おんなのよろこび

応募作品

高橋文樹

小説

2,572文字

2018年2月合評会参加作品。テーマは「エロとホラー」です。おんなのよろこびを教えるのが男の仕事。

手短に記す。

目指すのはカネタヤの二階だ。JR呉郡くれこおり駅の南口を出て歩道橋を降り、つづら折りになった坂によりかかるような形でかつてデパートだった建物がある。坂の上の入り口が四階で、坂の下の入り口が一階という造りだ。入るのはどちらかでも構わない。いったん降りて上がるのも、入り口から入るのも自由だ。僕の場合は、下から入った。緊張していたので、周りを何度かぐるぐるして、それからえいやっと入った。それがたまたま下からだったという話だ。どちらの入り口も、ダイヤルロックの番号は6439だ。もしその番号で開かなかったら、誰かが入ったということだから、すぐに引き返し、少なくとも四十八時間は開けること。二日と大雑把に見積もっては絶対にダメだ。

二階には階段から上がってもいいし、エスカレーターを昇ってもいい。ただ、階段は非常口のドアを開けなければいけないし、暗いのでオススメしない。さすがに廃墟の真っ暗闇を歩く気にはなれないだろうからね。二階は元アパレル売り場で、昔の服が誇りをかぶったまま陳列されている。人影を見つけてドキッとするかもしれないが、たぶんマネキンだと思うので、安心してほしい。あいつらはそこにいない。

アパレル売り場を奥に行くと、試着室がある。臙脂エンジ色のカーテンが並んでいるからすぐにわかる。試着室は四つあって、右から一つだけカーテンが閉まっている。僕の場合は右から二つ目だったけれど、時と場合によって違うらしい。そのカーテンを開けたら、中に入ること。中には椅子が一脚置いてあって、そこに黒髪の女が座っている。俯いて、髪が顔にかかってよく見えない。アパレル売り場にある服を着ているが、最初から裸の場合もあるらしい。

君は試着室に入ったら、女の側に立って、女が声をかけてくるのを待つこと。間違えても触ったり、話しかけてはいけない。人によっては一時間も待つことになるらしいが、とにかくじっと待つこと。しばらくすると、女が手を握ってくる。ここでびっくりして振りほどいたりしてはいけない。女の手は冷たいので、十分注意してほしい。女の手を握っていると、そのうち「温かい手ですね、触ってもらってもいいですか」と言う。ここで君は「いいですよ」と答える。余計な言葉は付け加えない方がいい。会話が始まってしまう。答えたら、女は壁にもたれかかって立ち上がるので、それを待つこと。とてもゆっくりとした動作なので、慌てずに待つように。

女は立ち上がると、両手を壁について尻を突き出すので、まずは後ろから胸を愛撫すること。ここで女はものすごく大きな喘ぎ声を出す。そこでも驚いてやめてしまうと女が怒り出してしまう。愛撫がうまくいけば、女は「そろそろ下も触ってほしい」と言う。そこで女のズボンを——スカートの場合もあるし、なにも履いていない場合もあるが——下ろし、陰部を撫でる。早く済ませようと舐めたりしてはいけない。余計な会話が始まってしまう。会話をしてうまくいったという話は聞いたことがない。一度、危ない目に遭いかけた者は、「そんなところ舐めたら汚い」と女が振り向きかけ、危うく死ぬところだったらしい。いずれにせよ、女と長く会話をして無事だったというものはいないのだから、話さないに越したことはない。

濡れてきたら女は自分から「入れてほしい」というので、「どこに入れて欲しいんだ」と尋ね返す。ここで女が答えることはないので、挿入する。間違えても、頼まれてすぐ挿入したり、しつこく具体的な名詞を言わせようとしてはいけない。予定外の会話はよい結果をもたらさない。

もしかしたら、うまく挿入できるか不安になるかもしれないが、女の喘ぎ声を聞いていると不思議と勃起するので問題ない。おそらく催淫効果のようなものがあるのだろう。女の中はひどく冷たいが、腰を振っていればすぐに終わる。射精したらすぐにズボンをあげて、急がずゆっくり帰ること。これが一番難しい。女は追いかけてきて、「ひどい、中で出したね」と言う。答えてはいけないし、振り向いたりもしてはいけない。背中の服をひっぱられたり、叩かれたりするが、絶対に止まってはダメだ。一目散にエスカレーターを降りること。女はエスカレーターには乗ってこないが、凄まじい勢いで君を罵る。すごい力で床を叩く音が聞こえたりもするが、目指すべきは下の入り口だ。上から入ったとしても、ダイヤルロックは中からも外せるようになっているから落ち着いて。

女を満足させると、最低でも一年はあいつらの活動が収まる。最長で三年は活動が収まっていたという記録もある。いずれにせよ、現時点で残された人々があいつらに抵抗することは不可能だ。これは誰かが必ずやらなければいけない仕事だ。

女を抱くと、体の一部が癌化して、全身に転移するのだ。これにだいたい十ヶ月かかる。完全に癌化すると、全身が黒くなり、ひどく痛む。痛むと同時に匂いもひどくなり、やがて、その匂いに連れられてか、女の子供がやってくる。これまでの記録だと、どんなに距離が離れていても十ヶ月で必ずやってくるので、あいつらが運んでくるのだろう。匂いを放つようになると、壕を掘った真ん中の小屋で寝泊まりするのが決まりだ。そこで待っていると、ある夜中に真っ黒な嬰児が全身を血塗れにして君の小屋までやってくる。赤ん坊は濠の中に落ち、ひどく泣く。その声はとても切なく、中にいれてやりたくなるかもしれないが、絶対に見に行ってはならない。小屋のドアを開けてしまうと、その赤ん坊に襲われ、あいつらの仲間入りをさせられる。

赤ん坊の泣き声を聞きながら朝を迎えると、昼頃には堀の中まで陽があたるようになり、赤ん坊は死ぬ。晴天が続かない灰は、中天に来た太陽の光が濠の中まで届く日を待たなければならない。日光に打たれた赤ん坊は、あいつらとは異なり、完全に蒸発して消える。地面に赤ん坊の焼けた後が残るので、通常はそのままお堀に土をかぶせる。

ここまできたら、君の仕事は完了だ。仲間たちの手厚い看護を受けながら、穏やかな最後を迎えられるだろう。とても英雄的な死だ。あいつらの襲撃に怯えて暮らす人々にとって、これほど救いになることはないだろう。

それでは、この記録をもとにして、女のよろこびを教えてやってほしい。成功を祈る。

2018年2月16日公開

© 2018 高橋文樹

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"おんなのよろこび"へのコメント 6

  • 投稿者 | 2018-02-16 19:39

    特異な設定を説明に頼らず、示唆的に提示している部分は大いに評価できる。読者の興味をそそる巧みなテクニックだと思う。「あいつら」の正体を最後まで伏せているのも効果的だ。また、オルフェウス神話を下敷きにしていると思われる《帰りに振り返ってはいけない》という禁忌も、異界との交わりの妖しさをうまく演出している。

    ただ、全体的に文章がものすごく雑だと感じた。ねじれ文やぎこちない構文がたびたび見られ、状況がすんなり入ってこない。誤字や表記のゆれの多さも気になった。特に「壕を掘った真ん中の小屋」のくだりでは、イメージを頭に思い描くのが難しく、舌足らずな印象を受けた。もっと細かい描写がほしい。語り手の「僕」は仕事を完了して穏やかな気持ちでこの手紙を書いているのだから、もっと滑らかな文章を書くはずである。作者は普段の文章が圧倒的に上手いだけに、今回はいつもの冴えが見られず残念。

  • 投稿者 | 2018-02-16 20:14

    話の解釈を読み手にゆだねる話だったと思います。
    最後まで読んで、ゾンビか吸血鬼の話なのかなと解釈しました。それかオリジナルのクリーチャー。
    文章は読みやすくとても上手に見えたのですが、分量が短く、どこかもやもやが残りました。

  • 投稿者 | 2018-02-19 22:46

    イザナギとイザナミの物語を連想しました。イザナミはホトを焼いて死にますが、この物語の女の陰部は冷たいのですね。
    「おんなのよろこび」とは原初的な女の性を満足させつつ子を与え、自らはそれら俗臭漂う営みには加わらず莞爾として去って行く、「あいつら」には捕まらずに、と読んでよいのでしょうか。だとしたらあんまりエロくはないですね。読み違えだったらすみません。6439がなんのメタファなのかも気になります。

  • 投稿者 | 2018-02-21 22:06

    呪いが病原化して人類を危機に陥れるという設定はリングなどに通ずるもので、なかなか重厚なホラー感がある。それが手記として受け継がれるというギミックも、作品全体をコンパクトにパッケージングできていてよい印象。ただ、オチが見えてから結末まではラスト1/3というのはペース配分として少しキビシイのではないかと思われる。終盤をコンパクトにしてファックシーンをもう少し盛り込めば、全体のカーブが整うのではないかなどとも思ったが、最近もどこかで似たようなペース配分のものを読んだ気が?

  • 投稿者 | 2018-02-21 22:47

    冒頭からいきなり引きずりこまれる感覚は気持ちよかったです。それでどうなる…どうなる…てかんじで最後ぽーんて突き放されて「!?」てなりました。まだ読みが足りないのかもしれません。でもまだ1000字以上は書けるのになあと思うともうすこし謎が解けるようにしてほしかった。個人的に消化不良です。

  • 編集者 | 2018-02-22 14:32

    何人かが仰る通り読者に投げっぱなしの部分があるが、想像が働かせられる部分が大きいので苦痛ではない。ところどころ空白が開いた説明書のような作りだが、人によれば人生の色々な場面とか、以前どこかで見た別の表現のワンシーンとか当てはめて勝手に答えを作るのかもしれない。俺も人生に疲れたらカネタヤの2階に行こうと思う。住所教えてくれ。

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