三鷹散策
※今回の鼎談は三鷹散策の写真とともにお送りします。
編集部
本日は太宰治を心から愛するほろほろ先生と感人先生には太宰治ゆかりの地・三鷹を練り歩いてもらったわけですが、だいぶハジけてましたね。
山谷感人
そこは我等、『破滅派』ですから。
ほろほろ落花生
ハジけるというか、もう何もないですから。私が死んでもダザイがいるから。
編集部
なるほど。それでは、特別ゲストのX氏にも参加していただきましょう。
X氏
あ、どうも。照れるね。
編集部
では、太宰のどこが好きかについて、まずほろほろ氏からお願いします。
ほろほろ落花生
いきなり難しい質問ですが。核心に迫ろうとする態度と独特のリズム感でしょうか。日本語であれだけの音階を引き出せた文章家はおりません。
山谷感人
まず、破滅派との言葉に引かれた者ならば、太宰は通過儀礼と断言してよいでしょう。小生、彼の為に狂い、そうして生かされもしました。
X氏
彼はね、まっすぐなんですよ。
ほろほろ落花生
まっすぐなんだね。そのまっすぐつかみとろうとする方法の委曲の尽くし方がうまいのです。
山谷感人
そうですね。また、他人愛と、反逆にあふれていた闘士でもあります。世間への第一声、『葉』を読めば判りますね。
X氏
あれは一番いいよ、出せれば死んだっていいというのは嘘じゃない。ひねくれてまっすぐなんだ。
ほろほろ落花生
わざわざ挿入されてる『哀蚊』 なんか、いま考えりゃかなりホラーなんだよ。
山谷感人
日本橋の真ん中で真っ裸でいる事、それが書く事なんだとの意見には、驚愕しました。
ほろほろ落花生
それは「悲しかったら、うどんかけ一杯と試合はじめよ」〔編注『HUMAN LOST』〕なる荒っぽい太宰だね。けれど真っ裸でいることはそれでおしまいになるから、やることは地道にやりますと。文章に関して「いかに天衣なりといえども、無縫ならば汚くて見られぬ」」〔編注『もの思ふ葦』〕とおっしゃっていた言葉の内実は、ほころびを自覚しながらも絶えず紡いでいたということじゃないですか。少し脱線するようですが、太宰は曜変天目茶碗のような美を否定していたように思います。あくまで人化の力を信じ続けたかったというか。だからこそ泣きごと言いたくなる気持ちも分かりますが。
山谷感人
まあ、辻音楽師である事の苦悩、その後の作品でも何度もふれてますね。
ほろほろ落花生
その辻音楽士系うんぬんは出し入れの仕方も卑怯なんだけれどね。自作をひかれものの小唄として片付けてしまう彼の韜晦趣味は措くとして、そのあたりの弾き語りのにーちゃんと決定的に異なるのは、文章に対する、比類ない思い入れと才覚と技術。
山谷感人
まあ、そこのセンス、然し諸々な大衆をも引き込むのが、太宰の才能ですね。
ほろほろ落花生
そう。だから愚痴いっていても提出の仕方が丁寧で、つばはいてるようには思えない。「ああ、おれにもあるよその気持ち ダザイ 。なんでここまでわかってくれちゃうの」となる。
X氏
清潔じゃなきゃ、他人には見せられないよなあ。あれは、才覚だと思いたくなるすっきりした感じがあるね。だから、他人も憧れるんだろう。
山谷感人
勿論ですね。例えば、尾崎豊なぞ等とは、造りが違うのです。現在に生きていても、バイクを盗んだから、どうしたこうした、怒ってるぞ! なんちゃらかんちゃら、の悲哀は述べぬでしょう。天賦が全く違います。
ほろほろ落花生
それに付随して小耳に挟んだオハナシですが、「桜桃忌」にいらっしゃっている若者にインタビューしたところ、「尾崎豊なんてフルいっすよ。やっぱダザイですね」とのお返事だったそうな。しかし彼は尾崎がボロボロになるまでダザイを読み込んでいたことを知っていたのでしょうか。
山谷感人
すみません。小生は一度も、尾崎豊をまともに聞いたことがありませんので、たんに引用として名を挙げました。ところで、小生が好きな作品は、『花燭』『秋風記』です。身にしみます。
ほろほろ落花生
「燭を点して 昼を継がん」 の気持ちはどれだけ、感じられるのか。おいおい、真昼間に燭、点してどうすんだよといわれかねない。
やっぱ太宰だ
編集部
さすがみなさん、お詳しいですね。引用もポンポン出てきます。太宰治の「人間失格」は毎年10万部近くも新潮文庫で売れているそうです。どの時代でも、とくに若者に人気があるのはなんででしょう。
X氏
若い頃だけ人間はまじめなんだ。
ほろほろ落花生
僕が聞いておきたいのは『葉』を書いたあと、さっさと『人間失格』書いてぽっくり逝けばよかったのに、どうしてあんなにあがいたのか、ということです。そのおかげで中期のふるふるきちゃう作品群よめるからしやわせですが。
X氏
そりゃ、生活っていうものの恐ろしさは捨てられないことだかね。『十五年』なんかはぞくっとする。君たち、船橋には行ったかい?
ほろほろ落花生
住んでました。
山谷感人
船橋、1000回は行ってますね。
ほろほろ落花生
愛や信頼が、蛇口をひねれば水、てな感じでリットル単位の涙でじゃーじゃー消費されているご時世、彼の投げかけた愛はもう一度よみがえってきますよ。
山谷感人
ですね。統計的に、現在ほど愛をアピールしている世代もないらしいですが、太宰の言うトコロの、愛とは大幅に意義が違います。でも、中期の『鴎』『善蔵を思う』等、小生は読んで、声を放ち泣きました。
X氏
他にもゆかりの地は行ったかい?
山谷感人
津軽、熱海、甲府、三島、荻窪、三鷹等、太宰のゆかりの地は全て廻っております。
ほろほろ落花生
とかく太宰好きというのは、同類を嫌うという傾向がありますが、山谷先生は僕のこと嫌いですか。三鷹道中でもだいぶロング缶を消費されていたようですが。しらふではもう、自分のナマの感情に向き合えないというのは、危ういですよ。
山谷感人
そんな事はないと思います。ただ太宰に関しては、しったかぶりも多いのも事実です。愚物ながらも当方、太宰に関しては真摯です。
X氏
どうせ後で毒づくんだ、そんなこと確認しなくたっていいじゃねえか。
ほろほろ落花生
そうですね。いまさら太宰に義理立てしてどうすんの。しったかもへったかもなく好きならいいじゃないですか。カクレ太宰 というものがあるくらいで、なぜみなは太宰好きをおおっぴらに公言しないのでしょうか。羞恥心ですか。
X氏
ずるいんだよなあ。好きって言わなければ言ってもらえると思ってるんだよ。
編集部
太宰治を「卒業」する人が多いというのは、東大国文科教授の安藤宏氏もされていましたね。
ほろほろ落花生
御大がでましたね。 他の方々は「青春のはしか」みたいなものだと言われ続けてますが、これは太宰に対する抗体ができたということで、卒業すればなんだか大人になったような気分になるのですか。
X氏
大人になったんじゃない、逃げたんだ。なんといったって逃げだよ、あれは。変な笑い方を覚えたって、おとなになったことにはならない。
ほろほろ落花生
なんだか、X氏、よくわかってますね。怖いくらいですが。安藤様の近著『太宰治 弱さを演じるということ』についてはどう思われますか。
X氏
あれは、ひでぇ。みちゃいられねえ。演技を見抜いたフリをするのはね、簡単ですよ。しかも、それを許容したフリまですれば、いい子ちゃんのできあがり。でも、そんなのつまらない。太宰にはそうじゃないものがなお残っているからね。
山谷感人
太宰が学生の頃の、プーシキンを意識した写真に、全てが現れているとも思います。『如是我聞』もそうですが、日本の狭いカテゴリーでは、存在しえなかった人物なのでしょう。
ほろほろ落花生
なるほど そうじゃない部分、というのは、実地で女と海にダイブしたり、ヤク中になったりしたことでしょうか。
X氏
ま、共産党からは逃げたけどね。
山谷感人
そこを逆に買ってもいます。
ほろほろ落花生
山谷先生はだいぶ実地でいってらっしゃるようですが、どんなことをやらかしてきたんですが。
山谷感人
津軽旅行、作品と同じ行程をたどりました。乳母のタケと出遇った小泊村では、当時、太宰が訪れた時は鬼米のスパイじゃないかとも思われたらしく、小生も村民にエセ津軽弁で話し掛け、ドン引きされました。
X氏
津軽は懐かしいね。
ほろほろ落花生
「山谷感人 山谷感人を演じるということ」 その行動に至るチカラは太宰と一体化したいという欲望なのでしょうか。
山谷感人
あくまでも、共感です。一体化したいとの思いは、それこそはしか的な太宰ファンに多いようです。例えば『パンドラの匣』、評価は低いようですが、小生は好きです。それを厭々書いていた太宰の思い。動かないと、見えないものもあるでしょう。
ほろほろ落花生
そうして、いまも動くために緑茶ハイをあおってると。「私は真実のみを、血まなこで、追いかけました。私は、今真実に追いつきました。私は追い越しました。そうして、私はまだ走っています。真実は、いま、私の背後を走っているようです。笑い話にもなりません」〔編注『碧眼托鉢』〕という言葉があったはずですが。僕も山谷先生もなにかしらの真実が欲しいのですかね、ここまで執着するのは。ぶっちゃけていえば早く知りたいのですよ。彼が目指したものを手中に。X さんはもう手にはいりましたか?
X氏
手に入ったら、ここにはいないねえ。日々あがいてますよ。結果的に踊ってます。
山谷感人
後期の『父』『ヴィヨンの妻』等、動きたくなくても動かざるを得なく、傷ついてるとの、名文ではないのかしら?
ほろほろ落花生
あそこまでいくと、もう怖いのでついていけませんが、からっぽ放心というか。だから僕は『トカトントン』的ではなく、色彩がある中期にどうしてもすりよりたくなるのです。
やっぱ中期だ
山谷感人
それは勿論です。中期手前の『姥捨』も、一見乱暴のようですが、愛、希望に満ちていますね。
ほろほろ落花生
僕は単純に太宰曲線というものを昔考えたんですが、Y軸の原点は自己破壊絶望系で、希望信頼系に向かって上昇していくと。X軸は時系で。これはすごく強引ですが、グラフは綺麗に山型になってるな、と。「中期」の頂点を維持したままいくことはできなかったのかな、とね。そこは個人的な甘ちゃんの願いでしょうが、ラストに『人間失格』やられても、「あーああ」って感じじゃないですか。結局どうあがいてもこうなっちゃうの、みたいな。「自転車で青葉の滝」はやっぱムリならどうすりゃいいの?
X氏
あがけばそれだけ美しいじゃないの。死んでしまえばわからない。許してくださいとは言ってあったはず。君は家庭に憧れてるかい? 太宰治と家庭は手に手を携えることができなかったけれど。
ほろほろ落花生
憧れているからこそ、こんなに悶えているのかもしれません。ちくま文庫版太宰全集は個人的禁書にして押入れにいれといて、時々チラチラ覗いてます。ところで最近考えるのは「太宰治と父性」というテーマですね。「中原中也と医学」ではありませんが。『人間失格』のラストでは「葉ちゃんがこんなことになったのも全部オヤジのせいだ」云々と書かれております。ここんとこ、どうなんでしょか。やっぱ”There will always be a father”ですか〔編註・『心臓を貫かれて』中公文庫〕。同じくガキの頃に下男女中連中に「哀しいことを教えられ、犯されていました」と語り、これは人間の行いうる犯罪の中で最も醜悪で下等で、残酷な犯罪だ、とも言ってますが、ここらあたりはドスト的なんじゃないかしら。
X氏
家庭というのは大切なものだからこそ、裏返ると怖いよ。子供はそこから逃げられないからね。
山谷感人
太宰が、富栄に殺された説はどうなんでしょうか?
X氏
いやあ、それはねえ…… 過ぎてしまった話だけれど、美知子さんには可愛そうなことをしたね。
ほろほろ落花生
安吾も言ってたけど、もうアル中進行していて誰でもよかったんじゃないか、と僕は思います。手酌してくれて身辺の世話してくれりゃゴリエでもよかったと思う。山谷センセでもね。
山谷感人
同意見です。然し、井伏、亀井、山岸氏等は、警察に馘に紐で締められた後があると、聞かされたようですし。
ほろほろ落花生
たとえ殺されていても 他殺自殺はもう問題じゃない地点ではなかろうか。もう彼はいっぱいいっぱいでした。どのみちラクになって僕はちょと安心してます。
X氏
うん、まったくそうだ。あの後も続いてたと思うと、想像だけでもぞっとするよ。
ほろほろ落花生
しかし「井伏さんは、悪人です」の真意はどこにあるんだろう?あれやっちゃったら、ああやっぱりか太宰、やっぱりぜーんぶイヤだったんだねと、いう思いでふらつきました。
山谷感人
絶筆の『グッドバイ』も、真骨頂でもある軽み全開の名作だと思いますし、続きも読みたかったけど。井伏さんへ、あれは彼にでなくても、良かったんだと思います。例えば、恩人の北さん、中畑さんへにも含め、あくまでも世の中の健全、それを堪えいている存在への苦言だと思います。
で、太宰とは
編集部
ではそろそろまとめに入らせてもらいます。それぞれ、太宰治の魅力について、語ってください。
山谷感人
魅力、なんておこがましい。とにかく、作品を見ろとしか、言いようがありません。破滅派、少なくとも小生は、太宰の存在がないと、今、こうして飲んでいません。
X氏
うん、繰り返しになるが、まっすぐなことだよ。それ以外、必要なことなんてないんだ。
ほろほろ落花生
これまた難しいですが、最後は太宰のもつ「怒り」に尽きるのではないかと思います。最近、半端モノのやさしさの大合唱で疲れてるので。太宰クラスの「怒り」をもって人に対することができるか、生涯つきまとってくる問題だと思いますが。
編集部
みなさんの思いいれが伝わってきました。ありがとうございました。
X氏
うん。グッドバイ。
ほろほろ落花生
え、もう帰っちゃうんですか
山谷感人
あれれ? 小生は緑茶ハイを三杯、追加しましたぞ!
編集部
じゃあ、もうちょっと飲みます?
ほろほろ落花生
編集部さん、あれ誰だったんですか。僕はもうちょっとお話したいですが
山谷感人
いや、泥酔して、死にそうでかなわねえ!そうそう、Xは誰ぞや?
編集部
同人のぱるおさんの紹介でして。なんか、太宰好きな人みたいですけど。
山谷感人
モノホンか? それとも天才的な素見しか?
ほろほろ落花生
モノホンでもありでしょう。太宰治の現在性を考えればそこにおっしゃられていてもおかしくない。
編集部
う~ん。どうだったんでしょうか。それでは、この続きは近々(2007年5月)アップ予定である「破滅派放談」で。
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