四 世の名残り

歌 and ON(第4話)

高橋文樹

小説

5,250文字

郁子の家に残された美男子タケル。忘れ物を届けるために彼女の後を追うのだが、六本木の街で出会ったピザ屋の主人と昔話。それによるとタケルは……。全編七五調のみで書かれたヒップホップ小説。

「姐さんも御人好しだね」

などと云い、内心白痴あほと罵ったのは、赤子の写真を視た所為せいで。郁子を得意の手段で籠絡し、餓鬼でも出来る使者つかいに遣れば、大事な物を忘れて行った。肝心の写真は部屋に置き放し。年増女の有頂天、出掛ける段で気が動転。疑われるのは俺じゃない、面倒だから破いちまえ——と、両手で持った即席写真ポラロイド、其処は矢張やっぱり赤子の笑顔、残酷だった破壊衝動きもちも萎える。俺だって、そんな大人じゃ無いんだよ——嬰児あかんぼ強請おしつけがましい可愛さに、破けないのももどかしく、ぽいっと投げた。板張フローリングに着く其の刹那、翻然ひらりと宙に舞い戻り、再び武留の足元へ。再度また、笑顔。烏賊墨セピアの褪せた写真には、長い月日が宿ってる。一、二年では出せない色味、今頃は小学校でも上がったか。屹度きっとこの子が生まれた頃は、俺もまだ——。

何を苛ゝしてるのか、およそ理由は知れて居る。数多あまた有る歌小屋クラブの中で涅槃島アバロンが行き先なのも因縁めいて、僅かな一語、武留の胸を掻き乱す。

愚図ゝゝすれば、兄貴燕が戻って来るが、感傷を足に纏っちゃ歩けない。街角芸能ヒップホップ節回フロウが耳で、忘れたのか——と、呼び掛ける。

西海岸に東海岸、新世代ニュースクール旧世代オールドスクール愚連隊ギャングスタ日本人ジャパニーズ。郁子の電音デノン音響装置コンポの周りに並ぶ、小畜音盤シーディーの背が懐かしい。一枚掛けては往時を思い、他を掛けては悦に入る。

と、肩を揺らして夢中になれば、せなの方から暗い声。

「今晩は」

武留は返事も返さずに、じっと男を見詰めていたが、郁子の身の上話を思い出し、島津さん——と、呼び掛ける。

「あ、何処かでお遭いしましたか」

風評うわさで少し」

どんな風評——と、笑う島津は、問いを重ねる事もせず、其の侭奥の部屋へと入り、一升の樹脂瓶ペットボトルを持って来た。

「飲めますか」

「少しなら」

「そりゃあ良い。僕は極度の人見知りでね、御酒が無いと、眼も録に合わせる事が出来んのです」

はは——と笑った其の顔は、鼻まで髪で隠れたまんま、細面だから、幽霊なんて野暮な徒名を付けられそうだ。しかも上下が黒ずくめ。膝の出た部屋着スウェット洋袴ズボン、そして何故だか其の上に、御徒町アメよこいらで安く買ったか、此れ亦黒の牛追夫襯衣ウエスタン。匂いからして着た切り雀、肘膝は生地が擦り切れ、透けている。燕と呼ぶには黒過ぎる。鴉と呼べば鴉に悪い。

何卒どうぞ、一口」

洋杯コップに注ぐ焼酎は、でか樹脂瓶ペットで「大五郎」。島津はきゅっと一息に煽って見せる。其れから僅か半刻も過ぎない内に、瞳が泥酔どろんと座ってしまう。

「君は、彼女の何なんだ」

「落し物届けただけで、親しい訳じゃないですよ」

「如何せなら親しい方が、良かったのによ」

島津は平ゝへらへら笑いつつ、自虐の詩を歌ったが、話の重みに笑うたわみが歪んで潰れ、直ぐに場倒ばたんと崩れ伏す。

股の間に手を挟み、眠る姿は寝汚いぎたない。郁子に同情する気も起きてくる。とは言えど、我が身を他人ひとの眼で眺めれば、そう笑っても居られない。島津は未来あすの武留の姿。自堕落は伝染病じゃないけれど、長居は無用。

このまま逃げても仔細は無いが、変に揉めちゃあ厄介だ、其れに写真も有る訳で——と、武留は島津に毛布を掛けて、写真を襯衣シャツ内袋ポケットに。皺の細工が繊細な襯衣の後方うしろで、平露舐ぺろりと舌を出したよに飛び出た標札タグ子供風コムデギャルソン、微かに覗く盆の窪には盾の刺青しせい

2015年8月17日公開

作品集『歌 and ON』第4話 (全8話)

歌 and ON

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© 2015 高橋文樹

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