大人はゆずってくれない

応募作品

高橋文樹

小説

2,748文字

「もしテロリストが学校を占拠したら」という妄想が人類に普遍的な幻想で、フランス人の男子中学生もまた、退屈な授業の間にこんなことを考えているのかもしれない。

間違えて点火された爆竹のように散漫な銃声がサン・セバストポリ通りに、まだそれとは気づかれないまま鳴り響いた。群集はゆったりと顔をもたげ、音の方向を探ったが、季節性の楽天的な雰囲気が、まさかそうではないだろう——と思わせたらしかった。妹の誕生日プレゼントを買いに来ていたユーリは、万が一のことを考えた。もしこれが本当に銃声だったら? ポケットから妹が今朝譲ってくれたばかりの一週間カルトを取り出し、そのシワを懸命に伸ばしてから、712469と番号を暗唱した。ベリブの端末には、ユーリよりもさらに耳ざとい大人たちがすでに列をなしていた。並んでいるのは4人、自転車はまだ6台ほどある。十分だサ・スュフィ。ユーリはじっと待った。

ユーリが番号を入れ始めた頃、ベン・ルナール商船通りから悲鳴が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなって、移動してきている。一人、壮年の男が全速力で目の前を通り過ぎていった。ズガン、という大きな爆発音がして、群集の声はほとんど絶叫に変わった。21番の自転車をロック解除。端末から自転車まで移動しようとした瞬間、後ろに並んでいた男が、いつのまにかその自転車を引き抜いていた。あっけにとられているユーリに向けて、ギリシャ的な白いひげをたたえた中年の男は「悪いなデゾレ少年ギャルソン」と呟くだけだった。

もう一台の自転車に、と振り返った頃には、もう人波に飲まれてしまった。肩をぶつけられてよろめきながら、ユーリは街路樹の影に隠れた。しかし、反対側から来た若い女が肩で押し返した。群集の前に踊りでる形になったユーリは、めちゃめちゃに踏まれた。ユーリにつまづいて転ぶ人がおり重なり、山のようになった。ユーリの前に褐色や白や黒や、様々な人々が折り重なった。ほどなくして、彼らの上に銃弾が降り注いだ。人の肉のパイから、血がベリーソースのように広がっていった。ユーリは恐怖のあまり目をつぶった。

銃声がやんでから目を開けると、軍服を着た男が、さきほどの人の山を熱心に刺突していた。兵士だが、正規軍ではないだろう。動いて逃げ出す人もいたが、逃げ出した瞬間に銃で撃たれた。走りながら銃で撃たれた人間は、リモコンで電源を切られでもしたように倒れこむのだ。どうやら、逃げ切れる腕前ではなかった。死体のふりをしながらあたりを見回した限り、少なくとも5人はいた。1人は無線で連絡を取っている。もしかしたら、何十人もいる軍隊のような奴らかもしれない。

——おい、小僧。

振り向くと、若い男がうつ伏せになったままつぶやきかけていた。

——そこに車があるだろ。青いシビック、俺の車だ。一緒にあそこまで走らないか。

——危ないよ! と、ユーリは返した。あいつら、すごい腕前だ。二人とも撃たれて死んじゃうよ。

男はうつ伏せになっていた顔をゆっくりと傾けた。中東系の浅黒い肌に、意志の強そうな太い眉だった。

——このままではどっちみち死ぬ。いいか、小僧、俺たち二人が一緒に走れば、どちらかが死ぬ確率は2分の1だ。

——でも生き残ったところで、僕は車を運転できないんだから、同じじゃないか。

と、そこまで話したところで、通りの反対側で半狂乱になった女が泣き喚いていた。彼女は服を脱がされ、レイプされようとしていた。腰が抜けたようになった彼女たちを兵士たちが引きずっている。女といっても、もしかしたらユーリよりも年下かもしれないぐらい、ほとんど少女だった。激しい屈辱の念がユーリの中に巻き起こった。たとえ死んだとしても、誰かが声をあげるべきだ。

——行けヴァ・ズィ行けヴァ・ズィ行けヴァ・ズィ

さきほどまで話していた浅黒い男がそう囁きながら、ユーリの背中を掴んで引きずり起こした。なんてやつだ! しかも、ユーリのことを盾にしている。兵士たちは気づかないようだった。男はシビックに乗り込んだが、助手席のドアを開けようとせず、エンジンをかけた。ユーリは呆れながら、近くの噴水まで走った。シビックは敷石にタイヤをこすりつけながら急発進したが、すぐに集中砲火にあった。ユーリは車が銃撃によってあっけなく炎上するのをはじめて知った。

爆発のどさくさに紛れ、ユーリは近くの書店フナックに駆け込もうとしたが、自動ドアには鍵がかけられ、中からこちらを伺っているエプロン姿の店員が見えた。ジェスチャーで開けてくれと頼んでも、店員たちは首を横に振り、シッシッと追い返すだけだった。

広場にある噴水のへりに隠れるようにしながら、ユーリは少しずつ這っていった。もうこうなったら、このまま這って逃げていくしかない。兵士たちがたむろしている広場の反対、ヴェスビー通りまでは50メートルぐらいある——そう思いかけていたところ、ユーリは目の前に手榴弾のようなもの——明らかに映画やマンガでみた手榴弾が転がっていた。ピンとおぼしきものがついている。落としものだろうか? 不発弾だろうか? ユーリはそれを持ってみた。重くはない。ハンドボールを少し重くしたぐらいだ。水球で鍛えたユーリなら、30メートルは投げられるだろう。これを投げて、そのあとすぐに走り出すのはどうだろうか。少し見当違いな場所がいい。兵士たちが敵の襲撃と勘違いしたところで、一気に逃げ出すんだ。

ユーリは噴水の塔が陰になる位置まで移動すると、手榴弾を握りしめた。指で抑えるレバーがある。ピンが刺さっているので、それを抜いて投げれば爆発するはずだ。映画やマンガで見た限りでは。ユーリは左手でピンを抜くと、水球でいつもそうしているように、肩越しに投げた。よく晴れた6月の空に手榴弾が放物線を描いたが、ユーリはその落ち着く先を認めるより先に振り返って走り出した。うまく行けば、通りまで大きな爆発音。それから、銃声。ユーリはすぐに通りの柱に身を隠した。ずいぶんと長く続いている。もしかしたら、自分が攻撃したとバレただろうか。長い銃声と絶叫。徐々に歓声が混じり始める。歓声? ユーリは柱の影からそっと顔を出したすると、先ほどまで兵隊たちが集まっていた一角に、群集たちが集まって何かを叫んでいた。フランス万歳ヴィヴ・ル・フランス! フランス万歳ヴィヴ・ル・フランス! 中心にいる、地中海風の黒髪の男は右手で機関銃を掲げていた。まるでドラクロワの絵画のようだった。

 

 

翌日、リセの入学を来年に控えた妹がプレゼントを買ってこなかったことについてなじり続けている中、ユーリは銃を掲げた男が33歳のヨルダン系移民で、勇敢にもテロリストたちに立ち向かった英雄となっていることを知った。その記事には、ロシア系移民の少年が、大人たちになにもかもを奪われたことは書いていなかった。

2017年8月17日公開

© 2017 高橋文樹

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"大人はゆずってくれない"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2017-08-18 09:30

    話の大筋はわかるのだけど、私の読解力では細かい部分を読み取ることができませんでした。
    もっとユーリの気持ちが理解できると面白く読めたのかもしれません。

  • 投稿者 | 2017-08-18 15:39

    クスッと笑える空虚という感じがしてよかったです。

  • 投稿者 | 2017-08-18 20:27

    「たとえ死んだとしても、誰かが声をあげるべきだ」

    文中にありましたこの言葉、テロリズムの本質では無いでしょうか。
    人間はいつも何処かしら、そう言った感情を持っているのだと思います。

  • 投稿者 | 2017-08-19 15:22

    リード部分が示するように、退屈な日常を生きる中学生の夢想として楽しく読めた。人々が銃声か爆竹かはっきり分かっていない中で主人公が銃声だと判断する冒頭シーンは、テロが実際に起きているのかユーリの想像なのかオープンにしている。描写のヴィヴィッドさや、脈略もなく次々と起こる出来事も、まるで夢の中の出来事を追っているかのようだ。ユーリと大人たちとのやりとりからはタイトルにある利己的な大人に対する主人公の憤りを窺うことができ、青春小説としても面白い。

    文章や構成には粗が少なく、さらりと読める。しかし、それゆえに「フランスは女性名詞だ!! ルじゃなくてラ!!!」と仏文学生の首を取ったように叫びたい。

  • 投稿者 | 2017-08-19 17:51

    今回の合評会の中で一番テーマ通りに書かれているように感じました。命がかかると大人も子供に譲ってくれないというのが妙にリアルで印象に残りました。読むだけであたかもその場に居合わせているような臨場感が魅力的な作品でした。
    ……他の方のレビューで、話の大部分が視点者の妄想だと気づかされました。妄想の話だとしても面白かったです。

  • 投稿者 | 2017-08-19 19:10

    妄想のわりに荒唐無稽なことがあまり起こらないのでずいぶん控えめな少年だなぁと思いましたが、まあ面白かったです。ところでパリの学生ならNAVIGOを持っているのでは…?

  • 投稿者 | 2017-08-22 03:44

    やはりパリで実際テロの近辺にいたこともあってか、あるいは仏文科出か?雰囲気が出ている。少年の夢みたいな意識なのに、現実に引き込まれる様に読めた。テロリストに立ち向かう妄想はパリの学生も間違いなくやっていそうだ。私も、(テロリストになる側だが)妄想したことはある。良い雰囲気の作品だった。

  • 編集者 | 2017-08-24 14:56

    パリのミスターサタン誕生秘話として楽しく読んだ。

  • 投稿者 | 2017-08-27 15:47

    リードによると、この作品はフランス人の男子学生の妄想を描いているようなのであるが、作中のどこをとっても――若干の荒唐無稽さが非現実を匂わせる程度で――現実との境界が明示されず、終始貫かれたるその点には難解ささえ覚えた。

    ところがつきつめると、それがこの作品に纏わる抽象性の原因であり、妄想の枠外に飛び出さぬことが、かえって妄想を現実たらしめているのであろう。

    現実とも非現実ともつかぬ末尾をトラジカルに結ぼうとするところに「ユーリ」の性癖がうかがえて愉快であった。

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