かえりの会

応募作品

高橋文樹

小説

3,893文字

少女が見る、この世の終わり。それは切なさとともにやってきて、でも無慈悲で——2018年7月破滅派合評会「明日世界が確実に滅びるとして」参加作品。

やはり世界は滅びるらしいということをかすが確信したのは、NHKスペシャル最終回で女子アナが泣き出したときだった。これまで人類がはるか遠方で膨張していると思っていた白色矮星は、実のところ亜光速で地球に向かっていて、気づいた頃にはあと二ヶ月で着弾するそうだった。ビリヤードの白玉がそろっと九番にぶつかるみたいに。

映画とは違って、すでに何百発もの核弾頭搭載ミサイルが「恐怖の大王」と名付けられた星に向かって放たれていて、しっかりと着弾していた。皮肉なことに、よくわからない重力の法則によって速度を落としていた恐怖の大王は、青空をうっすらと白く覆いながら、その表面でミサイルの花火を上げる天体ショーを演じてみせた。それがまた腹のたつほど綺麗で、こんな風にやりようによっては大空を覆う薄い膜に白い煙がぽつぽつと浮かぶのだということをいまさらのように思い知った。たんぽぽの綿毛が春の青空を舞うその光景を、あるミュージシャンは「巨大な春」と評した。かす美は「うまいな」と思った。もちろん、そのうまさはなにをしてくれるわけでもないのだけれど、そういう風にうまいことを言えるのもまた人間のいいところだった。かす美の飼っている犬のキャッピーは、明日世界が滅びるという事実にあかんべーをするように、舌を出してスピスピと寝息を立てていた。

明日いよいよ世界が滅びるという朝、かす美はいつもの通り、制服に着替えた。これといってやることもないし、学校が嫌いなわけではなかった。トモちゃんは彼氏と一緒に過ごすとかいって、三日ぐらい前から旅行に出かけていた。たぶん、いまごろは処女じゃなくなっているだろう。それがどんな感じか聞けないのは少し残念だったけれど、仮に聞いたところでそれを実践する機会はもうないのだから、どっちでもいい気がした。トモちゃんは、どんな下着を着けていったんだろう。いまはもっと大人っぽい下着を買っているだろうけど、小学校六年のときに買ったりらっくまのブラとショーツだったら面白いな。はじめてセックスするとき、しかもそれがもうすぐ世界が滅びるっていう日に、りらっくまの下着を彼氏に見せたら、どんな気分なんだろう。なにリラックスしてるんだよ、とかいうのかな。私が彼氏だったら、きっと泣くだろうな。そんなことを考えながら、かす美はまだ動いている東西線の車内で、くっくっと笑った。まえはあれだけ混んでいた車内も、いまではがらんどう、座ろうと思えばどの席にだって座れた。まるで仮病を使って早退した午後二時半の東西線みたい。

その日の授業を終え、掃除当番の担当だった昇降口に赴くと、栗原が待っていた。一週間ぐらい前からLINEで「やらせろよ」としきりにメッセージを送ってきていたからブロックしたのに。

「おまえ、好きなやついるの? うん、いないよな」

栗原の顔は少しおかしかった。なに「うん」とかいって納得してんの、こっちはまだ何も言ってないのに。

「もし明日世界が滅びるとしたら、かす美にふさわしいの、俺だと思うんだよ」

なにこいつ、呼び捨てにしてんの? いままで「木島ぁ」とか呼んでたくせに。かす美は栗原の肩に見てとれる息の荒さを敏感に察知して、会話に付き合うことなくその脇を通り過ぎようとした。と、その肩を栗原の手が掴む。冷たさが気持ち悪い! 見ると、栗原はべっとりと汗を浮かべている。冷や汗っていうのは、こういうことを言うのだろう。

「おまえ、おまえ! おれは好きなんだよ! 俺の気持ち、受け止めてくれてもいいだろ?」

——え、普通に無理、と言おうとしたかす美は、喉が張り付いて何も言えなかったことに驚いた。なんか、怖い。逃げ出そうとしたけれど、足がすくんで動かない。栗原は両肩を掴んできた。冷たかった手に暴力の熱がこもる。

「やめろよ」

野球部の藤枝だった。百八十ぐらいある藤枝に見下されて、栗原はかす美の手をほどいた。

「ルール違反だぞ」という藤枝の忠告に栗原は「でも時間がないんだよ」と答える。そのあと少し言い争いがあって、栗原はやっと諦めてくれた。

「えっと、なんかゲームでもやってんの?」と、かす美は栗原が完全に去ったことを確認してから藤枝に尋ねた。

「ちょっといいか」

藤枝はかす美の手をとって昇降口にほど近い放送設備室に入った。手首にほのあたたかさを感じながら、とくに抵抗もせず、かす美はついていく。

「さっきのルールなんだけど」

そういって藤枝が見せてくれたのは、男子専用のLINEチャンネルだった。画面をスクロールして履歴を遡ると、ヤリたい女リストが上がっている。誰々を犯したい、いやそれは俺の好きな子だからダメだ、あいつはフリーだ、俺はもう一年の〇〇とヤッたぜ……。ようは、学校の誰を犯すのか、男子だけで勝手に話し合っているというわけだ。

「え、なにこれ、人権無視? 藤枝くんもやってんの?」

「やってねーし!」と、藤枝は少し語気を荒げる。「つーか、ヤリたいだけの奴以外もいるんだよ。俺は止める側だよ」

藤枝をはじめとする幾人かは女子の品評会に反対していた。それはそれで、この世界もけっこう美しかったんだな、と思った。過去形だけど。

放送準備室の冷たい床に座って、藤枝の顔を見つめていると、だんだん近づいてきた。あれ、キスしようとしてない? でもまあ、いいか。世界は終わるんだし。キスするんなら、そろそろ目をつぶった方がいいのかな。

まさに目を瞑ろうとしたかす美の目に飛び込んだのは、カインという音を立てて弾け飛んだ藤枝の顔だった。横倒しになった藤枝は「あっあっ」と呻いたかと思うと、その横顔になにかが叩きつけられてびくっと体を震わせた。

「おまえこそ抜け駆けしてんじゃねーよ!」

栗原がバットを振るっていた。藤枝の頭部を打つ甲高い音は徐々に濡れた響きを放ちはじめていた。許せない——そう思った瞬間、すぐそばにあったマイクスタンドをテニス部の練習で培ったフォアハンドで振り抜いた。栗原は「ケパァ!」と断末魔を上げ、横倒しになった。とどめさした方がいいのかな、と逡巡しているうちに、床に血が広がっていく。栗原は首を抑えて苦しがっていたが、ほどなくして事切れた。床に落ちていた金属のパーツが首に刺さったらしい。

放送準備室に男子生徒の死体が二つ。とりあえず、事件だった。かす美は先生に言ったほうがいいのかな、と思いながら放送準備室を出た。たまたま担任の小池が通りかかり、かす美を見るなり「どうしたぁ!」と声を張り上げた。

「いやなんか、死んじゃったんですよ。栗原とB組の藤枝くんが」

小池は「怪我はないか!」とふたたび声を張り上げ、別にありませんと答えると放送準備室に駆け込み、二秒後には「なぜ死んだぁ!」と慟哭した。

「死んだっていうか……」と、かす美。「殺し合いでした」

「相討ちか?」

「いえ、藤枝くんは栗原が殺して、栗原は私が殺しました」

「殺した? なんで!」

小池はなかば絶叫しながら、かす美の両襟をつかんだ。はあ、これセクハラじゃね? 顔めっちゃ近いし——言いかけて思い直し、「レイプされそうになったからです」と端的に告げた。

「な……レイプ……強姦されたのか?」

「いや、されてないし。栗原が藤枝くんバットで殺して、私もレイプされそうになったから抵抗したら、栗原が死んじゃったんだっていってるじゃん」

小池は劇的に傷ついたようで、片膝からガクッと崩れ落ちた。そして、ヘレニズム彫刻みたいな姿勢のまま考えこみ、「ホームルームで話そう」と告げた。

その言葉通り、十五時四十五分からホームルームが開催された。かす美は教壇の脇に立たされた。小池は「先生は明日この星が滅びるとは思わない」と声高に告げた。なんでも、小池の若い頃にノストラダムスの大予言というのがあって、それで世界は終わるとみんな思っていたが、結局は終わらなかった、だから今回も終わらない可能性がある——ということだった。そうかなぁ、と思いながら、かす美は窓の先にある校庭を眺めた。夜空に浮かぶ白い月はどんどん大きくなっていて、まだ夏の午後四時だというのに、薄暗い影を落としていた。そういえば、小学生のときこんなのあったなぁ。なんだっけ。そう、かえりの会。意味もなく同級生同士を糾弾させて、誰々がこういう悪事を働いたとか、そういうやつ。あれ、なんだったんだろう。なんかよくわからないけど、謝らせられたことあったなぁ。

「では、こうしよう」と、一時間に及んだホームルームの終わりに小池は結論づけた。「もし明日世界が終わらなかったら、木島かす美のしたことが罪だったのかどうか、もう一度話し合おう。それまで先生は警察も呼ばないし、二人の遺体も片付けない。現場保全だ。いいな」

かす美はふと、思い出した。こんな夏の日、長く続いたかえりの会の最中に校庭を眺めたことを。山のように大きな積乱雲が近づいてきて、夏の大地を夜のように染め上げた。もしこんな日に好きな子と隠れてキスをしたら素敵だろうな、と思ったことをよく覚えている。そういえば、藤枝くんとキスしそうだったんだよなぁ、死んじゃったけど——そう思うと、たまらなく悲しくて、みんなの前で泣いてしまいそうだった。

かす美はそのまま家に帰り、夕食を食べ、シャワーを浴びた。風呂場で少し吐いてしまった。念入りに口をゆすぎ、歯磨きをして眠った。そして翌朝、いつものように七時十分に目覚め、顔を洗っている最中に、その他すべての生きとし生けるものとともに死んだ。十六歳だった。

2018年7月25日公開

© 2018 高橋文樹

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SF 学園モノ

"かえりの会"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2018-07-27 01:49

    「明日世界が確実に滅びるとして」という中二病的なテーマにもかかわらず、他の合評会作品の一部に見られるイタさやダサさがなく洗練されている。それはストーリーの内容よりも抜群の文章力のおかげだろう。紋切型に陥りがちな設定を、的確でリアルな比喩や奇抜な擬音語が救っている。最後の突き放しかたもきれい。

    欲を言えば、物語が始まる前の3人の関係を背景としてもっと掘り下げて描いてほしかった。特に、最初に殺人を犯す栗原くんのキャラクターにはもっと厚みがほしい。例えば、栗原とかす美は小学生のときに両思いだったが思春期に入ってから別れ、高校入学後に知り合った藤枝にかす美の目が奪われているのを栗原がそばで恨めしく思いながら見続けていた、とか。栗原くんをただの「ヤリたいだけの奴」にしてしまうのはあまりにも不憫。

  • 投稿者 | 2018-07-29 00:37

    安定感があって、技術を感じさせる文章だと思いました。ところどころにあるユーモアや荒々しさと、それと隣り合わせにある切なさみたいなものが感じられて、不思議な心地よさがありました。いつものように朝起きて顔洗って死ぬっていう最後は、爽やかというかなんというか、やっぱり切ない感じがします。

  • 投稿者 | 2018-07-29 10:58

    すごく文章のテンポがいい。世界が終わる設定なども、実際にこう書けるのはすごいな、と思いました。
    僕も昔から「もし今日世界が終わったら?」みたいな会話を友達同士でして、「普通に過ごしちゃうと思う」と答えていたので、共感できるストーリーでした。
    話の序盤が説明っぽいのだけがほんの少しの難点かなと思いました。

  • 投稿者 | 2018-07-29 13:38

    「あっあっ」や「ケパァ!」といった声の描写が本当に素敵で、会話が微妙に噛み合わない感じが、読んでいて楽しかったです。「先生は明日この星が滅びるとは思わない」という発言と全く矛盾する行動をとる先生の存在は、ズレた登場人物達の中でもとくに奇妙に思え、これが世界が滅ぶということか、と思いました。あるいは、世界の存亡に関係なく、人とはそうなのだろうか、とも考えさせられました。

  • 投稿者 | 2018-07-29 16:41

    今回の合評会、「どうせ死ぬならその前に女とやりたい」と、魂の叫びのようなものが一再ならず聞こえて来て少々引いていたのですが、さすが高橋文樹先生は女の子側から綺麗にまとめておられます。
    普通の女の子の割には、目の前で好きな男を殺され、そして自分も殺人を犯して、大した動揺もなく普通に過ごしているのはどうなのかなと思いましたが、案外、そんなものかもしれません。殺人も滅亡も、日常に戻れば忘れていられるものなのかも。
    白色矮星の比喩が秀逸でした。どこか現実感が伴わないのは仕方のないことですが、登場人物自身にもこれから滅亡することへの実感がないのは、逆にその通りなのだろうと思いました。

  • 投稿者 | 2018-07-29 17:03

    軽快な文体で笑いながら読みました。面白かったです。担任の小池先生がかなりいい味出してます。あと、おおーさすが、と思ったのは栗原くんの不快な冷たい手に暴力の熱がこもるところ、そしてかす美が憎からず思っている藤枝くんの手はほのあたたかい、という描写です。こんな書き方あるのかーと思いました。

  • 投稿者 | 2018-07-29 17:36

    男性が書く主人公が女性の作品には、どこか女性らしさが感じられず、男性の主観が見え隠れするように思うのですが、高橋先生の書く女性には同じ女性としても違和感が感じられないところが素晴らしと思います。登場する小池先生の大人としての意見や行動にも、説得力がありました。顔を洗っている時に逝くという、あまりにストレートな終わりには、切なさも感じられますが、無駄がなく、むしろすがすがしささえ感じました。
    大変勉強になりました。

  • 投稿者 | 2018-07-31 02:35

    隕石でドーン、学校で殺し合いというベタな設定にも関わらず、かす美のキャラのパフォーマンスの高さと、三人称ならではの都合の良さでテンポよく物語を進め、一気にラストまでなだれ込ませる。さすがというべきか、まあいいや。さすがです。というか隕石以外では人類は滅ばないのかな。三葉虫も恐竜も隕石で滅亡したから、まあそれでもいっかー。

  • 編集者 | 2018-07-31 16:33

    ガキンチョ達と青臭いバイオレンス・セックスと言うギャップも終焉の前ではそれなりの行為に見えてしまう、ギャップの無さが上手い。登場人物一人一人が目先にあくまで争うのも生々しい。みんな仲良く死ねないんだなあ。漂流教室の風味がしなくもない作品だった。

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