ラン・エル・エス・ディー

松尾模糊

小説

3,925文字

コンプライアンスに配慮したフィクションです。作中の登場人物と実在する人物は全く関係ありません。太宰治の『走れメロス』を破滅的にアレンジしました。作者と作品はどういう関係性であるべきなのか、思うところを表現しました。犯罪を是正する気はないですが、律令国家の基本は「罪を憎んで人を憎まず」だと思います。犯罪を犯すことで作品が売れると犯罪を助長するので、版元の判断も一理あります。難しい…そんな混沌とした作

カート・コカインは激怒した。必ず邪知暴虐のCEOを除かねばならぬ。カートには販促が分からぬ。大陸の東海岸LAで幻覚と戯れて遊んでいる、しがないパリピだ。けれども、犯罪者の表現に対しては人一倍敏感であった。カートは2年ぶりに親友のジョン・ヘロインに会うためにヒッチハイクでルート66を通り三千里離れたブロードウェイにやって来た。上物が手に入ったと聞いて、はるばるやって来た俺の気分はハイだった。しかし、ブロードウェイに到着するとどうも様子がおかしい。陽が落ちて暗いということはそうなのだが、やけに静かなのだ。二年前は夜でもみんなラリってカオスだったはずなのに……。俺は通りにいた若者たちに聞いたが、彼らには俺が見えないかのように無言で立ち去った。仕方なく酒瓶をあおる浮浪者に聞いたが、彼も答えない。俺は苛ついて肩を揺さぶり「何だってこんなにシンとしてんだゴぉら!」と脅すように尋ねた。浮浪者は辺りを見回しながら人目をはばかるような低い声で応えた。
「CEOに通報されるんです」
「あ?」
「通報されて、垢バンされるんです」
「なぜだ?」
「薬をやっているというのですが、確かにやっています」
「たくさん垢バンされたのか?」
「はじめは長渕ツヨポン、次はマッキー、さらにノリP、そしてシャブアスが垢バンされました」
聞いてカートは激怒した。「呆れたCEOだ。生かしておけぬ」
カートは単純な男だった。のそのそ本社ビルに入っていった。たちまち彼は警備員に捕まり、調べられて懐中から、粉を吸う為に丸められた香港ドル紙幣が出て来たので騒ぎが大きくなった。カートはCEOの前に引き出された。
「この紙幣で何をするつもりであったか。言え!」
暴君版元はんもとCEOは眉間にしわを寄せ威厳のあるような無いような蒼白した顔をしていた。
「ちょっと鼻から吸引するのだ」カートは悪びれずに言った。
「アウト! ニラバナのCD、映像商品の店頭在庫回収、音源、映像のデジタル配信停止」

「何の為の対応だ? 俺に罪があっても作品に罪はないはずだ。何よりクリスとデイヴには関係ない」
「私だって人気バンドの商品の販売は続けたいとは思っておるのだ……しかし世間がそれを許さん」
「三日だけ待ってくれ。チャーリーなんて大したことないってことを世間一般に広めたるから!」
「ハイハイ。無理に決まっておる。11年経ってもノリPは叩かれているんだぞ! それをたったの三日て(笑)」
「そこまで言うのならば、俺の代わりにこの街で売人をやっているジョン・ヘロインを差し出そう。もし三日経って駄目ならばそいつを社会的に殺せばいい。あいつは『ビールと図』時代にLSDアシッドをキメていた強者だ!」
「……いいだろう。わざと何もしないで三日過ごすと良い。お前を司法取引で解放してやる」
「な、馬鹿な! 俺とジョンは同じ針を刺し合う仲だぞ」
スマホで本社に呼び出されたジョンは厳かな面持ちで、妻のオーノ・ヨコとともに素っ裸で現れた。
「さあ、革命を起こそうじゃないか」
カートは完全にキマっていたジョンに何を言っても無駄だと思い、必ず俺たちの自由はんけんを取り戻すからと心の中で呟き彼の肩に手を置いた。
カートは手始めに、懐から丸めた香港ドル紙幣を取り出し左手に落とした白いラインを一息に鼻から吸引した。「よし!」力が漲る感覚にテンションが上がるカート。満開に咲く桜並木の下でアコースティックギター片手に路上ライブを始めた。

六本の弦をかき鳴らし、しゃがれ声で歌うカートの前に、黒いハットを被り薄い青色のレンズの入った丸眼鏡をかけた男が立った。男は少しダボッとしたズボンのポケットから細く巻かれたガンジャを取り出し、その先端にマッチで火をつけた。男は美味そうにガンジャを吸っていた。彼の吐き出す紫煙パープルヘイズがカートの鼻孔から入り、カートは歌に集中できない。「ちっ」と舌打ちして、演奏を止める。男は灰を足元に落とし再びガンジャを口に咥えて大きく息を吸いながら近づいて来た。
「吸うか?」肺に溜め込んだ紫煙をゆっくりと味わい吐き出しながら男がガンジャをカートの目の前に差し出した。カートは「ありがとう」と軽く頭を下げ、ガンジャを吸った。
「桜の花の花粉にはエフェドリンが含まれとる、シャブ要らずじゃ」
「え?」男の脈力のない言葉にカートはたじろいだが、もう一服して男がサングラス越しにカートの後ろに咲く満開の桜の花を眺めていることに気づいた。
「ああ。桜ね……」麻の葉で気持ちが穏やかに揺らめくカートは、アコギを爪弾きながら繊細な歌声を聴かせた。

「よっ!」中島ラモーンズが手を叩く。桜の下の奇妙な二人に街行く人々も興味を持ち、近寄って来て、いつの間にかそこには人だかりができていた。カートは心地良い気分で気持ちよくなって失禁した。ピピ―っと笛の音が鳴り、人々が霧散していく。
薬漬けジャンキーの奴の音楽なんて聞けるもんか!」
倫理観という名の正義のもと組織された自警団、カーマポリスがカートを取り囲むアンモニア臭をほのかに漂わせるカートの破れたジーパンを引き千切り、赤と黒のボーダー柄のニットを引っぺがす。そして彼らは中島ラモーンズからマッチをひったくり、火を放った。
「炎上しちまえーwww」
狂ったように燃え盛る炎のまわりを囲んでカーマポリスはマイムマイムを踊り出した。身ぐるみを剥がされ茫然とその様子を眺めるカートの背後から天然パーマの男が近づき、「気持ち悪いですか?」とカートの耳元でささやく。そして、彼の手からアコギをもぎ取り、しゃくれた顎から高い歌声を響かせた。天パの男の歌声に誘われて、カートは突然のあがない難い眠気に襲われ夢の中へと旅立った。

「ちょっと! 起きて下さい!」
肩を激しく揺さぶられて、カートは目を覚ました。背中に鈍い痛みを感じ右手で擦りながら辺りを見渡す。どうやら床にそのまま寝ていたようだ。どこかの部屋の中にいるらしく、フローリング材の床の上には新聞紙や錠剤の入っていたと思われるアルミケースのからなどが一面に散らかっていた。
「……あなたは?」カートは隣で膝を折り曲げて彼の肩の上に手を置いている男に尋ねた。
「私はポール・アッパートニー、ジョンの相棒さ」
「ああ。そうか、どうしたんだい? こんな所まで」
「もう三日目の朝だ。あんたは間に合わなかった。もうジョンがバンされる」
「なんだって!? どうして起こしてくれなかったんだ! ここはどこだ?」
「ヘルハウス、中島ラモーンズの家だ。ハーブが手に入るって俺らの中じゃ有名な場所さ」
「その通り! 目覚めたか、若人わこうどよ。ワシはコピーライターもやっとるからの、こんなチラシを作った」中島ラモーンズが彼らの後ろから全裸で現れ、手に持っていたポスターを両手で彼らの眼前に広げた。

NOドラッグ、NOライフ!

「こいつは最高のフレーズじゃねえか! 早速CEOに見せよう!」興奮するカートは全裸のまま立ち上がった。
「もう遅い。ああ、もう少し早かったなら! 昨日イエスタデイだったなら!!」ポールは悲壮感を全身から放って嘆く。

「いや、まだ間に合う! 陽は昇ったばかりだ」カートはポスターを中島ラモーンズからひったくり走り出した。

カートは本社前に辿りついて初めて自分が全裸であることに気づいた。
「あ! 入館証がない……」
ここまで来て。友が、ジョン・ヘロインがすぐそこで待ってるんだ。しかし、ここまでよく頑張った……。カートは気持ちのいい春の陽気の下で昼寝することにした。
「おいおい、諦めるのはまだ早いぜ」
カートが諦めかけたその時、腹の芯を揺さぶるような低くダンディーな声が聞こえてきた。黒い革製ライダースジャケットを羽織った、エルエス・プレスディーだ。

ロックの神は実在したのだ。彼はライダースジャケットの内ポケットから社員証を取り出し、会社のロックを開けた。「走れ! コカイン!!」
力強い声援を受けて、カートは社長室へと急いだ。地平線を望む高層ビルの最上階から見える陽はその下に沈み残光も消えかけたその時、カートは社長室の扉を蹴り開けた。
「その男をBANしてはならぬ!」
版元CEOがビールと図及びジョンソロ作の音源、映像作品の店頭在庫自主回収、音源、映像配信停止処分の書類にサインを記そうとしたその手に吹き飛んだドアノブが当たりCEOはうずくまった。集まっていた重役たちはどよめいた。
「ジョン」カートは目に涙を溜めて言った。
「俺を殴れ。力の一杯に殴れ。俺は途中で一度悪い夢を見た。ジョンが殴ってくれなければ、俺は抱擁する資格すらないのだ」
察したジョンはその右頬を力一杯殴った。殴ってから優しく微笑んだ。
「カート、私を殴れ。私はこの三日間、一度だけ君を疑った。生まれて初めて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ私は君と抱擁できない」
カートは腕にうねりをつけてジョンの頬を思い切り殴った。「ありがとう。マイメン」二人同時に言い、ひしと全裸で抱き合った。
二人の様子を見ていたCEOはまじまじと二人の全裸中年男性を見つめていたが、やがておもむろに着ていたスーツを脱ぎ去り、顔を赤らめてこう言った。
「お前らの望みは叶ったぞ。お前らはコンプラ厨に勝ったのだ。表現の自由とは決して自主規制するものではなかったのだ。どうか朕も仲間に入れてはくれまいか」
どっと重役がざわついた。
「ご乱心! ウケるwww」
一人の女性役員が黄色いポスターをカートに捧げた。カートはまごついた。ジョンは気を利かせて教えてやった。
「カート、君は全裸じゃないか! 早くそのポスターで局部を隠すといい。ヨコは俺の一物を見慣れているが、君のは初めてなんだ」
勇者の一物にはNOグルーヴ NOライフの文字が彫られていた。
(走れメロス、電気グルーヴに愛をこめて。)

 

2019年3月16日公開

© 2019 松尾模糊

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