テーテーツテツッテッテッテテーテーツテツッテッテッテテーテーツテツッテッテッテテーテーツテツッテツッテ、アスファルトタイヤを切りつけながら、TKは新宿六丁目の賃貸マンションに辿り着いた。駅の掲示板に書かれていたメッセージの最後はXYZで「あとがない」だ。ちなみに、WXYと縦に書くとセクシーな女体が表れるというのはここだけの話だ。
依頼人がいるのは605号室。郵便受けを見たところでは、性感マッサージや彫り師の事務所ばかりだ、まともな依頼人ではないだろう。赤い鉄の扉を二回ノックする。返事がない。胸にとめたコルト・パイソンに銃弾が装填されていることを確かめ、そっとノブを回す。
室内は暗く、人の気配がない。玄関から部屋の奥を見渡すことができた。正面の窓が開いて、カーテンが夜風にはためいている。おそらくだが、すでに依頼人は……と諦めを覚えながら奥へと進むと、右手の死角だった場所に革靴を履いた男の足が、おそらくは仰向けに倒れているであろう角度でのぞいている。匂いでわかる。死んで二時間は経っているだろう。警戒しながら遺体に寄ると、男の後頭部のあたりが欠けているのがわかる。至近距離からマグナムでもぶっ放さなければ、こうはならない。
“It’s your pain or my pain or somebody’s pain…”
TKはorを多めにひとりごちる。TKの文法はいつも間違っているが、言っていることは正しい。それは誰かの痛みだった。依頼者の名前もわからない。見る限り、顔もめちゃめちゃに粉砕されていて——おそらく後頭部から突き抜けた銃弾の衝撃が末期の表情さえ奪ってしまった。
ここ二週間ほど歌舞伎町界隈を騒がせていた殺人事件があった。殺り方に特徴がある。どれもひどく残酷だということだ。被害者に特定の傾向はない。快楽殺人との見方が優勢だが、TKには知ったことではない。わかっていることはただ一つ。助けを求めてきた依頼人を救うことができなかった、それだけだ。
マンションをあとにしたTKは、電話ボックスにテレホンカードを差し込む。通話先は新宿署の警視庁特捜部。なかなか出ないが、三十回以上コールすると誰かが出る。
「はい、警視庁特捜部新宿分室」
電話に出たのはKTだった。一度抱いた女の声はすぐにわかる。
「歌舞伎町のサイコ野郎の情報、もっこり一発でどう?」
「情報次第ではいいわよ」
「六丁目のマンションで新しい仏が見つかった。獲物は銃だが、かなり大物だ。窓から脱出した形跡あり」
「そう。確認してから折り返すわ。事務所にいけばいい?」
「ああ、シャワーを浴びて待ってる」
TKは事務所に戻ると、宣言通りシャワーを浴びた。体を念入りに洗い、腰にタオルを巻いた姿でソファに腰を下ろす。ひんやりとした合皮の肌触りが尻を引き締める。悪くない夜だ。もっこりがタオルからこぼれそうになる。 I’m proud. ほれぼれする大きさと硬さだ。今夜、K子は帰ってこない。
「お待たせ」開け放した事務所からKTが入ってくる。「ガイシャは長銀副頭取、マンションは彼が家族に内緒で借りていたものみたいね」
「奴さんはアルバイトでもやってたのかい?」
「捜査してみないと、なんともね。愛人がいたという話も聞かないし……なんらかの危ない橋を渡ってたことは確かね。見つかったのは長めの頭髪と、どっかのもっこりバカが残した足跡だけね」
「それはそうと……」と、TKはKTの手を取る。「お礼の方はちゃんと受け取らせていただいていいかな?」
「そうねえ、まずはその前にこのラブレター見てもらえる?」
受け取った紙には筆文字で「逮捕令状」の文字。そして、読み終えるより先に手首にかちゃりと冷たい感触。手錠だ。
「とりあえず、その一物は留置所で一晩冷やしておくことね。夕方には出られるようにしといてあげるわ」
*
KTが去ったあと、新宿警察署の留置所で夜を明かしたTKは、夕方六時にK子に金槌で散々殴られ、頭部の流血が止まるまでさらに一晩眠っていた。目を覚ましたのは夕方六時。目の前には自分が殴ったくせに心配げなK子と見たこともないセーラー服の少女がいた。
「ちょっとTK、あんた大丈夫?」
「大丈夫って……殴ったのお前だぞ。それで、隣のお嬢さんは?」
呼びかけられた少女はAMIといった。彼女の依頼はシンプル。お父さんの仇を討ってほしい。お堅い職業に就きながら、家族に内緒で賃貸マンションを借りて、そこで顔面を銃で吹き飛ばされるような死に方をした父の仇を。
「お願いします! 私と一緒に! パパの仇を討ってください!」
TKにはわかっていた。こんな風に思い詰めた少女は仇討ちしか救えない。
「君は行く必要ないよ。俺一人でいく」
腰に巻いていたタオルをジーンズに履き替えると、TKは赤いタンクトップをまとい、その上にホルスターをつける。コルト・パイソンには銃弾を装填済みだ。
「私も行くわよ」
K子は滅多につけないホルスターを腰に巻いている。
「子守は兄貴の遺言になかったんだんがな」
TKは自分がその銃に細工をしたことを隠している。K子がけして人を殺めないように。
「まあいいさ、好きにしろ」
TKはそういうと、AMIを置いて、ミニクーパーに乗り込んだ。エンジンをかけ、とりあえずKTの元に向かう予定だ。助手席にはK子。いつもTKを殴る金槌は持っていない。なんでこの女は真面目な戦いの時にあの無敵の金槌を使わないんだ? まあそれはいい。少女の理不尽に対する復讐を手伝うだけだ。
TKはアクセルを全開に踏み込む。タイヤがアスファルトを切りつけながら、暗闇を走り抜ける。テーテーツテツッテッテッテテーテーツテツッテッテッテテーテーツテツッテッテッテテーテーツテツッテツッテ……。
波野發作 投稿者 | 2018-11-21 13:03
それ昭和やん!(皆の衆、後に続け
高橋文樹 編集長 | 2018-11-21 13:17
タイトルを平成バージョンに変更しましたw
波野發作 投稿者 | 2018-11-21 13:25
その手があったか!(負けた
Blur Matsuo 編集者 | 2018-11-21 18:07
TK世代なので、わらけました。
シティハンター感もあってとても読みやすかったです。ただ、テテテ…があまり音楽として響いてきませんでした。
藤城孝輔 投稿者 | 2018-11-22 02:01
80年代の空気とハードボイルドのミスマッチを楽しく読めた。「で、犯人は誰?」なんて問いを発すること自体が野暮に思えてくる。
私は「Get Wild」を聴いたおぼえがなく「TK」が小室哲哉を指すことはウィキペディアで調べてはじめて知った(YouTubeで検索すれば曲も聴けるだろうが、そこまではしていない)。このようにして私たちの同時代的な言及や引喩は後世の読者にとって意味を失っていくのだろう。曲が音楽として響いてこないのは上のコメントとまったく同感であるが、私の場合はひとえに背景知識に乏しいせいである。私の無知をお許しいただきたい。でも本作は80年代風ダサさを戦略的に使っているので、すべての元ネタを知らなくてもそれなりに笑えた。
一希 零 投稿者 | 2018-11-22 15:13
青年漫画の第1話のような掌編だと思って読みました。読み終えると冒頭とラストの表現が繋がっていて、アニメのオープニングソングのようだとも思いました。とにかくかっこいいし、いちいち笑えるし、語彙も素敵で上手だなあと思いながら読みました。
元ネタの曲も背景も全くわかっていないのですが、とりあえず波野先生の指摘によって救われた感じなのでしょうか。
大猫 投稿者 | 2018-11-23 23:34
ネタの歌を知らないので冒頭ので’テーテッテー’で挫折してしまいました。シティハンターに言及している方がいますが私もそれかなと思いました。魅力的なキャラクターが登場していますが、いくらプロの作家でも二時間で仕上げるのは無謀です。話が完結していないのでストレスが残ってしまいました。
春風亭どれみ 投稿者 | 2018-11-25 07:24
TKの文法はいつも間違っているが、言っていることは正しい。
ここ、好きです。しかし、ノリがあまりにも昭和の中坊の馬鹿話みたいなノリで。好きなんですが、タイトルには逆行する昭和感が頭から離れないので、星は。でも、こういうシティーハンターのパロしかり、VOW的なテイストは、伊集院光さんやみうらじゅんさん然としていて、平成ヒトケタっぽいといえば、っぽいかも……
牧野楠葉 投稿者 | 2018-11-25 14:18
『電話に出たのはKTだった。一度抱いた女の声はすぐにわかる。
「歌舞伎町のサイコ野郎の情報、もっこり一発でどう?」』
上文の格好良さと下文のゲスさの比較が最高である。
そして自分のもっこりに対するナルシズムで笑ってしまった。
なんだこのミスマッチ……と思いましたが、見事に調和していて、しかもこの文字数か。
と考えるとやっぱりすごいです。
Juan.B 編集者 | 2018-11-25 17:33
若い世代だけに許された疾走感がたまらない。台詞回しも、他の方のコメントの様に軽快かつ剽軽でキャラが思い浮かびやすい。もっこり。