時代
僕は矢張、大正か其処らで誕まれて来るべきだった。が、其れは単に、僕の尊敬する芥川先生に逢つて教へを乞ひ、言葉を仰ぐためだけではない。
又
近頃は何の小説にも、「読易」と云ふものが第一に覓められて畢つてゐる。此れでは文学流派が成り立つ訣がない。僕は純文学が書きたひのだ。人間の本性を、極限の人間を書きたひのだ。純文学に於ける芸術的美感はたかゞ「読易」に敗けて畢ふのだらうか? 文学の美を僕は書きたひのだ。故僕は何れ程の苦が降りかゝらうとも、決して作風を捩じ曲げたりなどはしない。孤独は己が偉業を妨げる械には成らぬ。此れは僕の自由意志だ。僕が「かう思つた」と感じたのなら何だつて比喩に成る。僕は或る短編の中で「精神頽廃」と云ふ造語を扱つたが其れさへ僕は憚らうといふ気は起たない。僕は僕自身を作風として世に拡大するとしやう。
投資
妄に道徳に投資する者は必ず見返りを覓めてゐる。でなくば体の好いモラリストである。良心の商人ほど人生の展望が暗い奴はいない。
金に投資する奴等の腹は「遣る偽善」を魂胆に励む者か無頓着かである。世間に必要なのは無論前者である。
習作
習作の未来は剰り望んだものではない。僕の場合、殆どは産みの親に諦められてゐるのだから。
少年
未だ僕等が中学校三級生だつた頃の話だ。朝会で校長が(まう居なくなつたが、)「少年老い易く学成り難し。一寸の光陰軽んず可からず。此の言葉を聞いたことがあるかね」と僕等に挙手を覓めたのを憶へてゐるかね。あのとき僕は、僕と君の他にまるで手をハッキリと挙げた人物を見なかつた。少なくとも僕の眼には寫らなかつた。併しだいぶん後ろの方に居た僕でさへ見へなかつたの故、屹度居なかったに違いあるまい。僕のやうな、此処迄の狂人でなくとも、小耳に挟んだ事くらひなら在ると思つたんだがね。勝手に失望してしまつた。
文籍
近頃の本は、だいぶん、浅く広く、だ。参考にしやうと青空文庫で幾冊も読み漁つた。久々に「李陵」を読了したときは矢張深田久弥の云ふ通りの辺りの剰りの静けさだ。處でだがネ、試験が終つて速やかに「それから」を読んだ。其の前に××の神社*で神籤を引いたんだ。何と在つただらう? 我が此年の、恋愛はネ、「中傷を享けて挫折するも結ばるゝ」ださうだ。これでは丸つ切り代助ではないか。かう、衝戟が凄まじひね。故、僕は此の、二〇二六と云ふ年紀が堪らなく恐ろしひのだ。……
──以上、或る文友へ送る手記より。
*──著者の所在について極めて危き事と判断した次第なり。
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