小僧のザリガニ

高橋文樹

小説

5,245文字

幼かった私は公園で話しかけてきた年かさの男の子たちに連れられ、ザリガニの漁場を目指すが、あるトラブルに巻き込まれる。「夏の実話」をテーマにした、第二回SS合評のための掌編。

ひょうたん池よりももっといい場所を教えてやる——年嵩としかさの男の子にそう言われると、スルメを垂れた釣り糸がピンと張る時の甘やかな重みが私の手に戻ってくるようだった。私と友人のTはその日、東大グラウンド——のちに知ったのだが、東大ではそこを検見川運動場と呼んでいた——のひょうたん池に行くはずで、大人を伴わない初めての釣りだった。プラスチックの青いバケツと、上州屋で買ってもらった一二八〇円の釣竿と、虫カゴが私たちの装備だった。年嵩の男の子は、力一杯漕いだブランコの高みから私達のフル装備を見下ろし、言った。

「そんなんじゃ、釣れないよ」

私は、そしておそらくTは、恥ずかしいような気持ちになった。このお兄さんは、おそらく本当のザリガニ釣りに必要な装備を知っているようだった。

「俺がもっといい竿、貸してやるからさ、おいでよ」

その言葉を聞いたとたん、父が買ってくれた釣竿が急に頼りないものに見え始めた。私は一緒に公園に来ていた姉に釣り具を託すと、それを持って帰ってくれるよう頼んだ。姉はさらに一緒に来ていた近所の女の子たちの方へ走り、釣り具をベンチへ置いた。私はついて来る気配がないことを確認して安心した。なぜなら、女は必要ないからだ。

Tは不安げな表情をしていたが、その不安が私をなおさら意固地にさせた。私が強く誘うと、Tはついて来ることになった。Tは私に逆らうことがなかった。

年かさの男の子は二人いて、一人はとても背が高かった。いま思い返すとそんなはずはないのだが、私の背が彼の腰ぐらいまでしかないような気がした。もう一人の帽子をかぶった少年は、おそらく長身の少年の子分だった。二人とも小学生で、もしかしたらもっと大きいのかも知れなかった。私は長身の少年を自分に、帽子の少年をTになぞらえた。学ぶべき大人の見本がそこにはあって、私はまだ小学校にも入っていなかった。

ザリガニの漁場は花見川沿いにあるらしかった。私とTが行こうとしていたひょうたん池のある東大グラウンドのもっと向こう側だ。私の家から東大グラウンドへは歩いて五分の距離だったが、まだ五歳だか四歳だかの私が外周二キロはあるグラウンドの向こう側へ行くことは稀で、その先さらに五〇〇メートルは離れている花見川沿いへ一人で行ったことはなかった。私の親は暗くなった花見川沿いに人さらいがでるということをよく言っていた。

少年たちは川にかかる橋のたもとで道を折れた。そこはサイクリングロードになっていて、自転車が三台も並べばもう一杯になってしまう道だった。左手は川、右手はうっそうとしげった竹林になっていた。時折、看板が掲げてあり、ナマズの絵や溺れる子供の絵が書いてあった。下水が流れ込む土管位からは洗剤が白い泡を立てていた。以前、Tの父親に連れられて行ったハゼ釣りで見た川とはまったく違う恐ろしげな匂いが、まだ陽の高いうちから漂っていた。

自信ありげに先を進む二人の少年についていくために私は必死に歩いた。少し太っていて、運動神経の悪いTを見たが、彼もまた同じ必死さで歩を進めていた。Tはいつも白いランニングを着ていて、水筒をかけた肩が赤く擦れていた。私は彼が水筒を持っていることがひどくバカに思えた。こんなに歩かなければいけない日に、ママのいうことを聞いて荷物になる水筒を持ってくるなんて。私は自分がけしてTよりも後ろを歩くことがないようにペースを調整した。Tは息を荒げながら、必死に置いていかれまいとしているようだった。

一キロは歩いたところだったろうか。いままで来たことがないほど遠くへ来た。少年たちは「休もうぜ」と提案した。そこは二本目の橋のたもとで、水門のような施設があり、その脇に砂利の駐車場があった。車が三台停まっていて、そのうち一台はパンクをしているらしく、右肩が下がっていた。私は先に座ったTの隣に腰を下ろし、水筒の麦茶を分けてもらった。Tよりも後に飲むと汚いと思い、彼よりも先に飲んだ。Tは特に逆らわなかった。

「あとどれぐらい?」

私が尋ねると、長身の少年が「半分ぐらい来たよ」と答えた。あと半分ならなんとかなりそうだった。帰りは一本だし、ちょっと遠いけれど日が落ちる前には帰れるだろう。日差しはまだ高かった。風はなく、太陽がその指で私たちを頭上からつついているように感じた。

少し休んで橋を過ぎると、道は徐々に狭くなった。右手は雑木林と畑が交互に現れ、左手の土手の草も深くなっていた。大きな公園を過ぎ、一度車道に出た。三本目の橋だ。車はほとんど通っておらず、消えかけた横断歩道があるだけだった。さっき橋を渡ったから、もう残り半分を来たのだろう。私は「ついた?」と訪ねた。だが、長身の少年は「まだ、もうちょっと」と答えるだけだった。私は少しずつ疑念を膨らませていった。少年は何度か川の土手をおりて、「ここじゃなかった」というようなことを口にした。もしかしたら、この少年はザリガニが山ほど取れる場所なんて知らないのではないだろうか。ひょうたん池だって夕方までいれば十匹は釣れた。餌をゴカイにするとダメだが、スルメなら絶対にそれぐらいは釣れる。こんなに遠くまで歩いて、しかももう昼もとっくに過ぎているし、釣りをする時間だってもうほとんどない。三時、おそくとも四時までには帰らなくてはいけないのに。

「なあ、あの人たち、迷子になったんじゃない?」

三度目の休憩で私はTに訪ねた。Tは土手の畑に座りながら、うなだれていた。足の遅いTのことだ、もう疲れ果ててしまったのだろう。私は麦茶をわけてもらおうと思ったが、やめた。もう麦茶は残り少ない。それに、Tの肩は水筒の紐でこれ以上ないというほど赤くなっていた。

「もう帰ろうよ」

私が言うと、Tは顔を上げ、その太い眉毛を八の字にくねらせながら、「でも、帰り方がわかんない」と呟いた。私はTを安心させるため、小枝を拾い、よく耕された柔らかい畑の土に四角形を描いた。

「ほら、ここが東大グラウンドだろ? 橋のところで曲がって、ずっと歩いてきた。だから、二回曲がればおうちに着くよ」

私は四角形をなぞりながら、その溝を深くしていった。そう、右に二回曲がるだけだ。それだけで、ありもしないザリガニの漁場から家に帰れるのだ。私は最後のカーブをなぞりながら、持っていた枝をピンと跳ね上げた。あのザリガニがスルメを掴んで宙に浮かぶときの重みと恩寵が懐かしさを伴って私の腕を撫でていった。来た道を戻るのは絶対に嫌だった。

「もう少しで着くよね?」

Tは少年達に訪ねた。帽子の少年が不安げに長身の少年を見た。長身の少年は顔を俯けたまま、「うん」と答えた。彼の白い靴下は土で汚れていて、笹の葉の切れ端がこびりついていた。その笹の葉の緑が、いよいよ私の疑念を強めていった。

やがて、歩き始めた私は四本目の橋に差し掛かった。その橋には信号があり、少し大きな二車線の道路が交差していた。ふと、私は思った。右に曲がるにはおあつらえむきの大きさだ。ここを曲がり、あともう一度だけ曲がるだけで、家には帰れるだろう。

「もう、僕達帰るよ」

私は言った。長身の少年が私を見て、「もうすぐだぞ」と答えた。その不安げに同意を求める表情が私の軽蔑を濃くした。私はTに「行こうぜ」と促した。だが、Tは着いてこなかった。

「もうすぐなんだよね?」

Tは長身の少年に訪ねた。私はTにムカついた。少年達がなんと答えるかも聞かないまま右に曲がり、知らない道を歩み始めた。

 

道はすぐに上り坂になった。私はアスファルトの上にはみ出ている路傍の笹をむしりながら、次に右へ曲がる道を探した。間違えたら家にたどり着けない。慎重にしるしを求めながら。何度か現れる道はどれも私を誘うようでいて、確信を見せなかった。もしかしたらTの方が正しかったのではないか。そんな疑念が少しずつ浮かんだ。

ついに私はしるしを見つけることができず、右へ曲がった。そこはどうということのない住宅街で、どの家にも車を一台止められる駐車場と、垣根と、少し広い庭があった。私はその家々を眺めながら、なぜだか、祖母の家の近くに来たような気分になった。祖母の家は車がほとんど通らない二車線道路沿いにあって、垣根と庭があった。私は歩きながら都合のよい夢想に耽った。この中の家の一軒がたまたま祖母の家であり、「あら、文ちゃん!」と私を出迎えてくれるのではないか。祖母の家は私の家から電車で四〇分——それが当時の私には耐え難いほど長い時間だった——も離れていたので、歩いていける距離ではないのだが、だからこそその夢想は素晴らしかった。

そして、私はついにしるしを見つけた。それは祖母の家ではなく、見慣れた平和交通のバスが横切る道路だった。私はそこまで走っていくと、停留所を見つけた。私が母に連れられ、月に一度訪れる生協のスーパーがある場所だった。しるしを確かめるために、その停留所から少しあるくと、やはりあのスーパーがあった。店内にお菓子が置いていない、八百屋のように退屈な店だ。

私はその店から折り返すと、停留所へ戻った。お金を持っていないのでバスには乗れないが、この停留所からまっすぐ歩き、右に曲がり、その後左に曲がればおもちゃ屋のハローマックが見える。そこからはいつも通い慣れた道だ。私は確信を深めた。これで私は家に帰ることができる。

家に着く頃、もう四時を回っていた。昼飯などとっくに終わっており、私を玄関で迎えたのは姉だけだった。姉は「お母さん!」と叫ぶと、母を連れ立って戻って来た。なにか手柄を成し遂げたような笑顔を浮かべていた。母は私を見ると、「どこ行ってたの!」と驚いたが、「ザリガニ釣りに行っていた」と答えると、得心が言ったようだった。その後、私は遅すぎる昼食のソーメンを食べると、畳の上で眠りについた。

夜になり、もう夕飯だという頃、Tの母が私の家に来た。Tの母は穏やかでいつも優しかったが、その日はすぐ一緒に来て欲しいと私を連れ出した。まだ薄暗い時間だったが、Tの母は私達一家を連れてあの公園へと向かった。公園にある怪しげなイタチの像に座りながら、私はその日なにがあったのかを伝えた。私はその日出会った少年たちに連れられてザリガニ釣りへ向かったこと、そして、私が途中で帰ってきたことを伝えた。姉はそのいちいちに何かを補足した。それは有用な情報だったらしく、Tの母と私の母は興味深げに頷いていたが、私にはよくわからなかった。

その後、私の足跡を辿る旅を車でなぞり、私たちは家に帰った。私は母が慌てて作った夕飯をかきこむと、もう一度眠ろうとタオルケットに包まれた。

電話の音で目を覚ますと、母が深刻な顔で受話器を握っていた。なにか話していた。私は子供らしい忘れっぽさから、なにをそんなに頷いているのだろうと思いながら時計を見た。もう八時だった。風呂の時間だ。

「文ちゃん、ちょっと、きなさい」

私は風呂場に連れて行かれるのかと思ったが、そうではなかった。母は私を玄関まで導くと、靴を履かせた。私がその日さんざん履き倒したアシックスの靴は泥だらけで、様々な緑の草っ端がこびりついていた。バカみたいだ、と思った。こんな汚い靴を履いて、こんな夜遅くに出かけるなんて、ほんとうにバカげていた。

母は私の手を引いてTの家がある方角へ向かった。塀の高い住宅街を抜け、畑が見えてきた。いつも保育園へ向かう道だ。Tの家を訪れ、私たちはにれの木台の団地の坂を下る。そして、バスに乗り、一つ目の停留所で降りる。停留所わきの西小中台団地でもう一人のIを誘い、保育園の門をくぐる。そんな道だった。

暗闇の中でTの家は赤色灯に照らされていた。くるくると規則ただしく回る赤い光が、Tの家の外観をくっきりと浮かび上がらせる。その前にはパトカーや救急車や、人だかりがあった。私は母に手を握られたまま、その人だかりをかき分けてすすんだ。そこには、救急車の中でTの名前を叫ぶTの母の姿があった。彼女が抱きかかえるTの顔は青白く、水筒のアルミが白い光を放っていた。

 

 

私はここまで書いて、筆を置こうと思う。これ以上書くことは残酷だと思うからだ。やはり、人はこんなことを書くべきではない。

実際のところ、Tの家の前に救急車は止まっておらず、ただパトカーの赤色灯が回っているだけだった。Tは青白い顔もしておらず、疲れ果てたまま母にかき抱かれていた。夜七時に見知らぬ町をうろついていた子供が、警察に保護された。私が思ったのはただ一つ。大人もあんなに泣くんだ、ということだけだ。行方知れずになった子供が数時間後に戻ってくる、そんなことで大人もあんなに泣いてしまうのだ。それだけの話だ。

ほんとうに、私はこんな話を書くべきではなかった。三〇年も前の話なんて。

2015年9月1日公開

© 2015 高橋文樹

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