典型的な純文学の書き手が目指すべきキャリアというのは、一般的に次のようなものである。

  1. 新人賞を受賞し、デビューする。
  2. 2,3作を発表し、単行本を出版する。
  3. 三大新人文学賞(芥川賞、三島賞、野間文芸新人賞)を受賞する。

もちろん、これは「うまくいった場合」であり、新人賞を受賞してデビューしたすべての書き手がこのキャリアを築くわけではない。では、どれぐらい上手くいかないのだろうか? 傾向と対策のようなものはあるのだろうか? キャリアから外れた作家はどのような末路を辿るのだろうか?

本稿では、上記の疑問に答えるために、公開情報を元に新人賞受賞者たちのその後のデータをまとめた。新人賞受賞者の成績、死亡率(後述する)、三大新人文学賞の受賞者の出身などである。利用したのはWikipediaやAmazonの書誌情報など手軽にアクセスできるものだ。どちらも完全なものではないのが、他にこのようなデータを見たことがないので、参考程度にはなるだろう。

基礎データ

まず初めに2つの基礎データを紹介する。「新人賞受賞者リスト」と「新人三賞受賞者リスト」だ。

新人賞受賞者リスト

新人賞受賞者リスト

新人三賞受賞者リスト

新人三賞受賞者リスト

まず、新人賞では以下の項目を評価指標とした。

  • 本の冊数 出版した本の数。多ければ多いほどよい。
  • メジャー・マイナー 「メジャー」とは五大文芸誌を持つ版元。太宰治賞受賞作が筑摩書房から出る場合だけ例外的にメジャー扱いとした。「マイナー」はそれ以外の出版社すべて。KADOKAWAや幻冬舎などは大手だが、純文学ではないとして「マイナー」扱いになっている。
  • 成績 芥川賞受賞を10、野間・三島受賞を3、単行本が出た場合を1、本が出なかった場合を0とした。直木賞を受賞した佐藤究、島本理生も10と計測している。

続いて、新人三賞では、どの新人賞出身かを併せて受賞者をまとめている。出身の記号の意味は次のとおり。

  • H (Hook up) 地方文芸誌や推薦などによりフックアップされた人。玄侑宗久、西村賢太などが該当する。
  • C (Converted) 演劇、詩、ミュージシャンなどの隣接ジャンルからコンバートされた例。本谷有希子、又吉直樹など。
  • A (Alternative) 早稲田文学新人賞、地方文学賞などの賞でデビューした例。黒田夏子、小野正嗣など。
  • M (Multiple) メフィスト賞・創元SF短編賞などのエンタメ・ジャンルフィクションでデビューしたのち、文芸誌にも寄稿するようになった複数ジャンルで活動する例。舞城王太郎、高山羽根子など。

上記のデータをもとに、新人賞受賞者の変遷をある程度可視化したい。

どの新人賞受賞者が活躍するか

まず、総合点数の累積から見ていきたい。データの詳細は元データをあたっていただくとして、5年ごとに新人賞を区切り、どれぐらい成果が出ているのか見てみよう。以下が新人賞出身者別総点数である。

新人賞受賞者の累計得点

 

まず、得点を上げるには本を出して受賞することが重要である。受賞の確率は活動期間が長い方が可能性が高いので、毎年一定の率で同程度の才能を輩出している文学賞ならグラフは必ず右肩下がりになるはずだ。しかし、2016-2021年は計測期間が1年多いことを差し引いても、すでに2006-2010と2011-2015を上回っている。2016年以降の新人賞受賞者はそれ以前の10年よりたくさん賞を取っていると考えて良さそうだ。下記グラフは上記のグラフを折線に分解したもの。

新人賞別累計刊行点数

ざっと読み取れる傾向としては以下のとおり。

  • 2006-2015は全体的に新人賞受賞者冬の時代である。2016からは復活トレンドがある。
  • すばる・太宰賞はとりあえず本が一冊出るのが基本路線。ただし、新人三賞にはあまり恵まれない。
  • 新潮は2006-2010に、文學界は2011-1015にそれぞれ粛清のような時代がある。
  • 通年でみると、新潮・文藝は安定して売れっ子作家を排出している。

1/19の芥川賞を石田夏穂「我が友、スミス」が受賞することはすばるにとって金原ひとみ以来の悲願となるだろう。

一つの仮説として、「応募者の数が減ったから優れた才能が排出されなかった」という考え方もできる。それでは、今度は応募倍率の変遷を見てみよう。

応募倍率の変遷

文學界や新潮の粛清時代が特に応募倍率が低かったかというと、そういうわけではない。また、文藝の好調を支えた時期(2016-2021)も他の文学賞と比較してそれほど高倍率だったというわけでもなさそうだ。よって、分母の数の低さが粛清の理由というわけではなさそうである。当然ながら、各誌編集部の意向(=新人を売り出したくない)や能力(=新人を育てられない)も関係しているだろう。

上記のグラフをざっと見ると次のようなトレンドがある。

  • 新潮と群像は獲るのが難しい。これは複数受賞者をあまり出していないことも関係している。
  • すばるは2005年の金原ひとみショック以来、倍率が低い。
  • 文學界・文藝は思ったほど倍率が高くない。

では、新人賞受賞者がその後キャリアを積んで新人三賞をどれぐらい獲れるのかを見てみよう。

新人3賞受賞者の出身

受賞者がない年もあるのでグラフが見づらいのだが、特筆すべきは新人賞受賞していない作家の受賞の多さである。他に見て取れる点は下記の通り。

  • 文藝・新潮出身者が新人三賞のツートップである。
  • すばるは新人三賞をほとんど獲っていない。太宰賞出身者の方が多い。
  • 文學界出身者は意外にも三島賞を獲ったことがない?

上記をまとめると、2022年現在、純文学の作家として売れっ子になる可能性が高いのは文藝賞または新潮新人賞に出すこと、となる。

どの新人賞が死ぬのか?

続いて、新人賞の受賞者として死亡率が高いのはどの賞なのかを見てみよう。ここでは「死亡」を「新人賞受賞ののち一冊もメジャーから本が出ないこと」と定義する。

  • WikipediaとAmazonで著者名を検索しただけなので、もし死んでいないにも関わらず死亡者認定されていた場合は謹んでお詫びする。
  • 筆名変更はできるかぎりフォローしたつもりだが、漏れはあるかもしれない。
  • 直近3年以内にデビューした新人は本が出ていなくても仕方ないので、死んでいるが死んでいない。「直近3年以内」の定義だが、私が複数の編集者に「三年間も本が出てなかったら誰も覚えていないよ」と言われたからであり、私が「三年間本が出ていない作家は終わっている」と思っているわけではないので、ムッとして抗議してこないでほしい。なにより、私自身がそうなのだから。

死亡率の推移

ご覧のとおり、粛清時代の新潮(2006−2010)・文學界(2011-2015)では当然ながら死亡率が高くなっている。特に、2011-2015の文學界では88%が死亡している。また、次のようなこともわかる。

  • 太宰賞は死なない。本が必ず出る。
  • 文藝賞・すばるは死亡率が低い。
  • 新潮・文學界は平均して半分が死ぬ
  • 新潮は倍率が高い上に死亡率も高い

死亡者のうち、マイナーから本が出た作家は「復活作家」と定義する。復活作家は統計上以下の7人。漏れがあったら報告されたし。

  1. 浅尾大輔(新潮2003)
  2. 佐藤弘(新潮2004)
  3. 高橋文樹(新潮2007)
  4. 上村渉(文學界2008)
  5. 太田靖久(新潮2010)
  6. 馳平啓樹(文學界2011)
  7. 諸隈元(文學界2014)

ご覧のとおり、粛清時代を経験した新潮・文學界出身者で占められている。世代的にもロスジェネに分類されており、社会はこの世代に何か恨みでもあるのか、などとロスジェネど真ん中の私などは勘繰ってしまう。

このグラフ上では「復活」と「エンタメ・ジャンルフィクションへのコンバート」はわけて考えているが、佐藤究(群像2004)や十三不塔(群像2002)のような「別ジャンルの賞を獲って再デビュー」は広義の復活と捉えて良いだろう。特に佐藤究の東洋経済インタビューは感動するので併せて読むことをお勧めする。

まとめ

ピケティ風に、いったんまとめよう。純文学系新人賞のランキングを出すとなると次のとおり。

  1. 文藝(売れっ子多し、死亡率低い)
  2. 新潮(売れっ子多し、死亡率高い)
  3. 群像(売れっ子、死亡率ともに平均的)
  4. 太宰賞(売れっ子が稀に出る、死亡率低い)
  5. すばる(売れっ子が出ない、死亡率低い)
  6. 文學界(死亡率が高すぎ)

本稿の元となったデータは公開しておくので、コメントを寄せるなり、データを補正するなり、グラフを加工するなりして分析の精度を高めるよう協力してほしい。

また、データをまとめようと思ったそもそものきっかけは、1/24(月)に阿佐ヶ谷ロフトAで開催される「破滅ナイトvol. 2 新人賞アンチパターン」のためである。太田靖久をゲストに招き、「新人賞受賞後のムーブとして何をすべきだったか」を再検証するイベントとなっている。復活作家が自らを顧みるという貴重な機会なので、ぜひ参加してほしい。新型コロナウィルスオミクロン株の蔓延に伴い、状況の変化はあると思うが、オンライン開催は必ず行われる。

それでは、1/19日の受賞者発表を楽しみに待ちたい。