方舟謝肉祭(9)

方舟謝肉祭(第9話)

高橋文樹

小説

11,049文字

ついに南洋航路へと船を出した宗おじさん。大正時代の航海は辛く危険に満ちたものだったが、ついに南洋群島の一つであるパラオへと辿り着く。パラオは南海の極楽さながら、珍かなものに満ちた楽園だった。確信を深める宗おじさんのかたわらで、芸妓の歌が悲しく響く。

Chapter Three……方舟

二‐一 南海の楽園

 

「あらあ、これが極楽行きの船ですの?」と、芸妓のみつは心底驚いたように目を丸くした。

「うちらは石炭じゃありませんえ」

「途中で捨荷されたら叶わんわ」

芸妓達がそう軽口を叩きあっている眼前には、松屋汽船の船、海光丸があった。かつて九州の三池から上海( シャンハイ)へ石炭を運んだ船体はあちこち(すす)けている。

「まあ、中は綺麗じゃけえ、文句は言うな」

小見はそう言うと、船へと続くタラップに七人の芸者達を誘導した。小波で揺れると、それに併せて「あれえ」と声が上がる。

「小見君、早くしてくれたまえ。彼女達が乗り次第出るよ」

船上から呼びかける声がする。左舷には日本郵船から松屋汽船に移籍して船長へと格上げになった種村がいた。船長を示す徽章(きしょう)を肩に光らせ、あくまで慇懃に急かす。もうボイラーに火は入っており、エンジンの鼓動が船を小刻みに揺らしている。

「さあ、乗りました、船長!」

小見が合図をすると、人足がタラップを外す。(もやい)(づな)を外された海光丸は、大きな汽笛を鳴らし、ゆっくりと神戸港を離れていった。桟橋から松屋汽船の職員が万歳三唱で見送っている。その中に松永伝衛門の姿はなかった。大正十一年五月七日、正午の陽を照り返す穏やかな瀬戸内海からの船出である。

宗光が南洋への視察旅行をこの時期に決めたのは、移民会社の陣内が南洋商会へ移民を送る機会があると言ってきたからであった。いつもは山下汽船やらの大手に庸船するのだが、日頃の付き合いもあり、宗光の新事業に興味もあったので、松屋汽船に要請したという次第である。宗光にしても渡りに船で、移民やその他の雑貨を積んでいけば大赤字になるという事は無い。これを機に、神戸銀行の中村が言っていた事業報告書とやらを完成する算段であった。

もちろん、視察とはいえ失敗は許されなかった。もう五月、南洋の各島に南洋庁が設置されている。

それに、南洋周遊に携わる六〇〇〇総屯の新造船の建造は、馴染みのある三菱造船長崎造船所に依頼してあった。旅館経営に携わる金之助の助言に従い、どの船室も中の上くらいになるよう気を使った。移民船で三等の蛸部屋に押し込められるような庶民が満足するぐらいの大きさである。個室は経済的に、そして、共用部に気を使った。食堂や英国風サロン、読書室、談話室などには(なら)材を使い、海外の家財を置いた。一流の各国の貴賓が来たとしても対応できるほどの造りにした。

風呂も大きめ、貯水槽も大きく取った。船旅で不愉快なのは、水を自由に使えないことである。生活にしか目の向かない庶民を満足させるためには、普段の生活を回顧せしむるような不手際があってはならない。

豪華とも言い切れないが、快適さの点では群を抜いている。そんな船であった。

「変わった船を造りますな」と、三菱の社員は笑った。「まあ、二隻目はもっと安くできますよって、上手く行ったらまたうちで造って下さい」

事前に聞いてあった通り、建造費は百万円を少し上回る。とりあえず二十万を払い込み、残りは完成までの半年の間、四十万を月賦で払う。そして、残りの四十万を完成後の売上で月割りに、という風に話がついた。

しかし、三菱造船の社員が笑ったのは、松屋汽船の事情を知らないからである。実際ははじめに払い込んだ二十万で目一杯であった。もしも神戸銀行が社債の引き受けを断れば、会社の資産はおろか、柳井本家の土地も切り崩さねばならない。それを承知で勝手に進めた話だった。

この視察は必ず成功させてみる。宗光は海光丸の船首に立って波頭を切って進む船の行く末を見つめていた。

「なんとか形にはなりましたな」

話し掛けられて振り向くと、今回の移民を集めてくれた陣内が葉巻を吹かしている。

「のおた、移民室の居心地はどうじゃろう」

「さあ、まだ見てませんがね。しかし、まあ、移民船の居室いうんは、大抵元船倉ですから。日本を去るのは最後ですし、食事ぐらいは美味いものを食わせてやりますが」

「ほお、移民ちゅうのは、そんな覚悟で行くんか」

「いやあ、彼等はすぐに帰って来るつもりでしょうが、なかなか金が貯まるもんでもないですよ。大抵は移住するいいますから」

「はあ、そういえば、南大尉が南洋でも郵便貯金が出来るちゅうとったわ。土人でも幾らか貯金する(もん)がおるちゅう話です」

「そないなら、ますます帰れませんわ。そのうち寺や神社も出来て、墓も出来て、本土と変わらんようになりますわ。沖縄みたいなもんです」

「ははあ、沖縄はそんなに移民が多いんか」

「ええ。今回は和歌山県民ですがね、あちらには沖縄の人間が多く行っとるそうです。ほら、沖縄は不況やさかい、職も()うて、帰るに帰れないそうですわ」

()ぬるに去ぬれんか」

宗光の呟きに陣内は苦い表情をした。長く伸ばした前髪を七三に分けた陣内は、文士のような華奢な感じがあり、どこか子供じみてもいたが、その分、感情を率直に表した。おそらく、彼は移民を送る仕事に携わりながら、どこか彼等を騙しているような気がしてならないのだろう。

と、突然陣内の顔に優しい笑みが宿った。

「しかしね、宗光さん、私はあなたの方針に賛成なんですよ」

「はあ、それや耐い難いのお」

「ええ、庶民が海を超えて異国に旅行に行くというのが如何(いか)にもいいですわ」

「まあ、希望的観測というやつじゃがの」

「きっとそうなりますよ。日本はどんどん変わっている。いつまでも無産階級は無産階級のままでいませんよ」

陣内はそう言って笑うと、葉巻を海に投げ捨てた。葉巻は風に踊ると、潔い鳥のように後方へ逃れていった。

言葉も無く、海光丸の舳先(へさき)が黒潮を切っていく音に耳を傾けていると、甲板にボーイがやってきて、食事の用意が出来たことを継げた。二人は食堂に降りて行った。

三十人ほどならぎゅうぎゅう詰めで入れられる食堂に、宗光ら五曜会の面々と芸者達、そして甲板員が入った。本来は乗組員と客が食事を共にすることはないが、なにぶん食堂が狭いので交代制で矢継ぎ早に食べなくてはならない。視察旅行限定の臨時措置だった。

昼食は萩俊介が手がけたものだった。白米にコンソメスープ、(あじ)のフライに海産物のシチューである。そこそこ腕のいい洋食屋だったが、郵船で修行を積んだだけあって、格段に腕が向上していた。

「こんなに美味いもんなら、毎日同じでも良えわ」

宗光がそう叫ぶと、食卓の脇で鯱張って立っていた萩は泣いた。彼は洋食屋を辞め、すべてをかけて松屋汽船に入っていた。

芸者と移民達にも感想を聞いたところ、感想は上々であった。とりわけ、舌の肥えた芸者に美味いと言わしめたのは宗光にも萩にも自信になった。

午後になっても晴天は続いたので、一つ催し物をすることになった。芸妓の一人であるせい海女(あま)(うた)を披露する。紀州には海女が多い。移民達は郷愁に酔い、見知らぬ土地へ向かう自分達を思って泣いた。

2007年7月16日公開

作品集『方舟謝肉祭』第9話 (全24話)

方舟謝肉祭

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© 2007 高橋文樹

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