積みかけの読書会

合評会2021年11月応募作品

松尾模糊

小説

4,068文字

合評会「YouTuber」応募作。改ページ機能を使っているので、二頁もお忘れなきよう。

はい、始まりました~。こんばんぶー。ブンゲイ評論YouTuberのミハエル・バブチンでバブぅ。今日もね、「積みかけの読書会」始めたいと思いまブゥ。初めての方もいらっしゃると思うので、ちょっと趣旨を説明していきまぶうね。あ、その前にこのしゃべり方に若干の違和感を覚えていますかね? 名前で分かってもらえるかと思うんですけど、構造主義にも影響を与えたポリフォニー論とカーニバル論で有名な、評論家であり思想家のミハエル・バフチンからその名を拝借致しましてね、ちょっとふざけた感じなんですけど、まだ、お分かりの通り、ちょっとそのキャラを掴めてなくて、探り探り、とりま語尾をバブぅにしていく感じなんですが、まあ、あの、お聞き苦しい点はご容赦ください。あ、それでですね、「積みかけの読書会」というのはですね、積読とかよく言うじゃないですか。買ったはいいものの、読まずに部屋に積み置かれたままになっている本を差すと思うんですけど。やっぱりね、ついつい積んでしまうのは一人で読書しているからだと思うんですよねー。買ってるんだから、確実に興味はあるわけじゃないですか。でも、いろいろと忙しくてね、時間取れずに、また他の本も買っちゃって、積まれていく本だけが増えるという悪循環バブゥね。中でもね、鈍器本、ジョイスの『ユリシーズ』みたいな……最近だと、ウィリアム・ギャディスの千頁近い『JR』とか、古川日出夫の『おおきな森』とか、ビジネス書でもコロナ禍の影響か、『独学大全』みたいなヒット作も出ましたね。ああいうのは、読む前に買っちゃっただけで満足感を得られてしまうから余計に部屋のディスプレイになっちゃってませんかバブゥ? そこでね、とりあえず鈍器本を毎回選んで、二ヶ月から三ヶ月かけて視聴者の皆さんと一緒に読んで楽しく積読を解消していくという、非常に実践的な企画となっておりまブゥ。というわけで、早速ね、今回選んだのは、神出鬼没の謎多き文豪エメーリャエンコ・モロゾフの大著『破滅のあとで』、亀破目葉訳で銅鑼江門社版ですね。これは……前・後巻ともに五〇〇頁を超える、まさに鈍器本として二冊でイケる殺傷能力高めなんですけど、ひとまず先週、前巻のクライマックスにまで差し掛かっていたので、あ、その前にちょっとあらすじを説明しておきましょうかね。舞台はですね、一応未来ですね、近未来のロシア、モスクワから物語が始まります。核戦争で荒廃したモスクワで盗品などを闇市で売って暮らすアナスタシアという女性が語り手です。このアナスタシアが最初は闇市で力強く生きている様子が人情物語的に語られるんですが、ある日、廃墟と化した高架下で大金の入ったアタッシュケースを拾って一気に大金持ちになって暮らしぶりが豹変するんですね。ところがその金はマフィアのもので、殺し屋がアナスタシアをつけ狙うハードボイルド調になっていきます。それで殺し屋のニコライがアナスタシアにまで辿り着いて、禁断の恋におちて、突然ラブストーリーになります。ちょっと何言ってるか、よく分からないですね。そう思います。大著なんで、簡単に語れないのが歯痒くもあり、奥深くもありますね。先週はアナスタシアとニコライが組織から逃れる為に、モスクワ駅からシベリア鉄道に乗り込むところまで読みました。いよいよ前巻のクライマックスです。では、読んでいくバブゥ!

 

 

誤読だ。まず、このキャラの定まらなさからしてプロ意識が著しく欠けている。胸糞悪さを抑えるためにすっかり冷めてしまったコーヒーを口に含んだが、当然効果は何もなかった。むしろ怒りの感情がふつふつと沸き立ってくるようだった。

 

E.M.菌:誤読ですね。語り手は吊り橋効果的にニコライに惹かれてはいるが、本心では彼を恐れている。そこは重要な伏線ですよ。彼の亡霊から逃れる為に組織ごと潰そうと決意しなければ、後半の話はあり得ないのだから。

 

ひとまず、コメント欄にこれだけ書き込んで相手の反応を見る。

 

「あ、E.M.菌さん、初めましてバブ~。語り手は吊り橋効果的にニコライに惹かれてはいるが、本心では彼を恐れている。そこは重要な伏線ですよ。彼の亡霊から逃れる為に組織ごと潰そうと決意しなければ、後半の話はあり得ない……なるほど~。いろんな読み方がありますねー。バブチン的には、ニコライの死によってアナスタシアは真の愛に目覚めたと読みましたが、E.M.菌さんの読みもありだと思いまブゥ」

 

駄目だ。全然分かっていない。本当にバフチンを語るほど読み込んでいるのか? ブーブーうるせえ野郎だ。

 

E.M.菌:誤読と言っています。真の愛に目覚めたら、後半の話はあり得ません。アナスタシアはニコライとのつかの間の想い出に囚われるようにモスクワに残るはずです。しかし、彼女は遥かウラジオストクにまで行き、組織を潰す決意をする。弔いとか愛ではなく、恐怖ですよ、その執念の源は。

 

キーボードを打つ手元にも力が入り、カタカタと音が室内に響いている。冷めたコーヒーを飲み干した。

 

「それでは今日はこの辺で、終わりまブぅ。ご視聴ありがとうございましたブー。高評価、チャンネル登録よろしくお願いしまブゥ。バイバイブゥー」

 

無視しやがった。ネタバレ的な書き込みはNGだったのか。しかし、ここで後半への伏線を読み取れなければ、後巻を読む時にさらに読解が乖離していくことになる。バイバイブ―だけは威勢よく言い放っていたことがさらに腹立たしく感じた。

 

 

「コンバンブ~! ブンゲイ評論YouTuberミハエル・バブチンでぶぅ。さっそく『積みかけの読書会』始めたいと思いまブゥ。今日は、ついに『破滅のあとで』の後巻に入っていくブゥ! 準備はいいでブゥか? 前巻の最後ではニコライが身体を張ってアナスタシアを守って死んでしまうという壮絶な終わり方でしたが、後半はどうなっていくのでブゥか?」

 

見逃さないようにチャンネル登録してしまったが、先週よりもバブチンキャラが板につき始めていることにイラっとした。淹れたてのコーヒーを啜って息を吐いた。

 

E.M.菌:かなり致命的な誤読もありましたね。後巻ではあんなことがないようにお願いします。

 

バブチン:後巻も楽しく読んでいきましょう( ´艸`)

 

な、無視の上に絵文字で親近感を出して、アンチに仕立て上げようとしている! くっそ!

 

「後巻では、アナスタシアは追手を逃れてウラジオストクへと辿り着きまブ。ここで後巻のキーとなる人物、ピョートル・ナカジマが登場しまブウ。この場面をちょっと読んでいきまブゥ」

 

――駅では追手が待ち構えている可能性もあった。私は周りに最大限の注意を払いながら電車を降りる。空いた扉から構内へと足を踏み入れた瞬間に妙な視線を感じた。私は目が合うことを恐れながら、伏見がちにそちらに顔をそちらへ向けた。顔は分からないが、少し背の低いトレンチコートを着た男であることは判別できた。男は真っ直ぐにこちらに向かっている。私は速足で反対方向に歩を進めて人混みに紛れた。止まらないで、男は一瞬で私の右腕の間に手を入れて隣を歩いている。私は心臓が止まるかと思った。追手が三人、黒い中折れ帽にスーツ姿、振り返らないで、真っ直ぐに歩き続けて。男は私の質問をあらかじめ想定していたように話し始める。ニコライがモスクワから電報を打っていました。あなたが一人だということは、彼は……私は頷いた。そうですか。ピョートルです。ニコライとは軍にいた時に知り合いました。ここでは私立探偵をしています……ピョートルは振り返り、手を外して振り返り叫んだ、走って! ピョートルが戸惑う私の背中を押した。走り寄って来た男が前転しながら線路に落ちる。私は無我夢中で駅を走り出た。――

 

「いきなりアクションシーンでブゥ。ピョートルはここで探偵だと名乗っていますが、反政府のレジスタンスを組織していることが後に明らかになりまブ。そこは後々読んでいきまブゥ。さて、ニコライはまるで以前から死ぬことを分かっていたようにも読めまブ。そしてピョートルの手によって再びアナスタシアは救われるわけでブゥ」

 

E.M.菌:大袈裟ですね。もともと組織の殺し屋として雇われていたのだから、ニコライがいつ殺されてもおかしくないことは彼自身が一番分かっていたでしょう。それを見越して手を回していてもなんら不思議はないです。

 

さあ、過ちを認めろ。コーヒーカップを握る手が震えている。

 

「うるせえ!」バブチンは立ち上がって、画面には半裸だった彼の左右に揺れ動くいち物が映った。カメラが彼の頭上へと一瞬パンし、画像が乱れた。散乱するガラス片、しなりつつ絡まるコード、床に落下する積読本、何かが割れてガシャンと響いた。

 

はwwwww
ガチ放送事故とかwwww
ウケるwwwww
これは草
ネット界の瓶師匠!

2021年11月15日公開

© 2021 松尾模糊

これはの応募作品です。
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"積みかけの読書会"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2021-11-21 10:49

    文学界のE.M.菌であるモロゾフは今でもワナビの魂は忘れない…(⁇)

  • 投稿者 | 2021-11-21 11:26

    ストーリーはよく分からなかったものの、私はもっといいYouTuberになろうと思いました。

  • 投稿者 | 2021-11-22 22:21

    ブッ飛んだ感じがよかったです。積読解消は読書人の永遠の課題とも言えますが、一方で『積読こそが完全な読書術である』なんて本も出ている昨今です。何が何だかという世の中ですが、そういったことを吹っ飛ばす爽快感がありました。
    本の読み方にしても、どんな読み方が最適がは個人によって異なると思いますが、バブチンのようなYouTuberに指南されるのではなく自分で考えて読みましょう、というような教訓話のようにも読めるなと感じました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 00:25

    うーむ、いかにもモロゾフが書きそうな作品だと思いましたブゥ。シベリアンハスキー社に不採用になるのが切ないでバブゥ。モロゾフの偉業はなかなか世に理解されませんが、松尾さんの理知的な饒舌でもって世界に広めてほしいでブゥ。

  • 投稿者 | 2021-11-23 05:24

    バブチンのキャラがうざすぎて最初はEM菌に共感するのだけど、EM菌がウザ絡みするに従って「小説なんて好きに読めばいいじゃないか」と心離れていく瞬間を狙ってのメタ展開が絶妙だったと思います。

  • 編集者 | 2021-11-23 15:05

    きっと誰もが心のなかにバブチンを持っている。それはそれとしてモロゾフには頑張ってほしい。

    • 投稿者 | 2021-11-23 15:42

      こんなユーモアな小説も書かれるんですね。
      バブチンの口調がブレてる感じが好きです。
      純粋に楽しめました。

  • 投稿者 | 2021-11-23 16:56

    久しぶりに松尾さんの饒舌で弾けた文章を読めて楽しかったです。ページ分けは使ったことなかったですが、これもまたアイデアですね。

  • 投稿者 | 2021-11-23 18:59

    劇中劇とYouTuberとコメント欄の三層構造になっていのが面白い。久しぶりにモロゾフ読んだかも

  • 投稿者 | 2021-11-23 19:22

    バブチンか、E.M.菌か、どちらの視点で読むかで多面的に楽しめる作品だと思いました。二頁目の不採用通知との関連が謎な感じもいいです。

  • 投稿者 | 2021-11-23 20:00

    YouTuberってブゥとか言わないといけないんですか。そうしないと印象に残らないのかな。大変だなあ。

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