水が上から下に流れるように、商売にも流れがある。まず、何かを企てる人がいる。その人は企てによってお金を儲けようと考えている。すると、その企てに応じる代わりに対価を要求する人が現れる。最終的にその企てが達成されると、関わった人々のあいだでお金を分け合う。この図式を単純化したものが次の通りである。
- 企業
- 仲介業
- 最終消費者
出版にこれをあてはめると、企業は出版社であり、最終消費者は読者である。本稿では仲介業について詳しく説明するとともに、金の流れについても紹介しよう。
出版業に出現する仲介業者
出版業に携わるあなたがこれから出会う業者は次の通りである。まず、概観をつかむために次のような図を紹介しておこう。
取引ルート | 企業 | 仲介業 | 小売店 | 最終消費者 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
書店流通 | 出版社 | → | → | 取次 | → | → | 書店 | → | 読者 |
出版社 | → | 仲卸 | → | 取次 | → | 書店 | → | 読者
|
|
直取引 | 出版社 | → | → | → | → | → | 書店 | → | 読者 |
ネット書店 | 出版社 | → | → | → | → | → | ネット書店 | → | 読者 |
出版社 | → | → | 取次 | → | → | ネット書店 | → | 読者 | |
直販 | 出版社 | → | → | → | → | → | → | → | 読者 |
こうした商流において、一般的な書籍の取り分は出版社7割・取次1割・書店2割といわれている。出版社7割というのは大手出版社に限った話であり、あいだにより多くの仲介を必要とする新興出版社は6割ちょいと考えておいた方がよいだろう。この分配構造で着目すべきは書店2割の低さである。一般的な小売業(完成品を仕入れて売る)の売上原価(仕入費用)は、5割〜7割5分といわれている。つまり、書店はそれらよりも低い売上しか上げられないのだ。これは業界の構造的問題として認知されており、業界の構造を変えなければいけないと多くの人が思っているので、これから出版社を始める方はこの点をよくおさえておこう。
それでは、上記の図を念頭にそれぞれのプレイヤーを紹介していきたい。
取次
取次とは、一般的な商習慣に当てはめると、問屋である。問屋が企業から商品を仕入れて小売店に販売するように、取次は出版社(版元)から本を仕入れて書店に販売する。ただ、後述する再販制度により、厳密な意味での仕入れではない。というのも、返品できるからである。
取次には大手取次というものが存在し、有名なのは日販・トーハンである。世の中の大多数の書店はこの二社から仕入れており、出版社としての見え方は「日販・トーハン以外は珍しい」という印象だ。ちなみに、「書店が日販と契約している」ことを指して出版業界では「〇〇書店は日販帳合」という言い方をする。ここらへんの独特のワーディングについては書店用語の基礎知識などに目を通しておくと良いだろう。出版業界には独特の言葉があるので、わからない場合はすぐに調べる癖をつけておくべきだ。
さて、新興出版社が大手取次といきなり契約できるかというと、まずない。ではどうするかというと、東京の神田神保町には多くの中小取次が集まっており、神田村取次などと呼ばれる寄合所帯、ある種のコミュニティが形成されている。たとえば破滅派は八木書店という古い歴史を持つ出版社・書店・取次のすべてを兼ねる会社と契約しており、八木書店経由で日販・トーハンなどの取次に納品している。この形態を仲卸という。出版業界では仲間卸と言われることもある。仲卸をする取次は、古くからある専門出版社がベースになっていることがあり、大手取次と有利な契約条件を結んでいることが多い。そこから少しマージンを引くことで商売を行っている。まずはこれらの仲卸と契約を結ぶことがスタートになるだろう。
もしくは、あなたに複数の起業経験があったり、なんらかの理由で多額の金銭を持っている場合は大手取次と口座を持っている社歴の長い会社を買収するという方法もある。古い会社は後継者問題に悩んでいることも多いので、歓迎される場合もあるかもしれない。
書店
生まれてから一度も書店に行ったことがない人がこの記事を読んでいることは想像しがたいので、どのような書店があるのかについて説明したい。
チェーン書店
いわずもがな、MARUZEN&ジュンク堂、紀伊国屋書店、TSUTAYA、未来屋書店などの書店である。もちろん、それぞれのチェーンに違いはあり、たとえば破滅派は紀伊国屋書店・丸善・ジュンク堂などではわりと成果を出せているが、未来屋書店・TSUTAYAなどでは苦戦が続いている。どのチェーンに強いかは出版する本の内容によって当然変わるが、『シン・サークルクラッシャー麻紀』が家族連れの多いAEONに入っている未来屋書店でそんなに売れるかというと売れるわけがないので、自社の出版物の傾向に応じて色々考えてみてほしい。また、未来屋書店ひとつとっても、文芸書に強い店舗とそうでない店舗があるので、それぞれの店舗ごとの傾向などはよく知っておく必要がある。人口の割に本がよく売れる街もあれば、強烈な書店員がおすすめしまくることによって売れる書店もあるのだ。
独立系書店
チェーン書店ではない書店、という意味ではそうなのだが、昨今増えている独自のカラーを打ち出す書店のことを指す。私は千葉県千葉市の総武線沿線に住んでいるのだが、昔は駅前に何件か書店があった。雑誌や漫画などが並んでいて、こぢんまりとした店構えだった。しかし、いまそういう書店は消えつつある。実際、私の住む街に書店はなくなり、近くのイオンまで車で行く必要がある。こうした書店のうちいまも続いている店は、だいたい学校への教科書納品や図書館の注文取次などでほそぼそと事業を続けているところがほとんどだろう。
ここで挙げる独立系書店というのは、非チェーンでなんらかの特徴を打ち出している書店のことである。品揃えが特徴的だったり、立地が変わっていたり、コンセプトのあるイベントを開催したりするような、そういう書店である。ざっと例を挙げてみよう。
- 双子のライオン堂(東京都・赤坂)
- かもめブックス(東京都・矢来町)
- 書肆 海と夕焼(東京都・国立市)
- 本屋lighthouse(千葉県・幕張)
- つまずく本屋ホォル(埼玉県・川越市)
- 高久書店(静岡県・掛川)
- toibooks(大阪府・大阪市中央区)
- 「本」屋プラグ(和歌山県・和歌山市)
これらの書店のウェブサイトを見てみると、それぞれの特徴がよくわかるはずだ。なお、独立系書店の店主の多くは若い世代が多く、本を売ることをまだ諦めてない人たちが多い。SNSをやっている書店も多いので、フォローしてみると情報収集に役立つはずだ。
ネット書店
ネット書店というのは、要するにAmazon・楽天ブックスなどのことである。現在、多くの出版物の三割以上がAmazonで売れているらしい。専門的な書籍では、その割合はより高くなるだろう。ネット書店とリアル書店の違いはいくつもあるが、ネット書店は伸び続けており、リアル書店は店舗を減らし続けているというトレンドがまずある。「Amazonがあるから本屋にいかなくなった」という方は多いだろう。ネット書店については本連載の中で深く掘り下げていく予定である。
出版業界で押さえておくべきポイント
出版業界も日々変革の必要に迫られているが、商流という観点からいくつか押さえておくべきポイントを紹介しよう。
取次経由の書籍流通がほとんど
書籍流通の6割程度は取次経由だそうである。また、Amazonなどのネット書店も結局は取次から本を仕入れているので、本の多くは取次を経由して書店に並ぶ。それ以外の売れ方は現在のところ例外的なものにとどまる。もちろん、市場の中で例外だからといって、それで出版社が成り立たないと言い切ることはできないが、それなりに工夫をしないと難しいだろう。
また、破滅派の書籍でいえば、ほとんどの書店が日販あるいはトーハンを取次として利用している。楽天ブックスネットワーク(かつての大手取次2社大阪屋・栗田が合併した楽天の子会社)からの注文は楽天ブックスで売るための注文であることが多く、それ以外の取次からの注文はまれだ。もちろん、これは破滅派が一般文芸を取り扱っているからで、専門書を取り扱えばTRC(図書館流通センター)からの注文が増えるかもしれないし、多少の違いはあるだろうが、なんにせよ日販・トーハンが多い。
Amazonにはe託というサービスがあり、出版社はこれを利用すると直接Amazonと取引できるのだが、2019年ぐらいから新規の募集を停止しており、再開のアナウンスもとくにないので、これから出版社を作る人が利用することは難しいだろう。
なんにせよ、取次経由の流通をしない場合、もっともメジャーな流通経路から外れることを意味するので、新規参入を考えている方はこの点を十分意識しておく必要がある。
再販制度・返品が存在する
再販制度とは、出版社が価格を決定して小売店がその価格で販売する制度である。本来、これは独占禁止法違反なのだが、著作物は例外として認められている。再販制度は出版社・取次・書店のそれぞれの契約で維持されており、法的な罰則などは特にない。例外としてバーゲンブック(非再販本)という制度があり、八木書店ではバーゲンブックの販売も行っている。
また、出版業界では取次ルートで仕入れた場合、書店は一定期間が経過したのち、それらを返品することができる。あくまでこれは後述する配本方法で出版社・取次・書店の了解が取れている場合に限る。普通の小売業では仕入れたら値下げしてでも売り切るのだが、書店は再販制度によって値下げができないので、返品条件付きで配本するのが普通である。
なお、返品を受け付けない、つまり買い切りでしか仕入れさせないので有名なのは岩波書店である。また、ポプラ社が『KAGEROU』(水嶋ヒロ)を出版して話題になったときは責任販売制度を採用した。これは返品のときに10%だかの差額が発生する(=つまり、ただ返品すると書店は損をする)取引で、わりと新しい制度だ。新興出版社がこの制度を利用できるかどうかは不明。
委託配本・注文配本
出版業界独特の流通の仕組みとして、委託配本という制度がある。取次は仕入れた本を見繕って書店に配本する。要するに、問屋が勝手に商品を見繕って送りつけるわけだ。書店はその本を棚に並べ、一定期間経つと売れ残りを返品する。この委託配本は多くの書店で一般的な取引であるらしい。この委託配本が主流だという事実は出版社を作る以上覚えておかなければならないだろう。委託配本と返品自由(これをフリー入帳という)の組み合わせは多様な出版文化を守るためとして普及した制度ではあるが、同じ制度のない国で出版文化が滅びたわけでもないので、慣例的なものと考えておくのが良いだろう。この委託配本が40%という高い返品率のもとになっているという批判もある。
その一方、注文配本という「書店がこの本を仕入れたい」と要望して能動的に仕入れる方法もある。「客注(書店に訪れた客が書籍を注文すること)が入った」「話題の書籍なので多く仕入れたい」「出版社から営業を受けて仕入れようと思った」などのさまざまな理由がある。基本的には「注文したのだから返品はできない」というのが建前ではあるが、破滅派のように委託配本の対象にそもそもなっていない出版社は、基本的には注文をとって注文配本をすることでしか書店に本が並ぶことはない。では破滅派の書籍は返品できないのかというとそんなことはない。返品了解を行うことで注文扱いでも返品することはできる。「通常は返品できないのだが特別な事情に限り返品できますよ」という建前を掲げつつ、その実、営業時などに「返品できますよ」と書店に持ちかけている出版社は多い。委託配本をする出版社の注文扱いと、注文扱いしかない出版社の注文扱いは意味が違うのである。
ちなみに、返品了解をとっていない状態で書店が注文扱いの書籍を返品するとどうなるかというと、取次から「書店との約束にないので返品できません」と返送されてくるそうである。これは逆送と呼ばれる。逆送についてはポット出版の日誌を参考にしてもらいたい。
なんにせよ、これから出版社を興す場合は注文扱いでしか配本できないことがほとんどなので、その点は覚悟しておこう。
直取引ルートは無視できるほど小さい
上述した書店2割という問題があるとして、シンプルに「じゃあ中抜きして書店と出版社で直接やりとりしたらいいんじゃない?」と考えることはできるが、こうした直取引は有効な解決策となっていない。だいたい、以下のような問題がある。
- 配送料の問題。取次は配本する場合、書籍一冊あたりの配送料は10円にも満たない。というか、破滅派は書籍の納品・返品で日本中に書籍を行ったり来たりさせているが、その送料を支払ったことはない。一方、直取引する場合、破滅派から書店に配送する必要があるのだが、直接配送すると一冊200円程度の送料がかかる。返品されると送料は倍になる。
- 認知の問題。委託配本制度の存在から当然ともいえる帰結なのだが、書店のうち能動的に書籍を探して仕入れるのはどちらかというと少数派である。したがって、「直取引をやっています、高い利益率になります」と出版社がいくら訴えたからといって、多くの書店はそれを知ることさえない。
- 決済の問題。まず、返品を受け付ける書店のようなロングスパンの取引では、利用できる決済サービスが限られている。また、多くの書店ではBtoB(企業対企業)のクレジットカード決済などに対応していないので、銀行振込などの制度に頼る必要があるのだが、書籍の価格に対して振込手数料はけして安くない金額であり、入金確認と消し込みという煩雑な事務作業が発生する。これらを解消するためにはある程度の取引ボリュームを出す必要があるのだが、そうすると取次と契約して買掛金でまとめて処理した方が書店にとっても便利だという結論になる。
これらの問題があるため、結局のところ出版社と書店の直取引は有効なソリューションたり得ていない。よほどの知名度がない限り、最初から直取引を当てにするのはやめておこう。ただ、工夫の余地がある流通形態ではあるので、よいアイデアがある方は試してみるとよいだろう。
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本稿では出版社と読者を結ぶプレイヤーとそれにまつわる商習慣を紹介した。基本的には出版社→取次→書店→読者という商流になっている。もちろん、この伝統的な商流に改善を加えることも新興出版社に許された自由ではあるので、チャレンジしがいがある。現状の出版業会の仕組みをよく理解した上で、新しい風を起こしてほしい。
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