本立て犬とこたつ猫

応募作品

Blur Matsuo

小説

3,949文字

2019年1月合評会参加作品です。夏目漱石の『吾輩は猫である』をベースに佐川恭一氏、工藤はじめ氏そして、高橋文樹氏の作品に大変刺激を受け、執筆いたしました。佐川氏はモロゾフと共に勝手ながら登場させております、すみません!

冷気が容赦なく身体をつんざく様に襲い掛かって来る季節の朝方、聖地のように輝ける部屋の一角と言えば、そう、布団だ。田山花袋がかつて『蒲団』という近代文学史に残る名作を残しているが本作はかの小説とは全くもって関連性はないということを予め断っておこう。しかし、拙作も現代文学の脈絡の中で燦々と輝くオンライン文芸同人である「破滅派」の合評会応募作としての自覚があるのならば、一〇〇パーセント関係がないとも言い切れぬのやもしらん……いかんな。どうも話が脱線してしまった。えっと、あ、そう、布団! 布団から出たくないな、布団のまま出勤できないかな、もういっそ布団と同化できないかな……なんて考えた冬の“布団ラバー”は全国一憶人は下らないのではないだろうか。それは人間には限らない、人々がアレルギーになっても愛して止まない猫も同じである。こたつという人類の英知が産み出した、机と熱源と掛け布団を組み合わせた最強暖房家電を人間が冬の朝方の布団を愛する様に愛しているのだ。

吾輩はこたつ猫である。名前は「こたつ猫である」と今しがた言ったであろう。アルファツッタラ―に“こたつぬこ”なんて人間がいるが、まったく別人である。というか、人ではなく猫である。てか、こたつ猫である。食肉目ネコ科ネコ属であるが、ヨーロッパヤマネコ種でも、イエネコ種でもなく、コタツネコ種である。先程から試みておるように、言葉で説明すると大変難儀であるが、吾輩の姿を一目見てもらえれば分かる。百聞は一見に如かずとは、わが主人も属する人間という生き物は良く言ったものだ。見えるかな? ほら、この吾輩の首から立派な尾の手前に及ぶ部分が“こたつ”なんじゃ。こたつ布団には立派な寅柄があしらわれておるし、毛並みもフサフサのツヤツヤでモフモフである。もちろん、この中には赤外線の熱源も搭載されておりポカポカであることは言うまでもない。その昔、志賀直哉という人間もこたつを絶賛したことは有名だが、吾輩のこたつに対する愛情はその比でないことは一目瞭然だ。まあ、ここで延々とこたつへの愛情を語ることも可能だが、一応これは随筆ではなく、小説という体をとっておるのだから話を進めることにしようか。こたつから出て冷え切った台所に赴く主人の奥方の気持ちを鑑みれば、こたつへの言及を止めて物語の進行役を務めるのも大したことではないのだから。

なぜ吾輩がこの様な身体に生まれたのかと言うと、それは志賀直哉の生まれ変わりであるとも噂される、エメーリャエンコ・モロゾフという伝説の小説家による『脱糞炬燵とスカトロ猫』、通称「コタネコ伝」に詳しい。エログロな描写が散見される為、発禁処分を受けたという、その原典は存在さえ疑問視されているが、小説家であり、モロゾフの熱心な翻訳家でもある佐川恭一という人物が残した希少な日本語版によると、高齢により肛門の緩くなった炬燵をスカトロの猫が献身的に介護し、いつの間にかただならぬ関係に陥った二人の間に出来た子ども……それが吾輩の祖先である炬燵猫一世だと言われている。高齢だったスカトロ猫は出産と同時に亡くなり、脱糞炬燵も糞尿にまみれて窒息死した。炬燵猫一世は野良として、厳しい裏社会を生き抜き、やがてその子孫は吾輩のように飼い猫として生きるまで繁殖しておるというわけだ。吾輩と主人の出会いは、かれこれ一〇年ほど前に遡る。吾輩の母親の主人宅は、改築時に床暖房完備の御殿となり、こたつ猫ではないイエネコ種の猫を所望され、生まれたばかりの吾輩を段ボール箱に詰めて、青いネコ型ロボットとめがねの出来損ないがたむろするような地へ放り捨てたのである。ある冷たい雨の滴る朝に吾輩が段ボールの隅で震えておるのを、今の主人のご子息が見つけ主人の宅に持ち帰ったのだ。

「あら、子こたつ猫ですか?」
雨に濡れ、細かく身体を震わす吾輩の憐れな姿を見て、主人の家の家政婦として働く三田さんはご子息に尋ねておった。
「うん。雨に濡れて寒そうだったから。でも、お父さんは駄目だって言うだろうな……三田さん、何とかお父さんを説得してくれない?」
「かしこまりました」
ピクりとも表情を動かさないあの三田さんの顔は今でも不気味そのものである。なんでも次男がシャブ中でその保釈金を払う為に反社会的組織に借金した過去が彼女を変えてしまったのだと、後にご子息がお友達と話しておったのを聞いた。しかし、三田さんの働きぶりはとても献身的でこの家の誰もが彼女を頼りにしておる。初めは吾輩を熱心に世話してくれたご子息も今では「勇者になる!」と言って家に寄りつかず、吾輩のメシを用意してくれるのは三田さんである。とは言え、寒さと空腹に震える吾輩の命を救ってくれたのはご子息である。吾輩は今生そのことを忘れることは無い。三田さんに首ねっこをつままれた幼い吾輩は、ミャーミャーと喚き立てた。
「何なんだ? 一体」
ご子息や三田さんと違い、口元に黒い髭を蓄えたあばた顔の人間が怪訝な表情で吾輩の顔を覗き込んだ。これが吾輩と主人との邂逅、ファーストコンタクトである。吾輩はその気難しそうな顔に一瞬たじろいだが、ここで引いてはならぬという野性的勘が働きニャーとひと鳴きし、つぶらな瞳を真っ直ぐに彼の鼻頭あたりに向けた。
「ヨシヒコさんが拾ってきたようです。どうしても放っておけなかったと」
「……こたつ猫か。どうせ、すぐに飽きるんだからペットはもう飼わないと言って聞かせたのだが。もう家には本立て犬もおるし、共存は難しいのではないか」
「恐れながら、本立て犬は書斎から出ないので、棲み分けは可能ではないでしょうか」

「ふん。ヨシヒコに泣きつかれたか? 三田さんは強情だからのう……好きにせい。しかし、ワシは一切この件には関わらんぞ。本立て犬も結局ワシの部屋に住み着いてしまったんだから」

かくして、吾輩はこの家に住まわせてもらうこととなった。それは良かったのだが、吾輩は彼らの会話に度々出て来た“本立て犬”というパワーワードが気になった。吾輩が幼く、まだ足腰がおぼつかなかった頃には主人の書斎には立ち入れなかったのだが、立派な寅こたつ猫に成長した吾輩は遂にその真相を確かめる日を迎えた。小学校の教鞭をとっている主人が出かける機会を待ち、吾輩は縁側でゴロゴロしていた。主人が居間を抜けて玄関に向かうのを見届けた吾輩はゆったりと起き上がり、書斎のある二階へと続く階段をのっそのっそと上った。書斎のドアは木製でドアノブの付いた様式のものだった。この日の為に下調べしていた吾輩はドアノブまで軽々とジャンプし、右手でドアノブを回転させるように力強く引っ掻いた。ガチャという音が響き、ドアの僅かに開いた隙間に身体を押し込めた。中は、本棚に入り切れない本が所狭しと並べられていて足の踏み場もなく、猫の額ほどのスペースに机と椅子が置かれていた。吾輩は本の上に座り、書斎の奥の窓から差し込む陽に当たりながら右足で身体を掻いた。
「おい! 誰だお前は?」
吾輩は身体をこわばらせ、声の方を振り向いた。書棚の二段目の辺りから茶色いミニチュアダックスフンドの頭が飛び出ていた。
「お前こそ誰なんだ?」
吾輩は尻尾を立てて、腹の赤外線をMAXに放ち臨戦態勢になった。
「儂は本立て犬だ。一〇年以上ここで書斎の番犬を務めておる」
「あ?」
「ろう者か?」
「吾輩はこたつ猫だ。三年前からここで世話になってる。お前が本立て犬か……気になって覗きに来たんだよ」
「年上は敬うものじゃ、若きこたつ猫よ。儂の腹に挟まっておる『論語』を読め」
本立て犬は、頭から本一〇冊分ほど離れたもう一方の本立てに付いた短い尻尾を起用に振り、分厚い『論語』を床に落とした。吾輩は『論語』に歩み寄り、右手でパラパラとめくった。
「……あんた、これ全部読んだのか?」
「当たり前だ。一般教養じゃぞ。今は川端康成の『眠れる美女』を再読しておる。なかなか退廃的でよろしい」
「そうか。吾輩は紙を見ると爪を研ぎたくなるだけだがな……」
「野性的だな。その内、人間が夢中になるものに興味を持つようになるだろう。儂だって本に挟まれて、否、本を挟みながら生きておる内に自然とこうなったのじゃ」
「あんた、生まれは?」
「この家の軒先で儂を孕んだ母が車に轢かれたところを坊ちゃんが救おうとして、生き残ったのが儂だけじゃった。だから、この軒先ということになるかの」
「それは気の毒に……悪かった」
「いや、気にするな。主人も儂に良くしてくれるし、川端康成も幼い頃に両親を亡くしておるのだ」
吾輩は、それから度々書斎を尋ねるようになった。本立て犬に関して記された、モロゾフの『スチールラックとダックスフンドとエロ本』や、佐川恭一の『童Q正伝』などを吾輩は読み耽った。本立て犬は高齢で眠っている時間が多かったが、彼に聞く様々な本の知識は吾輩を大いに興奮させた。
「本立て犬、何かオススメはあるかい?」
吾輩の問いかけもむなしく、静寂が書斎を包んだ。吾輩は「本立て犬?」と本棚の上に飛び乗り、再び呼びかけた。ゴトっという音が響き、スチール製の本立てが積まれた本の上に落ちた。吾輩は、寒気を感じ背中を震わせた。本立てに鼻を近づけたが、ツンとした無機質な匂いしかしなかった。次の日、いつもは書斎で吾輩を見つけるなり首根っこを摘まんで追い出していた主人がただ吾輩の背中をさすり、書斎の小さな窓の向こうを淋しそうに見つめていた姿は前にも後にもその時だけだったことは今でも覚えておる。あれから本立て犬は居なくなった。吾輩は足腰も弱り、書斎に赴けなくなったのでその後のことは知らない。

2018年12月6日公開

© 2018 Blur Matsuo

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

ファンタジー 私小説

"本立て犬とこたつ猫"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る