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或る文友へ送る手記より

鏡私考(第1話)

鷹埜狩月

文友へ宛てた書翰、世間への鋭い批評、そして多感な時代に著者が抱いた思索の数々──。箴言や批判、信条、美学を断章形式で大胆に吐露した屈指の随筆記。

エセー

1,111文字

     時代

 

僕は矢張、大正か其処らでまれて来るべきだった。が、其れは単に、僕の尊敬する芥川先生につて教へをひ、言葉を仰ぐためだけではない。

 

     又

 

近頃は何の小説にも、「読易よみやすさ」と云ふものが第一にもとめられてしまつてゐる。此れでは文学流派が成り立つわけがない。僕は純文学が書きたひのだ。人間の本性を、極限の人間を書きたひのだ。純文学に於ける芸術的美感はたかゞ「読易」に敗けて畢ふのだらうか? 文学の美を僕は書きたひのだ。だから僕は何れ程の苦が降りかゝらうとも、決して作風をじ曲げたりなどはしない。孤独はおのが偉業を妨げるかせには成らぬ。此れは僕の自由意志だ。僕が「かう思つた」と感じたのなら何だつて比喩に成る。僕は或る短編の中で「精神頽廃マインド・デカダンス」と云ふ造語を扱つたが其れさへ僕ははゞからうといふ気は起たない。僕は僕自身を作風として世に拡大するとしやう。

 

     投資

 

みだりに道徳に投資する者は必ず見返りを覓めてゐる。でなくばていの好いモラリストである。良心の商人あきんどほど人生の展望が暗い奴はいない。

金に投資する奴等の腹は「る偽善」を魂胆に励む者か無頓着かである。世間に必要なのは無論前者である。

 

     習作

 

習作の未来はあまり望んだものではない。僕の場合、ほとんどは産みの親に諦められてゐるのだから。

 

     少年

 

僕等ぼくたちが中学校三級生だつた頃の話だ。朝会で校長が(まう居なくなつたが、)「少年老い易く学成り難し。一寸の光陰軽んずからず。此の言葉を聞いたことがあるかね」と僕等に挙手を覓めたのをおぼへてゐるかね。あのとき僕は、僕と君の他にまるで手をハッキリと挙げた人物を見なかつた。少なくとも僕の眼にはうつらなかつた。併しだいぶん後ろの方に居た僕でさへ見へなかつたの故、屹度きつと居なかったに違いあるまい。僕のやうな、此処迄の狂人でなくとも、小耳に挟んだ事くらひなら在ると思つたんだがね。勝手に失望してしまつた。

 

     文籍ぶんじゃく

 

近頃の本は、だいぶん、浅く広く、だ。参考にしやうと青空文庫で幾冊も読み漁つた。久々に「李陵りりょう」を読了したときは矢張深田ふかだ久弥きうやの云ふ通りの辺りの剰りの静けさだ。ところでだがネ、試験が終つて速やかに「それから」を読んだ。其の前に××の神社*で神籤みくじを引いたんだ。何と在つただらう? 我が此年の、恋愛はネ、「中傷を享けて挫折するも結ばるゝ」ださうだ。これでは丸つ切り代助・・ではないか。かう、衝戟しゃうげきが凄まじひね。だから、僕は此の、二〇二六と云ふ年紀としが堪らなく恐ろしひのだ。……

 

──以上、或る文友へ送る手記より。

 

*──著者の所在について極めてあやふき事と判断した次第なり。

© 2026 鷹埜狩月 ( 2026年5月14日公開

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