丁寧な女体盛りの前書き

高橋文樹

小説

5,355文字

会田誠さんの訴訟事件を受け、受け手に無限に配慮した小説を書いてみました。参考にした作品は「そして誰もいなくなった」「はれときどきぶた」です。

いままさにこの作品を読もうとしている読者諸兄にははじめに断っておきたいことがあります。あ、「読者諸兄」というのは、あなたのことです。この作品の著者として、僕には断っておかないといけないことがあります。この作品のタイトルは「女体盛り」ですが、タイトルからは想像もつかないほど残酷な展開になっています。

「女体盛り」の主人公ミノ子は十三歳の中学一年生ですが、自宅から五分歩いた先に路上で窓ガラスを黒塗りにしたワンボックスカーにさらわれてしまいます。口にはガムテープが貼られ、声を出すこともできないまま恐怖に震え、この先自分を襲う最悪のシナリオを想像し、下半身のうちでもっとも体に密着した布切れにわずかに水分を付着させてしまいます。僕はこの残虐な行為がなぜ描かれなければならないのかについて、十分な理由を作中で展開します。人生は不条理ですよね。不条理というのは単なる不運とは違います。たとえば歩いていたら近所のタワマンの十五階から突然植木鉢が頭上に落ちてきて首が体にめり込んで生涯を突然閉じることになる——それは不運です。不条理は倫理観に対する冒涜が必ず含まれるのです。とつぜん悪意が訪れ、その悪意には理由がない——それこそが不条理です。

僕は読者諸兄のみなさんに「女体盛り」を間違った風に受け取ってほしくない。これは嗜虐的な欲望からのみ書かれた作品ではありません。ただいたずらに幼い少女を辱めて溜飲を下げるような作品ではないのです。これを書いている僕は男性ですが、けして女性を虐げようと思っているわけではありません。いま気づいたのですが、冒頭に掲げている読者諸兄という言葉は、間違いです。というのは、いまこれを読んでいるあなたは男性ではないかもしれないからです。辞書的な意味では諸兄姉しょけいしと呼ぶべきです。知っています。ただ、僕は自らの愛好する十九世紀の小説にならい、ただの紋切り型クリシェとして、わざわざルビをふらなくてもいいような表現を使ったに過ぎないのです。これは書かれたテキストなので、直せばよいといわれればそのとおりです。しかし、ぼくは「女体盛り」の序文に対して過度な編集を施さないことをもって、僕の真面目さの証明として受け取ってもらいたい、そう考えています。

この作品「女体盛り」には過度な暴力的、性的な描写が含まれていました。なぜ暴力的・性的な描写が含まれているのかというと、それはミノ子を襲う不条理そのものだからです。いや、より正確にいうと、不条理というものをもっともわかりやすい象徴だということです。つまり、これは実際の暴力や性的暴行などを意味するのではなく、あくまで不条理を表現するための媒介だということです。もちろん、作者である僕自身が少女を——これはつまりミノ子のことですが——残酷な目に合わせたいというような、いわゆる嗜虐性を持っていないことも誓っておく必要があるでしょう。僕は作家としてのキャリアを歩み始めた五年前から児童養護施設を運営するNPO「とちのき」に毎年十三万二千円——つまり毎月税抜きで一万円を寄付しており、寄付に消費税がかかるようになってからもそれは変わりません。なにより、僕は妻と女児がいる家庭の一員であり、少女に対する嗜虐性などカケラも持ち合わせていないのです。実際、「女体盛り」を書いている最中、僕は不安性の神経障害と逆流性胃腸炎にかかってしまったほどです。身を切る痛みが良い作品の証明になるわけではありませんが、くれぐれも僕の欲望のためにミノ子が犠牲になったとは思わないでください。

あるいは、タイトルの「女体盛り」についても説明が必要だろうと僕は考えます。低俗なコンテンツについて知見のない方のために説明を書いておくべきでしょう。女体盛りというのは女性の裸体に刺身などを盛り付けて出す行為です。実際にそのようなことが行われているのかどうか、少なくとも僕は確証を得ることはできなかったのですが、低俗な映像コンテンツなどでは繰り返し題材にされる性的サーヴィスです。女体盛りのために裸体になった女性は、たとえそれが生活の糧を得るためだったとしても、大変な屈辱を覚えたことでしょう。そうした女性が存在したかもしれないというその可能性にさえ、僕は深く胸を痛めています。しかしながら、その「女体盛り」をタイトルに選んだのは、その性的サーヴィスのどうしようもなさと実際にミノ子を襲う不条理を対比させるためなのです。ミノ子はワンボックスカーで拉致されたあと、人気のない港湾地域の工場で同じように拉致されてきた少女たちと恐ろしい夜を過ごします。何度か脱出を試みますが、やがて朝日が青粉でいっぱいの海面を緑色に輝かせる頃、ミノ子は女体盛りのとして、変態たちの前に供されます。そう、女体盛りのとしてではなく、女体盛りのとして。この段落の残りは非常に残酷な説明が続くので、もし耐えられそうにないという方は遠慮なく読むのをやめてください。ミノ子をさらった組織は、女体盛りとして差し出す女性を五人一組にします。そして、その中でもっとも元気のいい少女、つまり反抗的な態度をとったり脱出する意思を隠さなかったり、警察への通報といった事後的復讐をしそうな少女を選別します。その少女は、選択肢を与えられます。このまま残り四人を見捨てて逃げるか、五人で仲良く女体盛りになるか。このとき、まだミノ子は五人のうち誰か一人がにならなければいけないということを知りません。彼女は葛藤の末、残る四人ではなく両親と幼い弟の待つ家へ帰ることに決めます。これ以降は物語の確信になってしまうため具体的なことを書けないのですが、ミノ子は特殊な手段を使い、脱獄に成功します。しかし、それこそが罠だったのです。ミノ子はあえなく捕まり、生きながらその四肢を少しずつ切り刻まれます。鋭いきり状のもので喉に穴が開けられ、ヒューヒューと喉を鳴らしながら、痛みだけに意識のすべてを埋め尽くされてしまいます。失血によって夢を見るように死の眠りにつく最後の瞬間、ミノ子が思い出したのは家の冷蔵庫に貼られたインド映画ポスターのマグネットでした。なんであのマグネット、冷蔵庫に貼ってあったんだろ、お母さんが見たのかな……。失血によって死んだあと、ミノ子は皮を剥がれ、ふとももの肉を細かく削がれました。おおかたの部位は黒いゴミ袋に捨てられましたが、臓器は発泡スチロール性のクーラーボックスに詰められてどこかへ持っていかれました。おそらく、売られるのでしょう。残った四人の少女はそれぞれ両手首と両足首を一つずつ渡され、ずっと持っていろと言われるのです。あまりの恐怖に口もきけなくなった少女たちはその日の夕方までまんじりともせず、かつてミノ子だった末端を握りしめたまま。やがて微動だにせずとしての役割を果たします。四人の少女の陰部や乳房には、切れ端となったミノ子の大腿部が赤々と盛られているのです。母子家庭で年の離れた弟を可愛がったミノ子。一年生ながら市選抜に選ばれるほどバスケットボールが得意だったミノ子。小学校三年生のときに好きだった江頭くんと一緒のクラスになれたことを密かに喜んでいたミノ子。すべての可能性としてのミノ子はもうなくなってしまい、恐怖で声を失った全裸の少女たちの肌の上で赤身の肉となっている。これこそが僕の描きたかった「不条理」でした。

そう、過去形です。いまは違います。

僕は「女体盛り」を書き上げ、発表する前にただ書き手としての責務からこうして注意書きを書きはじめました。しかし、残虐な表現によってたとえ存在しないとはいえ、可能的には存在しうるミノ子を陵辱することはたとえ表現者としても許されないのでは、といった思いが徐々に強くなりました。また、注意書きを書いたことによって僕が描きたかった不条理は伝わったのではないか、という達成感。これはバカにできない感情です。だってもう、あなたは僕の物語の根幹を、前書きだけで知ってしまっているわけですから。もう不幸になるに決まっているミノ子の物語を、あなたがどんな気持ちで読むのか、僕は書き手として手に取るようにわかります。あなたの感情の襞は死んだように固く、揺さぶられることはないでしょう。

こうした考えから、僕は「女体盛り」を書き換えることにしました。まず、残虐な要素を削っていきます。ミノ子が殺されるならば、必ずしも切り刻まれる必要はない。はじめは不良集団に輪姦されるというソフトな路線を模索しましたが、そうなると、女体盛りのの役割を果たす少女たちの存在意義が揺らいできます。意味もなく脇役モブキャラにされて不幸な目に遭う少女たちを書くことは倫理的に正しいのか? そんなはずがありません。通り一遍の名前をつけられた少女たちは「女体盛り」から姿を消しました。そうなると、今度はミノ子の悲惨さが際立ってしまうことになります。見知らぬ倉庫街でヘラヘラと笑う悪い男に囲まれて一人強姦されるミノ子。モブキャラの四人がいた頃は、たとえその先に悲劇が待っていたとしても、お互いを励ましあったり、脱出する方策について相談したりしていました。他のキャラがいなければ、そのサスペンス的要素も消えてしまいます。また、僕が一番許せなかったのは、僕がこの作品でもっともお気に入りだったインド映画ポスターのマグネットです。これから女体盛りのになるために殺される少女が人生の最後に思い出したのが自宅の冷蔵庫に貼ってある誰のものかわからないインド映画ポスターのマグネットだった——これはなにがしかの文学的な意味があると僕には感じられました。しかし、強姦されながら心を殺している少女が思い出すのがインド映画ポスターのマグネットだったというのは、冒涜以外のなんでしょう? 創作者としての譲れない想いから、僕はそもそもミノ子が強姦もされず、黒いワンボックスカーにもさらわれないという結論を選びました。

こうして完成したのが、この小説「女体盛り」です。願わくば、この作品を読まれた方が誰も傷つきませんように。

四月十八日の朝、まだ知らない人の家の匂いがするブレザーに袖を通し、ミノ子は家を出た。隅に溜まった桜の花びらが茶に朽ちていく気持ちのいい通りを歩いていると、黒いワンボックスカーが通りかかり、ミノ子の横で速度を落とした。

「お姉さん、カミールハイツって知ってる?」

頭にタオルを巻いたおじさんに聞かれ、ミノ子は逡巡した。なんだっけ? なんか聞いたことがある……。

「知らないかなぁ? すぐわかるって言われたんだけど」

答えないままにいた数秒ののち、おじさんは問いを重ねた。焦っているようだった。

「えっと……」

そういうと、おじさんは窓からぐいっと手を出した。白い紙に印刷された地図に指を乗せる。

「あっ、わかります!」

ミノ子は自分の記憶に体を弾かれるようにぴょんと小さくジャンプすると、カミールハイツまでの道のりを説明した。このちょっと先の右側に、小人ノームの人形をやたら飾り立てた家がある。その手前の角を右に曲がると、L字型の曲がり角になっている。とても細い道だから、ぱっと見は行き止まりに見えるけれど、実は左に曲がれる。その先は緩い下り坂になっていて、たぶん車でも通れると思うけれど、降りた先が大きな道路になっている。両側がプラタナスの並木路になっているから、すぐにわかる。向かいには小学校、もう一度左に曲がると、両脇に大きなマンションがある。右がグランディア光岡で、左がカミールハイツ。

「お嬢ちゃん、中学生? 道の説明上手だな。色々教えてくれてありがとうな」

タオルのおじさんはそういうと、缶コーヒーをくれる。ミノ子はそれを受け取ると、先生に見つかって怒られないよう、カバンの一番奥にしまう。走り去ったワゴンがウインカーを出して右折するとき、運転席の窓からおじさんが手を降る。今日はいい日になりそうだな、とミノ子はつま先で跳ねるようにして通学路を急いだ。

仮入部していたクライミング部の練習を終えてから、ミノ子は家に帰った。おじさんからもらった缶コーヒーはブラックだったから、氷を入れた大きいグラスにたっぷり牛乳を注いで飲もう。冷凍室の製氷皿をガラガラいわせていたミノ子は、目の前にあるマグネットに目をとめた。十センチ四方もない小さいマグネットは、たぶん映画のポスターの縮小版なのだろう絵が書いてあった。字はよく読めないけれど、少なくとも英語じゃない。真ん中には恐ろしげな顔をした綺麗な女の人がいて、その後ろに白いターバンを巻いた髭のおじさんが立っている。なんだろう、ホラー映画? ママが好きなのかな。マグネットはだいぶ禿げていて、それはたぶん、このマグネットが少なくとも何年かこの冷蔵庫に貼られていたことを意味していた。いや、もしかしたら、別のところで使われていたのかもしれない。大人はときどきそういうことをする。

最近買ったばかりの水玉がついたグラスにコーヒーを注ぐ。真っ白なミルクの上に黒い渦が巻き起こり、それが混ざり合って柔らかい茶色になる。ミノ子は液体の混ざり合う音が好きだ。じゅぽん、という不思議な音。グラスを傾ける、優しい苦味が喉の奥をひっかかりながら落ちていく。

2019年3月5日公開

© 2019 高橋文樹

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