島おじさんの哲学談義~島自我は海を越えて、メタ2021~

松尾模糊

小説

4,375文字

大阪のリトルプレス/インディーズ出版店 兼 ギャラリー「犬と街灯」さんが主宰する"貝楼諸島”という架空の島々をテーマにした島アンソロジー参加作品です(詳細→https://twitter.com/kailou_islands)。犬と街灯さんの店長・谷脇栗太氏が製作したミニチュア島を大阪文フリで販売する写真をSNSで拝見し、ある島への愛が暴走しメタフィクション風になりました。

コバルトブルーの海から打ち寄せる波は、穏やかに砂浜のきめ細やかな砂粒をさらいながら一定の間隔をおいて、心地よいリズムを雲一つない空に響かせている。砂浜の奥にはツル植物がその表面を覆い、さらに奥に進むとクサベトラや低木、アダンが茂っている。砂浜から左右に伸びる海岸は浅黒い岩石が波に削られて穴を開けたり、アメーバのように歪なかたちで島を取り囲んでいた。しかし、異様なのは入江に生い茂る森のさらに上、島の頂きにあたる粘土質の少し黄色味を帯びた岩石がまるで人、初老か中年らしい禿げ頭の髭を蓄えた顔面のように見えるところだった。

 

わたしは島おじさん。正確にはおじさんに見える島だ。ここを訪れる人々がそう呼んでいる。わりかし、わたしも気に入っている。島が話すなんておかしい? 勝手に島を人間に見立てておいて、それはないだろう。まあ、いい。しかし、ちょっと考えてもみて欲しい。この辺りは様々な形の島々があって、例えば、あそこに見える「夢」なんて島は、島のことを考えすぎて島になってしまった人間の顔が島頂に浮かんでいる。彼は島ではなくて、正確には島に見える人間であるわけだ。島であるか、人間であるかなんて些細なことではないか。あ、ちょっと待って……ほら、聞こえる。また今日も一日に四回しか訪れない連絡船の汽笛が勢いよく青い空に響いている。好奇心のコンパスが指し示す方角に従って観光客がわんさかと来るのさ。わたしの髭にあたる岩肌の袂から伸びる桟橋に白い船が錨を下ろしているだろう。リュックサックを背負って、折り畳んだビーチパラソルを片手にはしゃぐ二人が見えるかい?

 

「本当におっさんじゃん、ウケる! 写真撮って」長い髪をライトブラウンに染めた女子が島おじさんの岸壁を指差して笑っている。

「もう少し右に寄って……うん、ビンタした後に手首を返した感じで……そう、はい! ビンタ!」もう一人、黒髪でショートボブの同年代らしい女子がスマホのカメラを向けた。彼女に言われるまま、長髪の女性が島おじさんの頬らしく見える岩石を遠目で平手打ちする動作を、ミニスカートからのびる細い脚を踏ん張るように開いて繰り返した。

「ウケるんだけど!」黒髪ショートボブがスマホを見ながら腹を抱えている。

「見せて、見せて! ハっ、超ウケる!」走り寄った長髪ミニスカが手を叩いて涙を浮かべた。

「次は蹴りにしよう!」

 

人気者は石を投げられる、そうだろう? ここにはたくさんのゴミが投棄されるわけだが、中にはトランジスタラジオやら陶器のティーカップ、インスタントカメラ、それに雑誌や本なんかの興味深い物があってね、こう……遠目に眺めながら人間ってものを少しずつ理解しているわけさ。老眼が進行しているから、近い物より遠い物の方が見えやすいのが幸いだった。わたしには見てのとおり、手足ってものがないからね、風や波や鳥や猫が頁を捲るのを辛抱強く待ち続けるしかないわけだが。時間なら無限にあるから。まあ、でも鼠は天敵だなあ。奴らは齧ってしまうからね。しかも、いつだって肝心な箇所を狙ったかのようにね。本当に狙っているとしか思えないな! 聖書の第八章だって――あなたたち……まず石を投げなさい――と中間が齧られていたんだよ。まあ、どうやらまず石を投げるってことは分かったからいいんだけど。そう言えば、なにか話の途中じゃなかったっけ? そうそう。島か、人間か、ね。とても哲学的な問いだね。デカルトは”Ego cogito,ergo sumエゴ・コギト、エルゴ・スム“、「自身を疑う自我の存在は疑えない」というところから彼の考えを発展させたんだよね。その「我」、自我について哲学者たちは随分長く考えているようだね。わたしはどう考えたらいいだろう。カントは主観によってしか認識できない世界において自我を客観的、実体的に捉えることはできないと考えた。そうなると、わたしはわたしの考える、主観的な範囲内において、わたしであるとわたしが考えている、わたしが在るとしか言えないわけだね。ところが、ハイデッガーは――「存在が何を意味するか知ってはいない」けれども、「存在とは何であるか」と問うだけでもわれわれはすでにこの「ある」の了解のなかに身をおいているのである――と「存在了解」が既成事実としてある前提で自我、自身、彼の言う「現存在」について考えた。つまり、わたしは「島おじさん」として人々に存在了解を得ていると考えてもいいのではないか。きみがきみ自身の名前で呼ばれる時、きみはきみ自身を意識するよね? わたしが「島おじさん」と呼ばれ続けてわたし自身を意識したように。石は意思を持たない? 駄洒落かい? 駄洒落なら負けないぞ。おじさんの専売特許のようなものだからね。そうだろう?

 

「シマウマしましま旨し」

 

え? 回文? あ、これ駄洒落じゃないの? シマウマのしましまは旨いって駄洒落効いてない? え~……そうなんだ。しょぼん。気を取り直して。わたしは島おじさんと呼ばれる島であり、きみはわたしと存在了解を有しているね。わたしがどういうメカニズムできみと意思疎通を行っているのか、この点についてはよく分からない。テレパシーはお互いの意思が存在して成り立つ現象だろう。そうだな、ウィトゲンシュタインは「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と言っていたよね。わたしばかり話しても会話にならないね。そうだ、すこし沈黙してみようか。

 

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どうだい? 島らしくなったかな。でも、どうだろう。「島は沈黙しなければならない」とは誰も言ってないじゃないか。島が語ったっていいだろう? でもシマウマのしましまは旨いって、やっぱり駄洒落にカテゴライズしてもいいと思うな(しかも、縞は島にも掛かっているという云わばメタ的な技術も用いてるんだ)。「布団が吹っ飛んだ」とどう違うっていうのさ? 四〇〇字以内で記述せよ。ウザい? そうだろう。ウザいのもおじさんの専売特許だからね。おじさんって能力高いよなあ。なんで皆に毛嫌いされるんだい? 嫉妬かい? きみもおじさんになったら分かるだろうか、悲哀ってやつさ。

 

「なんか段々キモく見えてきた」長髪ミニスカはビーチパラソルの下で顔をしかめた。黒髪ショートボブが振り返ってサングラスをずらす。

「……そうだね。ちょっと移動しよう」

「あっちにめっちゃ派手な色したインコみたいなのが飛んでたから、探しに行こう!」

「マジで! エモい~」二人は立ち上がって砂浜を駆け出した。

 

平家物語だったよね。――おごれるものも――と言っていたのは。そこ以外は全部食い荒らされて分からなかったけど。なんだが寂寥感は伝わったんだ。年の功ってやつさ。あ、少しそこのラジオのボリュームを上げてくれないか。わたしが好きな番組の残留電波が海を越えてくる頃なんだ。

 

ジュっ……ザァザーぴゅ~ピッピぃーパッパツパッぷぷぷぷぷぷリら~チッチチチチイチ

 

えーやんや言うとりますけど、始めましょか。

 

大丈夫ですか? 誰から行きます? 北野さんでいいですか?

 

そうしよか。

 

お願いします。

 

……ひゃくじま……

 

低く安定感のある声が不思議な物語を朗読し始めた。日が傾き、白い月が青い空にぽっかりと穴をあけるように浮かんでいる。満ち潮で海面が上がり、歪なかたちの岩が隠れて、島全体が丸みを帯びている様だった。砂浜に打ち捨てられたビーチパラソルに波が被ってカサカサと音を立てている。

 

良い話だね。どうだい? 島に意思があってもいいって思えるようになったかい? まだ納得がいかないかな。ウィトゲンシュタインは「世界は私の意志から独立である」と言っているね。そして――世界の意義は世界の外になければならない。世界の中ではすべてはあるようにあり、すべては起こるように起こる――と。つまり、ウィトゲンシュタインが言う「沈黙」はただ黙るということではなくて、語りえないことを受け入れるということだよね。さあ、”島自我”を受け入れて世界の神秘を感じようじゃないか!

 

「疲れた~」長髪ミニスカは潮風に当たったせいで、軋む髪を黒いヘアゴムでまとめてポニーテールにした。

「帰るかー」黒髪ショートボブが両腕を上げて背骨を伸ばした。

 

カア

 

と黒いタンクトップ姿の黒髪ショートボブの鎖骨の上辺りで羽を休める七色のインコのような鳥が鳴いた。

「カラスかよw」二人が同時にツッコミ、あほ~、と七色の鳥は鳴きながら飛び去った。

 

……おや、ご覧。日が地平線の向こうに沈みながら海面を赤く染めているね。最終の連絡船がそろそろ出航する時間だ。長話に付き合ってもらって悪かったね、これ、つまらないものだけどきみにあげるよ。

 

「ありがとうございます、二千円になります」

 

最後に取り残されていた”港町では有名な詐欺師である島”を購入した。この人が『犬と街灯』のクリタさんか、思ったよりお若いな……島を手で優しく包み込むように持ち上げて箱の中に仕舞う様子に見惚れていると、ふと彼が顔を上げたので慌てて目を逸らした。あ、ありがとうございます、とそそくさとその場を離れた。少しお話したかったな……と後悔しながら、帰りの電車の中で箱から島を取り出した。右手で禿げ頭の部分を摘まむように持ち上げて左手を底に添えた。見た目よりしっかりとした造りで重みがあって……なんだか温かく感じるのは、車窓から差し込んだ夕日のせいかもしれない。

 

(了)

 

【参考文献】マルティン・ハイデッガー著、細谷貞雄訳『存在と時間』(ちくま学芸文庫)

ウィトゲンシュタイン著、野矢茂樹訳『論理哲学論考』(岩波文庫)

2021年10月11日公開

© 2021 松尾模糊

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