文壇の脛を齧れ
新芥川賞作家・青山七恵に嫉妬する!
陽の目を見ない者どもの魂の叫びを聞け
編集部 それではこの度、ルサンチマン鼎談を行うにあたり、まずは鼎談のテーマのようなものを説明していただきたいのですが。
紙上大兄皇子(以下、紙) そうですね、まずルサンチマンというぐらいだから、嫉妬は前面に押し出して行こうと。ただ、我々は有名人じゃないし、難癖をつけるのはフェアじゃない。
高橋文樹(以下、高) 陰口のみ叩くのは発展性がないし。
深川潮(以下、潮) 難癖ばかりつけていると、ただの負け犬の遠吠えみたいですしね。
紙 そうそう、ゆくゆくはそっち側に行こうと思っている人たちが集まっているところが、この『破滅派』だからね。
潮 負け犬じゃない遠吠えは、大声になれば誰かに聞こえることもあるでしょうしね。
高 負けそうだけどね(笑)。
編集部 しかし、それではあまりルサンチマン鼎談にならないのでは……
山谷感人(以下、山) 然り! 或る程度、路線的に管は巻かないと。勿論、公正な批評は前提として。
高 まあ、では始めよう。今回取り上げるのは、新芥川賞作家の青山七恵さんなわけだけど、本気で羨ましいよね。若いし。
山 そこは認めるしかない。老ヒッピーの小生としては、悲しい現状だけれども(涙)。
潮 小生って、リアルで言うんですね(笑)。そもそもお尋ねしたいのですが、ルサンチマンってどういう意味ですか? 私、現代っ子なので、あまり言葉を知らなくて。
紙 ニーチェ語だろ?
山 え! 単なるスラングじゃないの?
潮 医学用語? 精神病の人の為の言葉ですか? どこの国の人が話している言葉ですか?
紙 ニーチェ国に決まってんだろ(怒)。
山 おいおい。その国に移民しようかな(笑)。
潮 そこって、北欧ですか? 食べ物、おいしいですか?
高 チーズが特に。もう、北欧ってことでいいよね(笑)。誰だか忘れたけど、内向的反感って訳していた。特に無力な人が、強い人に対して現実的に対抗する手段がないというときの反感ね。
潮 なるほど。じゃあ現在みたいに、イニシャルで話をしたがるような人たちに持ってこいの言葉ですね。
紙 そんな人、いるか? デーブ・スペクターとか?
高 D・Sさんね。『サンデー・ジャポン』だ。
山 彼の芸風、小生は好きだな。
高 T・Fも好きですよ(笑)。
編集部 テレビの話などはそれぐらいにして……
潮 そうそう。本題を忘れかけていました。青山七恵さんの芥川受賞作品読みましたよ。文藝春秋の発売日に買いに行きました。
紙 で、どうだった? 俺は凡庸だと思ったんだけど。
高 お。八〇年代批評用語の「凡庸」が出た。
高 題材としては、家族小説の範疇に入んのかね。
山 現代版、メルヘン小説って感じたね。『蹴りたい背中』よりはすさんでいるけど。
高 特に事件があるというわけでもないよね。一応、男と寝るということは書いてあるけど、それが本題というわけでもなくて、ホニャホニャしてる。
潮 女の年齢というか、世代の話ですよね。だからセックスの問題ではなくて、女の世代に対しての向き合い方というか。
高 よくわかんないけど、半ばニート的状況についての不遇が主題だということかな?
山 それにもう何年も社会問題化、例の若者日常の無気力感を、ってやつか。
紙 まあ、やってらんねえよな、実際。
高 実際の話になっちゃった(笑)。
紙 でも、こういうのが評価を受けるっていうのは、そういうことを扱ってほしいってことだろ。コンセプト自体は『破滅派』と近いんだよな。
高 選考委員の石原氏は「大都会のソリテュード」とか言ってるよね。ただ、この作家をそういう都市社会学的文脈で見ると、つまらなく見える。あと、「テュ」って発音すると、変な顔になるな。
山 選評でいうと、山田女史の「疲れた殿方向け」ってのは、事実だろうね。
潮 前作『窓の灯』も今回も女の子の覗きとか、手癖の悪さとかの描写が評価されていますよね。そういうのって新しいのかな?
高 新しいからじゃないよ。あんまり新しいのはダメだからね。意味がわからないし。純文学なのにある程度「誰でも読める」のが芥川賞の特徴だから。
紙 まあ、そこらへんが上手いってことだよな。落ちちゃった星野氏とかは、すでにベテラン作家だからかもしれないけど、わりとテクニカルというか。
潮 でも誰にでも読める小説が芥川賞を取ってしまうと、こんなの私でも書けるってみんなが言い出しますよ。現に私もそう思いましたもん。
山 さくら、じゃなかった潮さん、それを言っちゃあ、おしめえだよ(笑)。
高 (笑)。そう、それは今に始まったわけじゃないし。あと、ぼくが思うのは、「作家になれるかもしれない」という思いが、熱心な読者を育てると思うんだよね。
紙 全員、ナボコフとかフォークナーみたいな技巧的な奴ばっかだったら、ちょっとうんざりするな。
潮 確かに。ナボコフなら私も何冊か読みました。作家になれるかもしれないという想いと読書ってつながります? 私はそうは思わないけど。
山 『破滅派』の大先輩、太宰治は無名の弟子筋に書簡で、「暇さえあれば読書しろ」とは言っているね。
高 まあ、書いたか書こうとした人って、熱心に本読むよね。野球好きな人って、野球やったりするじゃない。
潮 野球はアミューズメントじゃないですか。小説はそんなに楽しんで書けるもんでもないですよ。根気がいるし。夕方になったからって終われないし。
紙 イチローが聞いたら怒るだろうな。
山 小生、野球おたくも自負していてプロ選手の、熾烈生存競争物語の蘊蓄は幾らでもあるが、実戦のプレイは未経験な為に、その件についてはこれ以上ノーコメントで。
潮 それも確かに。野球一筋の人ごめんなさい。私が言いたかったのは、書くと読むっていうのは全く別の行為だってことです。
高 まあ、それほど違うかどうかはともかく、そういう自負を持つのは大事かもね。創作し続ける為にも。
編集部 ところで、さきほど言った技巧的という点ですが……
紙 技巧的なのは流行んないな。設定に工夫を凝らすのは、芥川賞を穫れないし。
高 青木淳吾とかも落ちたしね。
潮 技巧的であることよりも、誰しもがシンクロする感じが求められているんじゃないですかね。私は青山七恵さんのどこが嫌だって、落ち着きすぎていてあまりに保守的な感じがするからです。こういう人が今後実験的な小説を書くとは思えないし。
高 「老人はずるい」だっけ? ああいうところは確かに。なんか、謙虚さも行き過ぎると怖いね。
山 何だ、或る程度は管を巻こうって言った、小生のみが評価しているのか(笑)。でも、「行き過ぎて怖い」と感じさせたのも事実でしょ? 作者はわざと、そうしたのかも知れないし。
紙 技巧というと、あの、季節で章分けしているのはなんなんだろう。かえって稚拙に見えやしないだろうか。
高 こういっちゃなんだけど、ああすると書きやすいんじゃないかな。特に、たくさん書けないうちは。プロットとかゴチャゴチャしちゃうし。
紙 おまえ、奥歯にモノが挟まったような意見ばっかしだな。
山 そこは矢張り、ルサンチマン鼎談だから(笑)。
高 あと、俺だけ本名だから、まだ他人をぶった切る覚悟が……。
潮 でも特に、季節感のある小説でもなかったですよね。花火やらスケートやらいちごやらのアイテムを出すだけで。
高 全部書いちゃってるからね。夏ばっか書いてれば夏っぽい小説になるけど、百枚そこらで一年過ぎちゃったら、季節感もなくなる。
紙 そこらへんをうまく書くにはどうすりゃいいんだ?
潮 わざわざ、季節で区切る必要なんてないんですよ。そういうのは読んでいる方が感じるものであるべきだもの。私なら色彩とかを使って表現すると思います。春だの夏だのとは言わないでね。
山 受け手への結果論としては潮さんと同意見だろうが小生は逆に、春ならただ、春だったとのみ。季節に関して表現は一切しない。自身が意識して書いてさえいれば、それこそ自然に伝わるものだと信じています。
高 なんか具体的じゃないな。例えば、主人公をずっと水着にするとかか(笑)。寒さもすごく出るよね。夏の部分ははじけるような描写が。
潮 じゃあ、主人公が水着しか着ない小説書いてみてくださいよ。グラビアアイドルって設定はなしですよ、勿論。
高 このさいだから書いちゃってもいいよね。二十枚ぐらいで行こう。
編集部 それでは、雑誌の存続が……
高 まあ、真面目に言うと、青山さんにぎょっとする感じはないね。コンスタントなのはプロの証拠だけど、好いたらしい人しか出てこない。毎日働いていると、嫌な奴が出てくるのは読みたくないというのは、リーマンの友達も言ってたけど、そういうアロマテラピー的なものが小説の使命だとは思いたくない。小説はもっとすごいものであってほしいし。
潮 読んでは閉じてって出来る小説でしょ? 続きが気になって眠れない小説じゃなくって。正直、魂が込められている感じはしなかったな。でもそもそも、こういう考え方自体が古いのかな。
紙 最近、ユル系擬似家族小説多いね。赤の他人がいがみ合ってるだけですでにクールだから、そういうのを目指そう!
山 『ひとり日和』に関してはさっきも少し言ったけど、あそこまで落ち着き過ぎで通した展開に、作者がわざと意図的に発展性を押し殺し、それを堪え忍んで書いている姿を想像してしまいました。小生、中途半端にエログロ満載や、下手に理屈っぽい作品には飽きていたので。まあそれじゃあ作品ではなく、単に自身の妄想に基づく評価だと言われればそれまでだけど、小生という受け手の素直な意見なので仕方ない。いやいや山田女史さん、疲れてはないよ(笑)。勿論、こうした作品は書けないし、書こうとも思わないけど。
高 でも結局、ぼくががっかりなのは、この配慮の行き届いた謙虚さね。謙虚じゃない小説読みたいな。
紙 自分で書けよ。
高 おっしゃるとおり。潮さんは?
潮 私は他人と家族的な関係を築くっていうのはまだアリだと思います。今までですでに、小説の手法はやりつくされているっていう風には考えたくないですね。音楽だったらクラシックの時代に全てやり尽くされてしまったみたいな。
紙 確かに。『破滅派』ではとりあえず無茶苦茶やってみよう!
潮 無茶苦茶って具体的にどんな感じ?
高 登場人物が一万人とか?
紙 まあ、真面目な話、あっても教えてあげないよ! それは今後のお楽しみってことで。
潮 口で言うのは簡単ですからね。無茶苦茶ってそりゃあ出来るんだったらみんなやりたいと思うもん。小説に限った話じゃなくって。だから私たちは書きましょう。それが論より証拠ですね。
山 小生は実生活では無茶苦茶しているつもりだけど、最終的には我ら、それしかないよね。書く。
高 お、うまくまとまった。サークル乗りで色々しゃべってたら宣言っぽくなってよかったなあ。しかも、スカイプで(笑)。
紙 それではこれを破滅派宣言とする!
編集部 ありがとうございました。
紙&高&潮&山 おそまつさまでした。
――(おしまい)
※編集部注 途中から山谷感人先生が乱入したことにより、「鼎談」ではなくなったことをご了承ください。
ujicha ゲスト | 2010-08-28 01:01
青山七恵さんばかりでなく、芥川賞自体にたいする面白い鼎談だったと思った。
青山さんに対する、読者一般の見方をわりに反映し、そのもどかしさが作家の可能性?でもあるように感じました。近作では、もう少し実験的?になっているらしいですが、評者はどう感じているのか、少し気になった。