露光時間

応募作品

長崎 朝

小説

3,968文字

2018年7月合評会参加作品です。「明日世界が確実に滅びるとして」

FUJICOLOR PRO 160NS ブローニーフィルムの、チョコレート菓子のようなプラスチックパッケージを千切って開封すると、忘れかけていたあの甘酸っぱく鼻腔に絡みつく化学薬品の匂いがする。

フィルムを巻き上げ装填を終えると、フィルムフォルダーを本体後部に重ね合わせ、右手の親指がちょうど触れる位置にあるレバーを押し込み、そのまま遮光板に引っ掛けていた薬指と中指を引き抜く。同じ手の親指で本体右側の小さな耳のようなレバーを、Mの位置からRの位置に合わせ、左手でフィルムフォルダーを右に90度回転させながら、もう右手は遮光板をフォルダー背部のポケットに滑り込ませている。耳レバーと同じ側面にある水鳥の脚のような巻き上げレバーを、右手の人差し指の第二関節で触れるように軽く叩くと、カチッと音がしてレボルリングレバーがRの位置から中央の四角の印まで弾き返される。

この動作を、彼は何万、何十万回と繰り返したか知らない。細かなトラブルに見舞われて、何度もオーバーホールに送り出される羽目になるデジタル機器たちを尻目に、マミヤRZ67はそのシンプルな機構のゆえだろうか、あらゆる酷使に耐え続け、彼の知るかぎり一度も壊れたことがなかった。

デジタルカメラの普及し尽くした時代でさえ、写真を写すときの口真似として常に用いられるパシャッとかカシャッという擬音語も、このほとんどアンティークのような中判カメラの、まさにパシャッとしか言いようのない乾いたシャッター音を聞くと納得させられるのだが、ほんとうはその奥に、ブシュンッとか、シュボンッという、透明な何かの重みが手もとに落下してくるような少しくぐもった響きがあって、その音を聞くたびに彼は湖面に墜落しはじめた黒い拳大の石たちのことを思った。そして何気ない連想から、自分がそれらをシューティングゲームで撃ち砕こうとして構えているのだという錯覚に意識を任せた。

上から覗き込む大きなファインダーは別世界に通じる窓のようで、左右反転したその景色にはいつも品格がある。この窓を通して見る小さな世界は、本物の世界より少し優しそうに感じた。彼にとっては、世界と繋がるのにあいだにひとつ、この窓を置いたほうがうまくいくような気がした。そのほうが、世界をじかに感じることができた。シャッターと連動し、ミラーが上がって世界が一瞬消える。またひとつ、石が落下していく。

ここには暗室もなく、プリントを作るあても時間もないから、これは紛れもなくただの遊びだった。ここへ来ることを選んで正解だった、と彼は思う。ほかに行くところなどあるものか。かつて家族という区分の内で肩を寄せ合った者たちのことが頭に浮かんだが、すぐ次のシャッター音にそれもかき消された。あれはなんだったのだろう。人間どうしのあいだで交わされる、ある種の感光現象。愛情のことなら彼も知っていた。

それは石ころのようだったと彼は思う。消化されぬまま、時間を経ても胃の中にとどまりつづける小さな石のかけら。いつ飲み込んだのか、もともとそこにあったのかさえあやふやで、だけどいつのまにかすべての中心点になっているような振る舞いをする。ときには栄養を濾し、ときには自己組織を削りとる硬度の高い何か。その重みにだんだん耐えられなくなっていく。

何年前のことだろう、まだ人類が事の重大さに気づいていなかったころ、彼の被写体は、もっぱら人間の身体の暗い内部だった。レントゲン技師の資格を取得してからの日常は思いのほか単調で、将来性に乏しいという決め手はないまでも、自分の座る椅子が、ロボットどもの尻に占領される日もそう遠くはないと感じていた。

白と黒のコントラストのみによってかたどられる画像に映し出されているものは、白か黒か、有か無か、「それ」か「それでない」かだけであるという誤解は解いておいてもいいかもしれない。そこには実に無数の情報が詰まっており、水準の高い医師によっては、患者の年齢はおろかその話し声まで再現できるというし、何よりも写真自体に立体の手触りがある。肋骨の柱廊を歩いて、横隔膜のオーロラが吹き上げてくる風に頬を撫でられる、そんな夢想にときどき彼はとらえられた。

大した額とは言えないまでも、貯まっていたものの半分を支援金という名目で元妻との決済費に充て、残りの半分でこの湖畔にロッジを建てると、仕事にも家族にも区切りをつけてこの地に越してこようとしていた矢先、こんどは太陽系を写したネガに、それまで望遠鏡でも見えなかった白い影が確認され、人類にちょっとした動揺を与えた。

それは冷たい腫瘍だった。われわれのいる場所からは変哲もない暗闇にしか見えないけれど、暗い宇宙のどこかに観測者がいるとするなら、きっと光のリボンに見えるに違いない。はじめそれは、非常に小さくて黒いツヤのある石が無数に集まってできた煙のような塊で、あの小惑星帯ともまったく異なるあやふやな病変に過ぎなかった。実際の大きさがどのくらいのものなのかもはっきり分かっていなかったが、数日後、物理学ロボットは光のリボンが、水星の公転半径くらいの規模を有していると結論づけた。そして、「驚くべきことに」と丁寧な前置きをしてから、ロボットはつづけた。

「数週間後、地球はリボンの中を通過し、寝ぼけた顔をその冷たく眩い光のシャワーで洗うことになるだろう」

冗談じゃなかった。もし、ほんとうにその中を通り抜けるのなら、地球は顔を洗うどころか蜂の巣にされて滅び去るのは明白で、運が良ければ、かろうじて自転をつづける何か――食い散らされたあとのリンゴの芯のような形をした軸――が残るかもしれない。

自分は誰といるべきか、何をして過ごすべきか、地表は自問自答で覆い尽くされた。決定論と非決定論、希望と絶望、平穏と混乱、あらゆる二項対立がそのコントラストを強めると二色の世界地図ができあがり、それがぐるぐる回転して結局は灰色の内に何もかもが溶け合ってしまったように見える。貨幣経済は機能不全に陥って、大半の人間は生きる目的を失い、死ぬ動機を失った。しかし考えてみるまでもなく、こういった一連の兆候は、人類の歴史においてこれまでいつも経験されてきたこと、人類のかたわらにありつづけてきた諸問題の代表格と見事に一致している。一言でいうならば、「世界とは成立していることがらの総体のこと」であり、当面のところ世界はまだそこにあったのだ。

何百万年ものあいだ、数えきれぬ不幸と痛みを背負って生きてきた人類の直面している最後の痛みは、いまだそこに世界が存在しているという事実だった。なすすべもなく、おのれが人間であり、それ以外ではないという苦しみの原因は、医師がどんなに目を凝らして人体の内部を覗き込んでも見当たらなかった。

彼は使い古された道具を好んだのと同様に、ときどき使い古された言葉を好んで綴ることがあったのだが、ノートに残っている文章の最後の短いフレーズは、そのありきたりさゆえに途方もなく痛ましく、「完璧」であるとさえ言いたくなるような何かしらを切実に伝えている。

 

私たちはどこから来て、どこへ行くのか。

私たちは、何者なのか……。

 

それから彼は書くことをやめ、納屋の奥から埃をかぶった時代物のカメラを引っ張り出してくると、それをいじりまわしながら一人で時を過ごしていた。ロッジへ出かけることもほとんどなく、手の中に馴染む素直な工業製品のシャッター音に耳を澄まし、ファインダーの中の左右反転した景色にウインクしていた。

「さようなら」と誰かが言った。

彼は振り向きもせず、「さようなら」と返した。

長いあいだ、彼は明日を待ちつづけた。それが起こるであろう明日が到来するのを。数週間経っても何も起らないのをいいことに、それから人々は光のリボンのことを忘れてしまったかに見えた。彼もその一人だったし、ロボットの予言は的中しなかったのだと誰もが思いこもうとしていた。

少しずつではあったが、灰色の世界地図に、ふたたび貨幣の渡り鳥が飛び交うようになった。

ある日、暗室で定着液から取り出した印画紙を水洗しようとして掴みあげたとき、知らない何かが彼の肩を叩き、彼はようやく「明日だ」と告げられた。告げ主は存在しなかったが、それでも何かが彼に確実にそう告げようとしていることを悟った。彼がミスなく手順を踏んだはずの写真には、何も写っていない。ロボットが沈黙を破り、人類に対して釈明しはじめる声が時を超えて届いた。

「数週間というのは計算間違いでした。明日です。それは、明日のことでした」

彼は老人になっていた。

驚くべきことに……。と、彼は思った。

もうほとんど見えていない目で、彼は湖面を撮りつづける。十コマで一本のフィルムが終わってしまうと、遮光板を戻し、ピンを引いてフォルダーの裏蓋を開ける。ネガを取り巻く紙のベロを伸ばして感光しないように封をした、チョコレート菓子のようなフィルムの筒を、湖畔の地面に並べていく。

箱型の機械と、この手作業だけが彼のすべてだった。

遥か沖合いに、またひとつ黒い石が落下する。彼の遅れがちなシャッター動作では時機をとらえられず、シューティングゲームだとしたら、ただのひとつも命中できないだろう。それでも彼は撃ちつづける。そこまで狙いも定めすぎず、左右の反転に心地よくめまいを感じながら。

遠くまで湖は広がっている。空が焼ける。明日がもうすぐやって来て、それはどこにも存在しないフィルムに射影され、完全に消える。

 

(終)

 

※一部、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』野矢茂樹訳(岩波文庫)を参照しました。

 

2018年7月24日公開

© 2018 長崎 朝

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"露光時間"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2018-07-27 01:44

    冒頭から延々と始まるカメラの解説に最初は面食らったものの、「彼にとっては、世界と繋がるのにあいだにひとつ、この窓を置いたほうがうまくいくような気がした」とか、「人間どうしのあいだで交わされる、ある種の感光現象。愛情のことなら彼も知っていた」といった具合に主人公の人生を表わす暗喩へと横滑りを始めたところで目を見張った。

    本作において特に手が込んでいるのはモティーフの使い方だ。空から隕石が降ってくるイメージから、石ころのような愛情の記憶、レントゲンに映る腫瘍へと話がつながっていく。愛情を「消化されぬまま、時間を経ても胃の中にとどまりつづける小さな石のかけら」に喩えた段落は、家族生活に失敗した主人公の人生を的確に言い表していると思う。

    孤独な主人公にとって写真を撮り続けることは、「いまだそこに世界が存在しているという事実」や「なすすべもなく、おのれが人間であり、それ以外ではないという苦しみ」を凝視する行為なのだろう。終わりを待ち続けるばかりの倦怠した生を淡々とした筆致で見事に描き出している。冒頭のカメラに関する記述の単調さは、待つことにとらわれ、世界が欠乏した状態の生の比喩なのかもしれない。

    私はカメラにもウィトゲンシュタイン哲学にも詳しくはないが、大変面白く読めた。今回の合評会作品の中で最も優れていると感じる。彗星5つ!

  • 投稿者 | 2018-07-29 10:57

    読み応えのある文章が書けて羨ましい……とは思ったのですが、設定ばかり読んでいるような気がしました。会話らしい会話もなく話に没入できなかったです。

  • 投稿者 | 2018-07-29 13:26

    濃厚な描写と知的な文章が続き、その密度に圧倒されました。深い小説でした。なぜ世界が滅亡するのか、という説明がとても自然に主人公の語りによってなされており、上手だなと思いました。「世界の滅亡」というテーマに対しては、「自分と世界の関係性」について考えることは避けられないと、僕自身思っていたのですが、その答えの一つがこの小説で示されているように思いました。よって、個人的に一番良かったです。

  • 投稿者 | 2018-07-29 14:19

    良い作品でした。しみじみ、心に染み入ってきました。
    いつくかの人生の試練を終え、枯淡ともいえる境地に達した主人公が、骨董品のようなカメラを手に湖を写し続ける。自分と人類の最期を目前にして問いかける言葉は宗教的に思えました。
    「私たちはどこから来て、どこへ行くのか。私たちは、何者なのか……。」
    何千年もの歴史の中で、宗教家や哲学者が問い続けた言葉を、市井の一庶民が問わなければならない。
    根源の問いを獲得した者は、最後にして本当の体験を内在化するものだと思います。消滅してしまうのであればそれも意味はないわけですが、そこをあえて凝視するのが文学だと思いました。

  • 投稿者 | 2018-07-29 14:25

    孤独なカメラマンが最後の時に向き合うのは、自分、人間の哲学的な存在価値への考察。知的な比喩は、無知な私にはなかなか理解しきれるものではありませんでしたが、大変興味深く読ませていただきました。
     一行も読み零せない濃密な文章は、何度も読み返し、咀嚼し、味わいたいと思いました。そして、ある意味とてもシンプルで、小説とはこうあるべきものという原点を見たような思いです。こんな小説書いてみたい。

  • 投稿者 | 2018-07-29 16:49

    しんと静かな筆致でかつ濃密な内容。参りました。身を切るようなせつなさ、のようなものを感じました。

  • 投稿者 | 2018-07-31 02:29

    明日かどうかよくわからないが、世界が滅びるに際してセックスをしないという稀有な作品。童貞じゃないなら別にそんなもんなのかもしれない。ぼくはどうだろうと思わされて辛い。世界の終わりに没頭できる趣味なんてあっただろうか。カメラでも買ってみようかな。オリンパスあたりはどうだろう。

  • 編集長 | 2018-07-31 11:58

    世界がどのように終わるのか、について私たちは確かに知りたかった!
    世界が滅びるに当たったの内面に徹底的に向き合った作品。星五つ。

  • 編集者 | 2018-07-31 15:32

    世界の終わりを前にしても、更に前倒しになっても自分はこのようにしていられるだろうか。心理に迫ってくる作品だった。ただ、ウィトゲンシュタインについてはよく知らない。

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