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俗譚

贄・鴨狩(第3話)

萩原蔵王

六位蔵人の橘則光が、大宮大路を降っていると、数人の人影が在った。則光はその前を、闇に紛れて静かに通り過ぎようとするのだが──(人斬蔵人)。東国からの名馬を手配した源頼信とその子源頼義。豪雨に紛れて馬を盗んだ男を、二人は以心伝心の妙技で射殺すが──(馬盗人)。古典作品を改変した名作二篇。

小説

4,445文字

     人斬ひときり蔵人くらんど

 

今は昔、陸奥むつの前司ぜんじ*橘則光たちばなののりみつ*と云う名の、男が居た。この男の、容貌ようぼうの立派なところ誰もかなわず、また思慮しりょの深く、武芸に自身のある者であったので、世間からは一目かれていたそうな。

そんな彼が、若い時分、一条帝いちじょうてい*の時世に、衛府えいふ*で六位蔵人ろくいのくらんど*を務めていたことがある。と云っても、しかしながら、夜な夜な忍んで、宿直しゅくちょく*の為事しごとを怠けて、大内裏だいだいり*を抜けて、宮中の女の元へせる有様ありさまで、今夜もそのために、夜の更ける前に、急いで、見事な太刀一振りと、舎人とねり*を一人、従えて、大宮大路おおみやおおじ*を、さがっていた。

しかし、その大路を降っている途中で、何やら垣根かきねの辺りに、幾人いくたりかの、人陰が、次第しだいに更けてゆく夜の下に、っすらと、動いた。則光はそれを見た途端に、「恐ろしや」と思って、行くのを猶予ためらった。その、幾人かの人陰というのが、盗賊だと、彼が確信していたからである。

則光は、夜が更け始めているとはいえども、まだ辺りの暗いことを、しめたと思って、ついの垣根に沿って、こっそりと、その場を過ぎようとした。が、

其処元そこもとよ、待たれよ。これより先は、誰一人、まかぐ*ことは出来ぬ。公達きんだち*の、わすところぞ」

と、垣根の方から、低い、男のこえがした。則光は「ればこそ」と、身を折り敷いて*、月明かりに、きらきらとした、太刀の光を見て、弓の持ちたらぬことを知ると、大路をはしった。相手の身の丈が、自分よりまさっていたから、則光は、急に脚を止めて、その賊が、勢い余って、己の眼の前まで来たときに、勢いく太刀を抜いて、後方うしろから、賊の頭顱あたまを打ちった。賊の、ばたりと倒れるのと同時に、もう一人が、「如何どうした」と叫んで、今度は抜き身の太刀を持って(月明かりに見れば、鑭したものが彼方此方あちこちに振られていた、)此方こっちへ疾って来た。これはまずいと、則光は太刀を脇に挟んで逃げ切ろうとしたものの、先刻の、賊より脚の、速いこと。逃げ切ることを断念あきらめて、則光は咄嗟とっさしゃがみ込んだ。すると賊が、則光の体躯からだ蹴躓けつまずいたかと思うと、ふわりと浮いて、前に落ちた。その隙を逃さずに、則光は、一刀の元に、またもや、賊の頭を打ち破った。

やっとしまいかと思うと、更にもう一人、「腕の達者な者よ。己が、刀のさびにしてやらん」と、疾って来るのであった。則光は、もう逃げる気力も失くなって、自棄やけになって、太刀を真っ直ぐに伸ばし、目をつぶって、賊を待ち構えていた。賊は──則光の容子ようすが知られていなかったのか、そのまま疾り進んで、案の定、太刀がはらに突き刺さって、則光がこれを引き抜くと、臓腑ぞうふを出して仰向あおむけに倒れた。則光が「ぞ、だ在るか」と叫べど、宵闇よいやみには誰一人として素形すがたも、咾も、ない。則光はようやっと安心して、宮中へ向かおうとしたが、しかし、己の上衣うわぎも、太刀のつかも、賊の血にまみれているのであった。北の方で舎人を見つけて、これを洗うようにと、決して口外するなと、云いつけて、女は断念て、大人しく宿直所へ帰った。

則光は、しとね*にせっているときも、終日ひもすがら、「先刻の騒動が、己の所業と露呈ろていせば、然れば、如何いかがせんや*」と、後悔に駆られて、怖気付く内に、夜の明けて、往来おうらいに人の出るに、さてこそ*、民衆の驚きたるに、検非違使けびいし*の寄りつく程までに発展して、とうとう則光の友人までもが、事の起こった所へと、彼を誘おうと、すそを引っ張って──則光は最後まで抗った──大宮大路へとおもむいた。

© 2026 萩原蔵王 ( 2026年2月21日公開

作品集『贄・鴨狩』第3話 (全5話)

贄・鴨狩の全文は電子書籍でご覧頂けます。 続きは現在販売準備中です。乞うご期待。

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