メインテーマは依存

名探偵破滅派「メインテーマは殺人」応募作品

高橋文樹

エセー

3,245文字

名探偵破滅派第3回の応募作品。ただ、私は全部読み通していないので、なぜ全部読み通していないのかを本稿を通して訴えたい。

アンソニー・ホロヴィッツ『メインテーマは殺人』は探偵小説である。異常な観察眼を誇るダニエル・ホーソーンとアンソニー・ホロヴィッツが殺陣事件の謎を解くバディものだ。私はこの本の犯人をゴドウィン兄弟だと考えている。なぜかって? そんなこと私に聞くな、というのも私はこの本を五十ページしか読んでいないのだ。

これはもちろん私が同書を低く見ているということではない。単純に読む時間がなかったのだ。これから私は制限文字数いっぱいまで「なぜ私は今回の企画に参加しなかったのか」という言い訳を書くことにしようと思う。

山谷感人という破滅派同人がいるのだが、彼はこの「名探偵破滅派」の言い出しっぺである。もともと彼と私が個人的に試していた遊びが企画として結実したわけだが、なんと山谷は第一回から一度も参加していない。それぞれの理由は次の通り。

  1. 『神様ゲーム』——神様が出てくるならなんでもありじゃん、これはミステリーじゃない。
  2. 『元彼の遺言状』——運悪く読んでいた。

そして、第3回『メインテーマは殺人』である。第一回に参加しなかったのは山谷のワガママ、第二回で既読作品が選ばれたのは第一回に参加しなかったから(参加者が既読のものは選ばれないルール)というわけで、完全に自業自得なのだが、すでに山谷は「俺もどうしても参加したかったんだけど、選ばれた作品が悪かったからさあ」とすでに他責モードに入っていた。しかし、山谷もついに未読作品の登場である。これはさすがに参加するだろうと思いきや、開口一番「長崎の本屋では売ってないからなぁ」である。さすがに一軒ぐらい置いてあるだろう。なんせ40万部のベストセラーだ、図書館にだってあるだろう。だが、山谷にとっては長崎に住んでいることがすでに私のせいだといわんばかりの口調で、長崎で『メインテーマは殺人』がいかに入手困難かをまくしたて、面倒になった私は同書を購入して山谷の自宅へ送った。「必ず参加するよ」というLINEが返ってきた。これは四月の出来事である。

五月末になり、いよいよ締め切りもあとわずか、私はまだ読み始めてもいなかったので、直前の三日ぐらいを使って読もうと思っていた。何もしていないヒモニートの山谷にとっては余裕のスケジューリングである。とうに公開していてもおかしくはないのだが、一向に公開されない。私が「なんだこいつ?」と思い始めた頃、山谷からLINEが来た。曰く、彼女から家を追い出されたそうである。警察を呼ばれた、と。私は「ああ、またか」と思った。女と別れる時、警察を呼ばれる人は少ない。これ、何回目だと思う?(答え・2回目、しかもそれぞれ別の人)

山谷の名誉(そんなものがあるのか疑問だが)のために断っておくが、彼は暴力を振るうような人間ではけしてない。ただ、信じられないぐらいムカつくのである。あなたがもし「暴力を振るわないが信じられないぐらいムカつく人」にこれまでの人生で会ったことがあるなら、その100倍ぐらいムカつかせるのが山谷である。したがって、私は彼女が警察を呼んだのは懸命だったと思う。もしこれを読んでいたら「よくやった」と言いたい。山谷を牢獄にぶち込む法律がないのは、明らかに刑法の欠陥である。詳細は後日に取っておくが、とにかく警察がきちんと仕事をし、山谷は住む場所を失ったのだ。もちろん、私が送った『メインテーマは殺人』はまだ読んでおらず、今回も間に合わないそうだ。

かくしてネカフェ難民となった山谷が参加できない。それは自業自得なのだが、山谷がルンペンとなった五月末から〆切の6月20日に至るまで、私は山谷から執拗なLINE通話を受けた。もうめんどくさいから着拒しようかなと告げたら「俺に死ねっていうのかい?」「大親友の君に拒否されたら死ぬしかない」「君も俺から逃げるのかい?」である。出た。またこれだ。ウザ。破滅派最大の良識人である私としては「死ぬ」と言われては相手をせざるを得ない。私は私で忙しく、会社を経営しながら四人の子供の面倒を見て、頭がボケつつある母の面倒を見る、さらには毎日2回の犬の散歩も欠かさないと、忙しく過ごしているわけだ。そこに四十も半ばを過ぎたアラフィフのおじさんが「君が相手をしてくれなければ俺は死ぬ」である。毎日LINEで「いま話せるかい?」「LINE通話の仕方がわからないから君からかけてくれ」という、もう事実上おむつをつけて股をおっぴろげているような状態である。こうした状態が一ヶ月も続いた。「大親友の君には絶対に迷惑をかけない」という言葉のなんと空疎なことか! 私の人生で山谷ほど私に迷惑をかけている人間は存在しない。

で、だ。私が昼職の最中にAirPodsをつけながら適当に相槌を打っている山谷の話というのはなんだろうか? それは、思い出話&説教である。山谷はけっこうな頻度で思い出話をするのだが、わりと最近の話ばかりなので、私としては一ミリも面白くない。「知ってるよ」としか言いようがない。何十年ぶりかにあった同級生と「ああ、あれあったね!」と盛り上がるのは私にも面白いのだが、ついこのあいだの話を何度もされるのはまったく面白くない。擦り過ぎて音の出なくなったレコードよりもつまらない。そして、説教である。山谷は愛を知らない人間なので、異常にプライドが脆く、説教が大好きである。私はよく彼から破滅派の運営方針についてありがたいお話を頂戴するのだが、十数年に渡って破滅派を運営し続けているのは他でもない私であり、山谷が思いつくようなものはすべて検討済みの上に無意味だと判断したものなのである。しかし、山谷は愚かにも自分を賢いと思っているので、そんなことは意に介さない。「それはわかるよ? でもね」と有難い忠告をすることをやめられない。典型的なお説教としては「高橋くんは怜悧なところがあるから、そういうダメなやつの気持ちがわからないんだよ」というものがある。まず、「怜悧な」という言葉を日常会話で使いたがる時点で「ちょっと本を読んだバカ」がやりがちなことではあるのだが、彼としては身近な人に「怜悧な」という言葉を使って相手が理解できないと「そんなことも知らないのか、カーッ!」とやれるので、使いたくてたまらないのである。そして「怜悧な」を理解できる私は山谷にとって「わかってる」人間であり、お眼鏡にかなうのだ。

という感じの会話を続けて一月弱、私が名探偵破滅派に参加する時間はなくなった。ほんとうに、どうでもいい会話によって、私の貴重な時間は失われた。一番ひどいときは、私が犬の散歩ついでに近くに住む母の家を訪れたときのことである。朝っぱらからLINE通話をかけてきたので、散歩中ならと相手をしたが、母の家に着く段階になって、なお切ろうとしない。いや、切れよ? 家についたとき、病弱の母は老人らしい無謀さで買い物に出ていた。近所を探し回ると、パン屋から帰ってきた母がバス停の方からヨボヨボと歩いてきた。私は「また買い物行ったの? 言ってくれれば買っておくのに」などと言いながらそのそばをゆっくりと歩いた。その間も山谷はLINEを切らないのである! 普通、切るだろ! 親子水入らずの残された少ない時間に、なぜ残ろうとする? そして山谷はAirPodsの向こうでなにをしているのかというと、号泣しているのだ。私は家まで母を連れて行くと、椅子に座らせた。そして、買い出しをしておいた食材(そう、パンを買いに行く必要なんてないのだ)について説明をする。朝のパンはこのカゴに入ってるよ。冷蔵庫には三日分の弁当が入ってるよ。昼は姉が頼んでくれた宅配弁当があるから、それを食べてね。そういう言葉を聞くたび、山谷はAirPodsの向こうで「ウゥッ!」と嗚咽を漏らしているのだ。いや、聞いてないで切れよ!

ここら辺にしておこう。私が今回の企画に参加できなかった理由は以上の通りだ。この事情については後日盛大に書くので、楽しみにしておいてほしい。

2021年6月22日公開

© 2021 高橋文樹

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