから、よく聞き取れないんだ。

DDよ、俺は話し方口座の存在を馬鹿にしていたが、あれもブログと一緒で、案外重要なものかもしれない。発話の仕方が下手くそなせいでプレゼンを失敗したリーマンの話はよく聞くしな。人はもっとちゃんと話すべきだ。口を大きく開けて。いつだったか、ウィーン少年合唱団が来日したとき、『ドラえもんのうた』を正しい発声法歌って爆笑を誘ったけれど、あれはアリだったんだろうな。

 

2007年11月6日公開

作品集『方舟謝肉祭』第15話 (全24話)

方舟謝肉祭

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© 2007 高橋文樹

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