大人はゆずってくれない

いい曲だけど名前は知らない(第5話)

合評会2017年08月応募作品

高橋文樹

小説

2,778文字

破滅派合評会二〇一七年八月参加作品。お題は「パリでテロがあった」。ちょうどパリに行ったばかりで、滞在中にサン=ゼリゼ通りでテロもあったので、記憶を頼りにお題のまま書いた。

間違えて点火された爆竹のように散漫な銃声がサン・セバストポリ通りに、まだそれとは気づかれないまま鳴り響いた。群集はゆったりと顔をもたげ、音の方向を探ったが、季節性の楽天的な雰囲気が「まさかそうではないだろう」と思わせたらしかった。妹の誕生日プレゼントを買いに来ていたユーリは、万が一のことを考えた。もしこれが本当に銃声だったら? ポケットから妹が今朝譲ってくれたばかりの一週間利用券カルトを取り出し、そのシワを懸命に伸ばしてから、七一二四六九と番号を暗唱した。貸自転車ベリブの端末は冷凍庫のような形で道路脇に据え付けられており、その前でユーリよりもさらに耳ざとい大人たちがすでに列をなしていた。並んでいるのは四人、自転車はまだ六台ほどある。十分だサ・スュフィ。ユーリはじっと待った。

ユーリが番号を入力し始めた頃、ベン・ルナール商船通りから悲鳴が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなって、移動してきている。一人、壮年の男が全速力で目の前を通り過ぎていった。ズガン、という大きな爆発音がして、群集の声はほとんど絶叫に変わった。二一番の自転車をロック解除。端末から自転車まで移動しようとした瞬間、後ろに並んでいた男が、いつのまにかその自転車を引き抜いていた。あっけにとられているユーリに向けて、ギリシャ的な白いひげを蓄えた中年の男は「悪いなデゾレ少年ギャルソン」と呟くだけだった。

もう一台の自転車に、と振り返った頃には、もう人波に飲まれてしまった。肩をぶつけられてよろめきながら、ユーリは街路樹の影に隠れた。しかし、反対側から来た若い黒人の女に肩で押し出された。群集の前に踊りでる形になったユーリは押し倒され、めちゃめちゃに踏まれた。ユーリにつまづいて転ぶ人が折り重なり、山のようになった。ユーリの前に褐色や白や黒や、様々な人々が折り重なった。ほどなくして、彼らの上に銃弾が降り注いだ。人の肉のパイから、血がベリーソースのように広がっていった。ユーリは恐怖のあまり目をつぶった。

銃声がやんでから目を開けると、軍服を着た男が、さきほどの人の山を熱心に刺突していた。兵士だが、正規軍ではないだろう。動いて逃げ出す人もいたが、逃げ出した瞬間に銃で撃たれた。走りながら銃で撃たれた人間は、リモコンで電源を切られでもしたように倒れこむのだ。どうやら、逃げ切れるほどヌルい腕前ではなかった。死体のふりをしながらあたりを見回した限り、少なくとも五人はいた。一人は無線で連絡を取っている。もしかしたら、何十人もいる軍隊のような奴らかもしれない。

——おい、小僧。

2017年8月17日公開

作品集『いい曲だけど名前は知らない』第5話 (全10話)

いい曲だけど名前は知らない

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© 2017 高橋文樹

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"大人はゆずってくれない"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2017-08-18 09:30

    話の大筋はわかるのだけど、私の読解力では細かい部分を読み取ることができませんでした。
    もっとユーリの気持ちが理解できると面白く読めたのかもしれません。

  • 投稿者 | 2017-08-18 15:39

    クスッと笑える空虚という感じがしてよかったです。

  • ゲスト | 2017-08-18 20:27

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  • 投稿者 | 2017-08-19 15:22

    リード部分が示するように、退屈な日常を生きる中学生の夢想として楽しく読めた。人々が銃声か爆竹かはっきり分かっていない中で主人公が銃声だと判断する冒頭シーンは、テロが実際に起きているのかユーリの想像なのかオープンにしている。描写のヴィヴィッドさや、脈略もなく次々と起こる出来事も、まるで夢の中の出来事を追っているかのようだ。ユーリと大人たちとのやりとりからはタイトルにある利己的な大人に対する主人公の憤りを窺うことができ、青春小説としても面白い。

    文章や構成には粗が少なく、さらりと読める。しかし、それゆえに「フランスは女性名詞だ!! ルじゃなくてラ!!!」と仏文学生の首を取ったように叫びたい。

  • ゲスト | 2017-08-19 17:51

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  • 投稿者 | 2017-08-19 19:10

    妄想のわりに荒唐無稽なことがあまり起こらないのでずいぶん控えめな少年だなぁと思いましたが、まあ面白かったです。ところでパリの学生ならNAVIGOを持っているのでは…?

  • 編集者 | 2017-08-22 03:44

    やはりパリで実際テロの近辺にいたこともあってか、あるいは仏文科出か?雰囲気が出ている。少年の夢みたいな意識なのに、現実に引き込まれる様に読めた。テロリストに立ち向かう妄想はパリの学生も間違いなくやっていそうだ。私も、(テロリストになる側だが)妄想したことはある。良い雰囲気の作品だった。

  • 投稿者 | 2017-08-24 14:56

    パリのミスターサタン誕生秘話として楽しく読んだ。

  • ゲスト | 2017-08-27 15:47

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