本作の冒頭部、”Welcom to riverside cafe SUN’s” という看板にある喫茶店に入った主人公秋内は次のように印象深い内的独白を行う。
SUNというのは、息子だったか、太陽だったか。どちらにしても、いまの彼があまり目にしたくない店名ではあった。
非常に単純な英語の綴りをおさえていないという時点で、秋内はFラン大学に通っていることが想定される。この「頭の悪い語り手」が間宮という動物の生態に詳しいバディを得て事件を解決していく設定は抑えておく必要があるだろう。
そして、本作では各章の最後に陽介の事件から二週間後に秋内・京也・ひろ子・智佳の四人が話し合う冒頭のシーンの続きが挿入される。ここで探偵役にふさわしいほど頭がいいとは言い難い秋内は、その四人のうち人殺しがいるという推理を展開している。ここでいったん、本書における「事件」を列挙しておこう。
- 四人と漁港であった陽介は、その後愛犬オービーが道路に走り出したことで交通事故死している。なぜオービーは走り出したのか、が最大の争点。四人は自己の瞬間に同じ場所に居合わせている。
- 陽介の母、椎崎は行方不明になっていたオービーが見つかったあと、自死している。椎崎は京也と関係があった。ひろ子はそれを知っていた。
- 間宮が四章で語らなかったことが秋内自身にとって重要である。
さて、本書では連続殺人は発生していないため、終章で新たな殺人が発生することはないだろう。したがって、殺人としては二件「オービーを走らせたのは誰か」と「椎崎はほんとうに自殺だったのか」である。
まず、椎崎は自殺で間違いない。しかしながら、自殺は椎崎に母を見出していた京也にとって想定外のことであり、それはうろたえて秋内に電話をしてきたことからもわかる。陽介が死ねば京也は椎崎の唯一の息子になることはできた。したがって、陽介が死んでメリットを享受できるのは京也であり、椎崎が自殺してしまうことが「やっちまった」状態になるのも京也である。
ただし、それだとわざわざ一章を割く必要もなく、想定内の幕引きとなり、「間宮の考えていた内容が、どれだけ重要なものなのかを。/すべてにとって。/自分にとって」と予測させる意味もない。したがって、終章で明かされる結末は秋内にとって不都合な事実である可能性が高い。
さて、陽介の事故の瞬間、「雀と目が合う」と京也が証言しているが、フクロウのような一部の鳥を除き、雀は正面のものをはっきりと見ることができない。したがって、京也の証言は嘘である。彼は潜在的な敵である陽介に向けて銃を打つそぶりをしたので、たまたま雀が飛び上がったのだ。そこでオービーはニコラスの方を見た。ここでオービーはなんらかの理由で走り出した、というわけだ。そしてその原因はおそらく京也ではない。では誰が? ここで秋内にとって重要なことは何か、という問題を考えてみよう。全員を容疑者と考える。
- 秋内……犯人だった場合、「ただのバカでしたね」で終わってしまうので除外。
- 京也……ロッドを銃に見立てたのはあくまで前フリ。よって、真犯人ではない。
- ひろ子……真犯人の可能性はあるが、その場合は秋内にダメージがない。
- 智佳……真犯人だった場合、秋内にダメージがでかい。
以上の状況証拠から、真犯人は智佳である。ただし、オービーを意図的に誘導したのではなく、京也が釣竿を銃に見立てた動作によって、オービーの視線が向き、智佳がオービーを引き寄せる引き金となった。このきっかけは冒頭の漁港で秋内と智佳が入れ違いになったあとに起こっており、それがオービーをニコラスの向かいに止まらせることになった。この理由は間宮の口から語られるが、四章で最後まで語らなかったのは秋内に対する遠慮から。なお、おまけではあるが、終章で智佳は京也と付き合っていた過去が暴かれる。
追記:五章を読んでから
五章を読んでから、「秋内が自転車事故に見せかけて殺されかけ、生死を彷徨って」「SUN’sは妄想である」の二点を知った。となると、推理は変わってくる。
- 秋内を殺す必要がある人が存在する。その人物は葬祭場で顔をそらしたことから、秋内の知る人物である。
- SUN’sのマスターは秋内の二度あった人物、つまりACTの阿久津である。
- オービーはニコラス前で阿久津を目撃したので飛びかかった。
- 木原の出る料理番組の魚を捌くシーンで飛びかかったことから、オービーが包丁を持ったところを見たことがある人物、つまり椎崎の前の夫=阿久津である。阿久津は「元競輪選手」となっているが、これは嘘。
- 阿久津はニコラス入口で包丁を持って京也を殺そうとしていた。この真相に秋内が気付きそうなので始末を目論んだ。
終章で秋内は目を覚まし、智佳にキスをしてもらえる。
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