なにをするにあたっても自己定義は重要であり、それは出版業も例外ではない。出版社を始めるにあたって、「どんな出版社を作りたいか?」は明確でなければならない。

目標を決める

新規で始める場合、講談社・角川書店・集英社・小学館のような総合出版社を目指すことは難しい。最初はなんらかの領域に特化した専門出版社として出発する必要がある。では、どのような出版社を目指せば良いのか? 事前に情報収集をして、目標となる出版社を決めておくのが良いだろう。たとえば、硬派な翻訳書を出したいのであれば、白水社やみすず書房が目標となるだろう。生活に関する本を出したいのであれば、主婦の友社などはよい目標である。破滅派は文藝春秋を目標としている。

現実世界に目標があるというのは、それだけで実現可能性が高くなることを意味している。もしない場合は、出版社でなくても良いので、具体的な目標を決めておくべきだろう。

また、出版社を作ろうと思うような人であれば、最初に出したい本が何冊かあるはずだ。となれば、その本から類推できる出版社を決めておこう。「自分が作ろうとしている出版社はこの世に類を見ないもので、完全に新しい存在である」という考えは捨て置き、絶対にこの世に存在する目標を見つけてほしい。

破滅派は結成当初から「破滅派とは」という文書を公開しているので、こうしたものを用意しておくと、自己定義が容易になる。自己定義ができれば、目標も容易に見つかる。

出す本を五冊ぐらい決める

後述する理由により出版社は自転車操業せざるを得ない。このため、継続的に本を出し続ける必要がある。ということは、出版社を始めるには、出版計画が存在するはずだ。「出版計画がない」という人は出版社を作るステージに至っていないので、考え直した方が良いだろう。

なにはともあれ、一度出版計画書を作るのがよいだろう。計画書には発行年月日・著者・タイトル・概要などをまとめておけば十分である。破滅派が作成した出版計画書はこちらからダウンロードできるので、参考にしてほしい。

なお、この出版計画書は後述する取次・銀行・印刷会社とのやりとりでも役に立つので作成をお勧めする。

業態を決める

本連載は出版社の作り方と銘打っているが、実は出版業をはじめるにあたって、必ずしも会社を作る必要はない。ISBNは個人でも取得できる日本図書コード管理センターで申し込めば数万円の費用で事足りる。そして、ISBNを付与した書籍をJPRO(JPO出版情報登録センター)に登録すると、Amazonなどで注文可能になる。これで出版業は始められる。書籍の奥付もよく見ると発行者・発行所となっており、どこにも出版社とは書いていない。

では、出版社を始めるにあたって、どのような業態があるかというと、次の3つである。

  1. 株式会社
  2. 合同会社
  3. 個人(任意団体・個人事業主を含む)

それぞれの特徴を以下に紹介しよう。

株式会社

株式を発行する、もっとも一般的な会社。創業に必要な資金は20万程度。青色申告が必要なので、経理の知識がない限りは税理士を雇う必要がある。経理の知識といっても、私は簿記二級を持っているが、専門家に任せた方が明らかなメリットがあるので、税理士を雇っている。そうした諸々を含めると、年間のランニングコストは最低30万程度。

合同会社

会社組織ではあるが、会社の持ち主(出資者)=会社員なので、参加者全員が労働することになっている。株主総会がない、創業資金が最低7万程度と、株式会社よりもコストが低い。

個人

ランニングコストがもっとも低い。

 

上記を踏まえ、私がお勧めするのは株式会社である。まず、ランニングコストや創業資金の差については、最大で20万円程度の違いしかない。しかし、出版業をやるということは100万をかけて200万を売り上げるような仕事なので、初期費用の20万円程度の差は最終的には誤差程度にしかならないだろう。

また、株式会社は取引相手から信用を得るのに役立つ。もちろん、株式会社であっても創業年や売上高、知名度などによって信用の得やすさはことなるのだが、多くの企業は「個人と取引しない」という方針を貫いている。たとえば、メルカリなどで大型の物品を購入した方は知っていると思うのだが、クロネコヤマトや佐川急便のような業者が扱わない大型貨物(サーフボードなど)は西濃運輸や福山通運などの業者が配達を行う。これらの会社はAmazon経由などでの配送に限り個人宅に配達するが、普通の企業が利用した場合、個人宅の配送には凄まじい高額の配送料を請求する。この例一つでもわかるように、株式会社にしておくと、世の中に蔓延る審査の目を掻い潜ることが少し楽になるのである。

一方、個人で出版することのメリットは、その身軽さである。信頼のおける取引先(印刷会社・書店・取次)を見つけ、丁寧に本を作っていくこともまた出版の醍醐味の一つだ。そうして作られた本がスマッシュヒットになることもあるだろう。地域にフォーカスした本、詩集などはそのように作られることも多い。

こうしてみると、業態をどれにするかによって、出版社の方向性は決まってくる。細く長くやるか、大きな出版社を目指すか。資金調達・雇用などを考えてみても、業態が影響を与えることは明らかだろう。あなたが銀行員だったとして、どんな出版社になら金を貸すだろうか? あなたが出版社に就職を希望する学生だったとして、どんな出版社なら就職したいと思うだろうか?

出版計画書を作り、それらの本を継続的に出し続けるためにはどのような業態にすべきかをよく検討してほしい。もちろん、うまくいけば規模の大きい業態に移っていくことも可能なので、まずは個人から始めてみてもよいだろう。

以下、実務的な情報を共有する。

  • 株式会社であっても創業自体はそれほど難しくない。MoneyForwardFreeなどのような簡単な会社設立サービスも存在する。
  • 株式会社を設立すると、出版業とは関係のないところで組合やら会合やらに誘われるようになるので、情報収集に役立つ。なお、法人化する場合は自分以外に誰か一人でも信頼できる人物(家族が望ましい)を役員にすえることをお勧めする。扶養控除などの税務的な知識は必要になるが、この「自分以外の一人」を用意できない場合、会社設立は茨の道となる。

資金繰りについて考える

出版社を作る以上、資金繰りは大きな課題である。2,000円の本を2,000部刷るという一般的な出版のフローをみてみよう。

  1. 本を印刷する。取次に1,000部を納品し、書店に並ぶ。
  2. 1〜2ヶ月後に印刷代100万円を支払う。
  3. 3ヶ月後に印税40万円を支払う。
  4. 6ヶ月後に取次から定価の65%で800部(返本200部)の料金104万円が支払われる。

どうだろう。半年経っても104万円-(100万円+40万円)で36万円の赤字である。残りの在庫をはけさせても、さらに半年は赤字のままだ。これを乗り切るには以下の条件が必要である。

  • 十分な資金が手元にある。
  • 他に収入を得る手段がある。

一昔前は「出版社を創業するには手元現金が1,500万円必要」と言われたそうだが、それもむべなるかな。その点、他に収入を得る手段があり、そのビジネスがカツカツでない限りは、一年経ってトントンならまあいいかと思える。破滅派の場合は後者で、この一年で700万円ほどを印刷・宣伝費に費やしてきたが、他に収入がある(IT業)ので、まあなんとかやれている。

もう一つの方法としては銀行に金を借りるという手段がある。日本には事業資金を借りるための銀行が存在しており、日本政策金融公庫などはもっともポピュラーな部類だろう。利率も1.5%〜と大変低い。これまで会社を興したことがない方は抵抗があるかもしれないが、出版業の長い支払いスパンを考えると、多少の利息を払ってでも利用した方が良い。なお、破滅派の主な収益源であるIT事業では、支払いは遅くとも納品翌々月末、半年以上の長期にわたるプロジェクトでは前金を受け取ることもある。なので、破滅派は出版業を始めるまで借金をしたことがなかった。

なんにせよ、出版業における資金繰りは一般的な企業とはかなり異なるので、これまで他業種を経験してきた人は面食らうことだろう。

参考になる情報

さて、出版社を始めるにあたって、参考になる書籍をいくつか紹介して本稿を終えよう。

  • 『出版社のつくり方読本』岡部一郎・下村昭夫(出版メディアパル)2017年
  • 『ひとり出版社「岩田書院」の舞台裏』岩田寛(無明舎出版)2003年
  • 『まっ直ぐに本を売る ラディカルな出版「直取引」の方法』石橋毅史(苦楽堂)2016年
  • 『HAB 本と流通』松井裕輔(エイチアンドエスカンパニー)2015年

他にも色々あるのだが、とりあえずこのぐらいで。ちなみに、H.A.Bの取り扱う出版関係の本は参考になることが多いので、チェックしてみると良いだろう。