骨踊れ、歌え骨よ!

松尾模糊

小説

2,064文字

BFC3落選作。死者の日を描いた掌編です。

老アルベルトは生まれて、死んで骨になった。

 

ロドリゴは石畳の坂道に差し掛かる広場で言った。なんだって?
「老アルベルトは死んで骨になった、俺が彼について知ってる確かなことはそれだけだ」黒いウール地で仕立てたスーツ姿が滑稽に見えるような、白塗りの顔で目の縁と口元を黒く塗ったガイコツメイクのロドリゴは坂道の頂上に見える白い十字架を掲げた鐘塔を見上げていた。そんなことないだろう、老アルベルトの孫なんだし。
「確かなのは、老アルベルトは親父、ロベルトの父親で俺の祖父であるっていう、誰にでも明らかなことくらいさ。老アルベルトの老年期のいで立ちやらサルサソースは苦手だったとか、吸っていた煙草の銘柄はマルボロだったとか、昔はメキシコ民族舞踏ハラベ・タパティオの名手だったとか、そんなどうでもいいことはいくらでも知ってる。知ってるけど……それが何だっていうんだ? それだって老アルベルトが盛ってるかもしれないし、真実なんて老アルベルトにしかわかりっこないんだし、いや、彼自身も分かっちゃいなかったさ」
ロドリゴと同じく、黒いスーツ姿に黒い中折れ帽を被ったガイコツメイクの顎に手を当てて考えるふりをした。ロドリゴと出会ったのは、大学でなんとなく顔を出した軽音楽サークルの飲み会だった。当時流行っていた、ソニックユースやレディオヘッドみたいなオルタナティブ、ストロークスやアークティックモンキーズのようなガレージロックリヴァイバル勢を大いに連中が語っている中で、ロドリゴは一人でマラルメやらランボーみたいな仏詩人の詩をひたすら暗唱していた。もちろん完全に浮いていた。そのとき酔っていた勢いも手伝い(というか、ほぼ勢いしかなかった)、ヒップホップに傾倒していたので彼をMCとしてユニットを組まないかと誘ってからの付き合いだ。そのユニット、「骰子一擲ウン・ティロ・デ・ダド(もちろんロドリゴが命名した)は結局SoundCloudに三曲のデモを残したまま活動休止したが、彼との付き合いは続いている。老アルベルトには曲作りの際、彼が所有するガレージを使わせてもらったり(ザ・ルーツにハマっていて、生音にこだわっていた)、トルティーヤを食べさせてもらったり(最後はこちらがメインになっていた)して随分と世話になった。卒業が迫り、遊び半分だった音楽と共に老アルベルトとも疎遠になっていた。顎に当てた二本の指に白い粉が付いた。老アルベルトの訃報を聞いたのは去年だ。感染症で家族も最期に立ち会えなかったらしい。ロドリゴとも直接会うのは二年ぶりだ。

 

うぁん!

 

黒く艶やかな毛並みの大きな犬が口を半開きにしてつぶらな瞳を向けている。
「なんだ? 迷子になったのか?」ロドリゴが垂れ下がった耳の下から頬の辺りを撫でている。口からよだれが垂れていた。赤い首輪に刻印された文字をロドリゴは読んだ。
「ケルか? いい名前だな、飼い主はどこだ?」ロドリゴは立ち上がって辺りを見回した。黒マントをしたガイコツメイクやテンガロンハットを被ったブーツ姿のカウボーイみたいなガイコツメイクの人々で溢れていて異様な光景だった。この人出では、飼い主を見つけるのは困難だろう。
「煙草買っていいか?」ああ、もちろん。緩やかな坂道になっている石畳の脇には、手作りのタペストリーやガラス細工を扱う雑貨店、ピザ屋、新聞や飲料、スナックを売る路面店が並んでいる。路面店に向かい、マルボロライトのボックスを手にロドリゴが戻って来た。ロドリゴは、スーツの内ポケットからマッチを取り出して煙草に火を点けた。差し出された一本を口に咥えて、ロドリゴの煙草から火をもらって紫煙を二人で吐き出した。
わん! ケルが足元に寄って来た。なんだ? ついて来る気か? 煙草を溝口に弾き飛ばして靴底で踏み消した。頭を撫でる。毛並みは艶やかだが、しっかりと獣の匂いがする。坂をゆっくりと上りはじめた。日が傾き、影が伸びている。ケルはつかず離れずついて来た。

 

黒き犬吠える坂の上
未だ迷える者なのか
この声が届くのならば
それもいいだろう

 

世界は静寂に包まれた
あなたがいなくなってから
最期に贈るトルティーヤ
サルサソースは抜いておこう

 

だから願いを聴いてほしい
ハラベ・タパティオのステップで
あなたの愛したあの人の
待つ天国まで迷わず進め

 

ロドリゴは喧騒の中で即興詩カラベリータスを叫ぶように詠んだ。ガイコツメイクの人々が続々と丘を上っている。まるでゾンビの群れだ。マリーゴールドや飾り切紙パペル・ピカードで暖色に彩られた祭壇オフレンダがその雰囲気を違ったものにしている。ガイコツの行列の中でギターをつま弾くマリアッチの哀愁漂う旋律は、トランペットにアコーディオンが加わり、陽気で心躍るダンスミュージックへと様変わりした。教会でガイコツたちが手を取り合って踊る光景は、さながら冥府のダンスフロアだ。ガイコツたちがもみくちゃに踊り合う、その中に老アルベルトが見えた。見事なステップだった。老アルベルトは彼らに担ぎ上げられて、空に浮いたと思ったら、どこかに消えてしまった。

2021年10月29日公開

© 2021 松尾模糊

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