特殊設定ミステリーに分類される本書では、「二人以上殺した人間は即座に地獄に送る天使」という設定により、「連続殺人を行えない世界」が舞台となっている。冒頭のこの設定で鍛えられた名探偵破滅派達は「この状況で連続殺人が発生するのだろう」と予測を立てるはずである。
本稿では便宜的に「一人が一度きりの殺人を犯すこと」を単独殺人(S)、「同一犯が二連続で殺すこと」を二連続殺人(W)、二連続殺人による天使からの報復を地獄行き(H)と呼ぶことにする。当然、三連続殺人を時間を隔てて行うことはできないので、本作では発生していないと考えられる。
課題の五章までで六件の殺人が発生している。五章七節の青岸のメモを引用すると以下の通り。
- 常木(心臓を刺されて死亡)
- 政崎(喉を突かれて死亡)
- 報島(行方不明・地獄に堕ちた?)
- 天澤(井戸から転落し死亡?)
- 小間井(首を刺されて死亡)
- 争場(天使の裁きを受け地獄に堕ちた)
この殺人のうち、犯人が明らかなのは争場による小間井殺害である。このメモ通りに死亡理由をまとめると、次の通りになる。
常木 | 政崎 | 報島 | 天澤 | 小間井 | 争場 |
---|---|---|---|---|---|
S | S | ? | ? | W | H |
単純なルールとして、「地獄行きがいる人数が多ければ多いほど犯人の数は少ない」わけである。まず争場が地獄行きになったということは小間井を含めて二名を殺したことになるが、この殺害は青岸によれば予見されたものであった。したがって、争場には小間井を殺す動機があるのだが、争場がやぶれかぶれになって小間井を殺して二連続殺人を犯したのではなく、争場は自分では意図しないうちにすでに殺人を犯していたと考えられる。
そして、報島が地獄行きになった仮説だが、おそらく第六章で報島の死体が発見されて否定される。というのも、天使による地獄行きは証拠が残らないので第六章で判明しようがないからである。最終章で地獄行きのタネ明かしという興醒めがありえない以上、地獄行きになったのは争場一名だけとなる。
常木殺しは政崎でないとならないと青岸は推理しているため、政崎・報島・天澤のいずれかが争場による意図しない殺人のはずだがあり、このうち、天澤に関しては争場にアリバイがあるので、政崎または報島が争場による意図しない殺人の犠牲者となるが、報島の死亡が明かされていない以上、「意図しない殺害トリック」としては政崎殺害がふさわしい。
残る殺人は報島・天澤の二件だが、地獄行きはあり得ないので、関与した殺人者があわせて2名いるはずである。そして、小間井が倉庫の備品リストを隠していたことから彼は共犯者の一人だろう。そうすると、死亡理由表は以下のように更新されうる。
犠牲者 | 常木 | 政崎 | 報島 | 天澤 | 小間井 | 争場 |
---|---|---|---|---|---|---|
殺人種別 | S | W | S | S | W | H |
犯人 | 政崎 | 争場 | 真犯人or 小間井 | 真犯人or 小間井 | 争場 | 天使 |
以下、推理を箇条書きにまとめる。
- 真犯人は宇和島である。小間井と争場それぞれと二重共犯関係にあった。
- 松崎が天使同盟のいさかいから常木を殺害する。
- 宇和島は政崎を薬物で昏倒させ、争場に「すでに死んでいる」と偽り、槍で刺させる。意図しない殺人が成立する。
- 報島は宇和島によって殺害される。
- 宇和島によって「天沢が常木殺しの犯人である」と唆かされた小間井が天澤を井戸に放り込み、倉庫にあったガソリンで燃やす。
- 宇和島は数十メートルなら沖に出られるモーターボートで報島の遺体を捨てる。ボートの準備をしたのは小間井。執事なのでついつい掃除をしてしまった。
- 小間井を口封じにする必要性について、宇和島は争場に虚偽の報告をする。争場は自分がすでに殺人を犯していることを知らず、小間井を殺害する。
- 宇和島の動機は天使同盟を全員殺し、青岸探偵事務所の仇を討つことである。
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