丁寧な女体盛りの前書き

いい曲だけど名前は知らない(第6話)

高橋文樹

小説

5,350文字

会田誠という美術家の授業で「苦痛を受けた」という理由から、京都造形大学が受講生から訴えられた。この訴訟事件を受け、受け手に無限に配慮した小説を着想。あるいは、未来の小説はこんな前置きが普通になるかもしれない、という皮肉を込めて。

いままさにこの作品を読もうとしている読者諸兄にははじめに断っておきたいことがあります。あ、「読者諸兄」というのは、あなたのことです。この作品の著者として、僕には断っておかないといけないことがあります。この作品のタイトルは「女体盛り」ですが、タイトルからは想像もつかないほど残酷な展開になっています。

「女体盛り」の主人公ミノ子は十三歳の中学一年生ですが、自宅から五分歩いた先に路上で窓ガラスを黒塗りにしたワンボックスカーにさらわれてしまいます。口にはガムテープが貼られ、声を出すこともできないまま恐怖に震え、この先自分を襲う最悪のシナリオを想像し、下半身のうちでもっとも体に密着した布切れにわずかに水分を付着させてしまいます。僕はこの残虐な行為がなぜ描かれなければならないのかについて、十分な理由を作中で展開します。人生は不条理ですよね。不条理というのは単なる不運とは違います。たとえば歩いていたら近所のタワマンの十五階から突然植木鉢が頭上に落ちてきて首が体にめり込んで生涯を突然閉じることになる——それは不運です。不条理は倫理観に対する冒涜が必ず含まれるのです。とつぜん悪意が訪れ、その悪意には理由がない——それこそが不条理です。

僕は読者諸兄のみなさんに「女体盛り」を間違った風に受け取ってほしくない。これは嗜虐的な欲望からのみ書かれた作品ではありません。ただいたずらに幼い少女を辱めて溜飲を下げるような作品ではないのです。これを書いている僕は男性ですが、けして女性を虐げようと思っているわけではありません。いま気づいたのですが、冒頭に掲げている読者諸兄という言葉は、間違いです。というのは、いまこれを読んでいるあなたは男性ではないかもしれないからです。辞書的な意味では諸兄姉しょけいしと呼ぶべきです。知っています。ただ、僕は自らの愛好する十九世紀の小説にならい、ただの紋切り型クリシェとして、わざわざルビをふらなくてもいいような表現を使ったに過ぎないのです。これは書かれたテキストなので、直せばよいといわれればそのとおりです。しかし、ぼくは「女体盛り」の序文に対して過度な編集を施さないことをもって、僕の真面目さの証明として受け取ってもらいたい、そう考えています。

この作品「女体盛り」には過度な暴力的、性的な描写が含まれていました。なぜ暴力的・性的な描写が含まれているのかというと、それはミノ子を襲う不条理そのものだからです。いや、より正確にいうと、不条理というもののもっともわかりやすい象徴だということです。つまり、これは実際の暴力や性的暴行などを意味するのではなく、あくまで不条理を表現するための媒介だということです。もちろん、作者である僕自身が少女を——これはつまりミノ子のことですが——残酷な目に合わせたいというような、いわゆる嗜虐性を持っていないことも誓っておく必要があるでしょう。僕は作家としてのキャリアを歩み始めた五年前から児童養護施設を運営するNPO「とちのき」に毎年十三万二千円——つまり毎月税抜きで一万円を寄付しており、寄付に消費税がかかるようになってからもそれは変わりません。なにより、僕は妻と女児がいる家庭の一員であり、少女に対する嗜虐性などカケラも持ち合わせていないのです。実際、「女体盛り」を書いている最中、僕は不安性の神経障害と逆流性胃腸炎にかかってしまったほどです。身を切る痛みが良い作品の証明になるわけではありませんが、くれぐれも僕の欲望のためにミノ子が犠牲になったとは思わないでください。

あるいは、タイトルの「女体盛り」についても説明が必要だろうと僕は考えます。低俗なコンテンツについて知見のない方のために説明を書いておくべきでしょう。女体盛りというのは女性の裸体に刺身などを盛り付けて出す行為です。実際にそのようなことが行われているのかどうか、少なくとも僕は確証を得ることはできなかったのですが、低俗な映像コンテンツなどでは繰り返し題材にされる性的サーヴィスです。女体盛りのために裸体になった女性は、たとえそれが生活の糧を得るためだったとしても、大変な屈辱を覚えたことでしょう。そうした女性が存在したかもしれないというその可能性にさえ、僕は深く胸を痛めています。しかしながら、その「女体盛り」をタイトルに選んだのは、その性的サーヴィスのどうしようもなさと実際にミノ子を襲う不条理を対比させるためなのです。ミノ子はワンボックスカーで拉致されたあと、人気のない港湾地域の工場で同じように拉致されてきた少女たちと恐ろしい夜を過ごします。何度か脱出を試みますが、やがて朝日が青粉でいっぱいの海面を緑色に輝かせる頃、ミノ子は女体盛りのとして、変態たちの前に供されます。そう、女体盛りのとしてではなく、女体盛りのとして。この段落の残りは非常に残酷な説明が続くので、もし耐えられそうにないという方は遠慮なく読むのをやめてください。ミノ子をさらった組織は、女体盛りとして差し出す女性を五人一組にします。そして、その中でもっとも元気のいい少女、つまり反抗的な態度をとったり脱出する意思を隠さなかったり、警察への通報といった事後的復讐をしそうな少女を選別します。その少女は、選択肢を与えられます。このまま残り四人を見捨てて逃げるか、五人で仲良く女体盛りになるか。このとき、まだミノ子は五人のうち誰か一人がにならなければいけないということを知りません。彼女は葛藤の末、残る四人ではなく両親と幼い弟の待つ家へ帰ることに決めます。これ以降は物語の核心になってしまうため具体的なことを書けないのですが、ミノ子は特殊な手段を使い、脱獄に成功します。しかし、それこそが罠だったのです。ミノ子はあえなく捕まり、生きながらその四肢を少しずつ切り刻まれます。鋭いきり状のもので喉に穴が開けられ、ヒューヒューと喉を鳴らしながら、痛みだけに意識のすべてを埋め尽くされてしまいます。失血によって夢を見るように死の眠りにつく最後の瞬間、ミノ子が思い出したのは家の冷蔵庫に貼られたインド映画ポスターのマグネットでした。なんであのマグネット、冷蔵庫に貼ってあったんだろ、お母さんが見たのかな……。失血によって死んだあと、ミノ子は皮を剥がれ、ふとももの肉を細かく削がれました。おおかたの部位は黒いゴミ袋に捨てられましたが、臓器は発泡スチロール性のクーラーボックスに詰められてどこかへ持っていかれました。おそらく、売られるのでしょう。残った四人の少女はそれぞれ両手首と両足首を一つずつ渡され、ずっと持っていろと言われるのです。あまりの恐怖に口もきけなくなった少女たちはその日の夕方までまんじりともせず、かつてミノ子だった末端を握りしめたまま、やがて微動だにせずとしての役割を果たします。四人の少女の陰部や乳房には、切れ端となったミノ子の大腿部が赤々と盛られているのです。母子家庭で年の離れた弟を可愛がったミノ子。一年生ながら市選抜に選ばれるほどバスケットボールが得意だったミノ子。小学校三年生のときに好きだった江頭くんと一緒のクラスになれたことを密かに喜んでいたミノ子。すべての可能性としてのミノ子はもうなくなってしまい、恐怖で声を失った全裸の少女たちの肌の上で赤身の肉となっている。これこそが僕の描きたかった「不条理」でした。

そう、過去形です。いまは違います。

2019年3月5日公開

作品集『いい曲だけど名前は知らない』第6話 (全10話)

いい曲だけど名前は知らない

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© 2019 高橋文樹

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"丁寧な女体盛りの前書き"へのコメント 2

  • 読者 | 2019-06-02 15:15

    参考にした作品を読んでいないということもあってか 全体的に難解な印象でしたが、それなりに楽しめました。「物語の確信」は「物語の核心」の誤変換でしょうか?

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