絵本が好きだった
そんな出だしから始まる小説を
いったい何本破ったのだろう
僕はあと何本の電車に乗るのだろうか
毛虫に気管をくすぐられている
今日もまた電車が走っている
電流に似た軽い眩暈がして
グロテスクな視界がひらける
現実にいまは二十一世紀?
空気の香りがいつもより低い
空は少し高そうだ 中間地に鳩が浮遊する
赤という赤が攪拌されていく
今日もまた電車が走っている 極彩色の警察官が
片手の銃口を隣人の胸もとに
サクソフォンの音によって引き裂かれる
歴史は自然を恐れ 人々は経済を恐れた
神よ、心に平穏を ファイザー社の方角に
今日もまた祈りが謳われる
今日も集金人がやってくる
僕はバットを持って玄関に向かう
宇宙は静かに膨張していて
怠惰は労働の破綻から生じる
黒という色彩は神秘をやめることがなく
この街の夕暮れどきを二時間だけ延長する
林檎屋 株主
荷馬車の子ども
彼らはみな意気揚々として
暮れなずむ街の境界に
赤褐色の祈りを捧げる
人類の、抽象と仮想の領域が
奇妙に絡まりあう車両のなかに
チューリップ産業のような絶望
水車小屋で見張りをする女
山羊、それも大勢の黒山羊を
一本の手綱で操作する少年と
赤い頭巾をかぶった数学の支配下にある街
文学はなす術もなく
空想の言葉を泳いでいく
この都市の頂点にある塔なら
絵本のなかで知っていた
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