すでに紹介したとおり、新興出版社の書籍は委託配本されず、注文配本のみである。したがって、書籍を印刷しただけでは本は店頭に並ばず、書店から仕入れてもらわなければならない。そのためには宣伝をしなければならないのだが、SNSで「本が出ました」と言っているだけでは不十分であり、効果が見込まれる営業を行なわれなければならない。

営業というと、訪問営業がぱっと思い浮かぶ人も多いだろう。実際に書店を訪問して営業をすることで、出版業界での勤務経験がない方はドラマや映画などで見た覚えがあるだろうが、スーツを来た営業マンが書店を訪れ、自社の本の並びなどを確認していたりするアレだ。しかし、あれはあくまで委託配本をする大手出版社の話であって、そもそも新興出版社の書籍は訪問した書店に並んでいない。

では、書店員を捕まえて「本を置いてください」と頼めばいいかというと、ことはそう単純ではないのだ。

  • どの仕事もそうだが、書店員もそれなりに忙しいので、飛び込み営業を受けている時間がない。
  • 飛び込んだところで、書籍の棚(破滅派なら文芸)の仕入れについて決定権を持つ人が必ずいるかどうかはわからない。
  • 事前にアポ取りをするという手もあるが、それはそれで大変であるし、そもそも営業リストがない。
  • 人的にスキルによって頼み込んでおいてもらうということももちろん可能だが、売れなかったら返品される。
  • 一日に訪問できる書店の数というのは限られている。20分/1軒で8時間で24軒、1軒あたり0.5冊仕入れてくれたとしたら、1日で12冊、単価2,000円×65%だとして、15,600円の売上である。人件費・交通費ほかの諸経費を考えると、かなり厳しい数字だ。

もちろん、訪問営業をすることに意味がないわけではない。書店には詳しくなるし、自社の出版物と相性のよい書店を見つければ、フェアなどもやってくれるかもしれない。チェーン書店は仕入れの傾向を決めるバイヤーのような地位の人がいるそうなので、そうした人の目に止まれば大きな展開もありえるだろう。だが、それは長い時間をかけて構築されたブランドあってのことであり、新興出版社が初めの1,2冊ではまだその段階にないだろう。

また、書店営業には地理的制約が大きく関わってくる。本拠地が東京をはじめとする大都市圏にあれば周れる書店数も多いし、フェアやイベントなどに関われる機会も多い。当然、地方だと訪問できる書店数は限られてくる。

では、どのようにして書籍の注文数を増やしていけばよいだろうか。

その1. 仕入数≒注文数>実売数

まず、非常に重要な前提なのだが、取次が初回に出版社に対して発注する数量は注文+αである。この注文数とは、書店から取次への発注数であり、この注文の内訳は以下のとおりである。

  • 書店からの注文。発売前の予約はほとんどないので、書店の「これぐらいなら売れるだろう」という予測がベースになる。
  • ネット書店からの注文。読者からの予約数によって決まる。

事前に話題になる要素があれば、注文数に対して上乗せする数字は大きくなる。あとは実売数に応じて再度注文が来るという仕組みだ。

たとえばあなたが初版を2,000部刷ったとしても、注文が600部なら、取次は800部以上発注することはないだろう。となると、あなたの手元には1,200部の在庫が残ってしまう。したがって、2,000部刷るなら、少なくとも1,200部ぐらいは発売前の1ヶ月で注文を取れるようにしておくべきだ。

なお書籍の一般的な返品率は4割ということがよく言われるが、これは委託配本だからであり、まだ3冊しか出していない破滅派の経験だと注文配本の返品率は25%以下である。

その2. カタログスペックを充実させる

とくに出版業界でそういう言葉があるわけではないのだが、ここではカタログスペックという言葉を便宜的に使いたい。スペックというのは、性能のことであり、車でいえば大きさ・燃費・搭乗人数・値段などのことである。これらはすぐにわかるし、消費者にとって役に立つ。たとえば私は子供4人の6人家族なので、メインの車に5人乗りを選ぶことは絶対にない。こうしたわかりやすい指標は埋められるだけ埋めておくことだ。

本にとってのカタログスペックがなにかというと、ざっと以下のものがある。

  • 価格
  • ジャンル(文芸 > SF、ライトノベル or ノンフィクション > 歴史 > 雑学)
  • 著者(芸能人、インフルエンサー、新人賞受賞作家、特異な経歴の持ち主)
  • テーマ、トピック(新人SF作家の作品を集めたアンソロジー、縄文時代の恋愛事情について解き明かした)

これらの情報は本それ自体から導き出せるので、出版社が用意できる。おすすめは版元ドットコムに登録しておくこと。版元ドットコムに登録した情報はJPROを経由してAmazonなどの通販サイトに転載される。

当たり前といえば当たり前なのだが、読者は書籍を読むことなく購入するし、書店は書籍を読まずに販売する。もちろん、書籍をしっかり読んで仕入れを決定する書店員もいるだろうが、それはまれなケースであり、書店に並ぶ書籍すべてに目を通すことはない。この「書店員に仕入れてもらうためには読まなくてもそれが売れるとわからなければならない」という厳粛な事実を前提にしておこう。

ここで整理したカタログスペックは、書店はもちろんのこと、書評家や雑誌新聞なども参考にしているので、必要な情報はあますことなく書いておこう。著者や関係者(その中にインフルエンサーがいれば最高だが)もこれらの情報をもとにSNSなどでシェアするので、重要な一時情報としてしっかり定義しておきたい。

なお、破滅派がよく書店から聞かれるのが、「破滅派の本は取次経由で注文できるのか?」ということ。誰も破滅派のことは知らないのである。「どの取次で注文できるのか」「返品はできるのか」といった書店向け情報もきちんと記載しておこう。やはりおすすめは版元ドットコムに記載することで、入力フォームの項目を埋めていくと必要な情報が埋まるようにできている。

その3. リストマーケティングを展開する

さて、注文を受け付けるには、まず商品の存在を知ってもらわなければならない。実は版元ドットコムやNOCS 7のような書店向け注文サイト(参考)に書籍の注文情報は出ているのだが、新興出版社の存在など誰も知らない。したがって、こちらから「これこれこういう本が出ましたよ」ということを伝えなくてはならない。

また、書籍というのは1つの書店で何十冊も仕入れないので、1〜5冊といった数字をコツコツ積み上げていく必要がある。となると、それなりに多くの書店から注文を集めないと1,000部以上には届かない。

以下にそのための方法を紹介する。

同報FAX

版元ドットコムにはFAX一斉送信サービスが存在し、書店のリストもすでにある。ここで1,000件ぐらいのFAXを送信すると、注文が来る。破滅派が実際に送信したFAXはこちらから確認できるので、参考にしてほしい。

長くIT業界で仕事をしてきた私は「いまさらFAX?」と考えていたのだが、書店へのダイレクトマーケティングとしてはもっとも有効な手法である。ウェブサイトやSNSを持たない書店も多いし、自分のメールアドレスを持っている書店員も少ないだろう。そうなると、FAXがもっとも効果的な書店営業方法の一つである。

なお、同報FAXは1件あたり15円から20円ぐらいの費用がかかる。20,000円/1,000件なので、効果の薄い書店への送信は避けたい。書店側から「今後FAX送らないでください」という返信をもらうこともあるので、同報FAX送信リストは丁寧にメンテナンスしておこう。

ちなみにこのFAXは書店への飛び込み営業でも役立つので、何部か印刷して持ち歩くと便利である。

営業代行

世の中にはいろんな仕事があるもので、書店への営業代行を受け持つ会社が存在する。できれば歩合制のところにして、1冊の注文あたり定価のn%という契約の営業代行を見つけよう。自社の専任営業を持てるようになるには会社がかなりの規模まで成長している(=販売管理費が大きくなっている)必要があるので、営業代行は積極的に活用していこう。

営業代行には電話営業と訪問営業の2つが存在するが、後者の方が当然ながら一件あたりの単価は高い。

注意点として、営業代行と出版社の利益は必ずしも一致しないという点である。営業代行は書籍の注文数が増えるほど売上が増えていくが、出版社は返品があるため、売上は実売数に応じる。極論すれば、営業というのはうまいこと言って仕入れてもらう仕事なので、同報FAX同様に返品率の高い書店を見極め、営業先のメンテナンスを心がけよう。

書店訪問

前述したように、地理的制約がなければ書店も訪問しよう。これは書籍の注文を取るという目的はもちろんのこと、出版社として認知してもらうためである。

メールマガジン・SNSなど

こちらは書店ではなく、読者への訴求である。読者がAmazonなどのネット書店で予約注文をすると、ネット書店は取次にそれ以上の部数を注文する。ネット書店での予約注文は返品がほぼないので、それに応じて取次からの仕入れ数も増えていく。取次は多くの出版社と取引をしているので、ネット書店の予約注文状況で本が売れそうかどうかを新興出版社よりも的確に判断できる。

新興出版社のファンが既に存在する場合、その人たちに「Amazonで予約注文してください」と頼んでしまってもよいだろう。Amazonランキングはマーケティングシグナルとして非常に有効なので、そのランキングで上位に露出することはよい宣伝になる。ランキングで上位にあがれば、当然Amazonのランキングを意識している書店も「話題だから注文してみようかな」と思うだろう。

まとめ

以上、本稿では書店からの注文を集める方法について紹介した。

  • 基本的にはBtoBのリストマーケティングである。
  • 注文数と返品率を元にした営業先のメンテナンスが欠かせない。
  • 注文数から仕入れ数が決まり、実際に売れる数はそれより少ない。

上記を基本に注文をたくさんあつめて発売日を迎えよう。